SPECIAL TOPIC2021.06.16

アート

百貨店文化と現代アートの新たな邂逅。― コンテンポラリーアートフェア「Game Changer」

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  • 京都芸術大学 広報課

百貨店と現代アートの歴史と、新たなコラボレーション

2021年6月1日から6月30日まで、阪急うめだ本店インターナショナルブティックスと阪急メンズ大阪で、「Game Changer」をテーマに椿昇(美術工芸学科教授)が監修した現代アートフェアが開催されている。

特に阪急うめだ本店5階・6階のインターナショナルブティックスは、シャネル、ヴィトン、カルティエ、プラダ、ディオール、ブルガリ、グッチなどのハイブランドが軒を連ねるラグジュアリーフロアである。京都本線・宝塚本線・神戸本線の始発・終着駅であり、阪急電鉄最大のターミナル駅に直結した高級百貨店文化の象徴的な場所といえるだろう。近年、カルティエ、ヴィトン、エルメスなど、アート活動の支援やコラボレーションを積極的に行うブランドも多い。その背景には、ハイブランドを身に着けるいわゆる富裕層と、アートのコレクターは重なるところがあり、親和性が高いということもあるだろう。ここ数年で、日本のアート市場が活性化してきたこともあり、日本もようやくハイブランドと現代アートが同じ地平で語れるようになってきたといえる。

そもそも百貨店と美術との関係は深い。80年代は西武百貨店池袋本店に入居していた西武美術館/セゾン美術館をはじめ、拠点となるターミナル駅に連結された百貨店の上階フロアには美術館が組み込まれていることが多かった。催事場や食堂など、集客効果の高い機能を上階に配置して、そこから下層階に降りてもらう「シャワー効果」を狙ったものとして派生した経緯がある。これらの百貨店内の美術館は、コレクションを基にしたものではなく企画展を行う場所であり、西洋には見られない使われ方であったが、文字通りアクセスがしやすく、多くの美術愛好家に親しまれていた。特に西武美術館や併設されていた美術専門店アール・ヴィヴァンは、世界中各国の展覧会図録や美術書を販売したり、機関誌『アール・ヴィヴァン』を発行したりすることで、海外の動向を紹介し、文化の底上げをする機能を担っていた。そのような百貨店と美術館の長い関係の延長線上に、今日の森美術館の存在もある。

現在のHEPのある場所にも、アールデコ風の阪急航空ビルと、東宝系の北野劇場・梅田劇場・梅田スカラ座の入る梅田東宝会館を解体した跡地に、1980年に、地下2階、地上10階建の「ナビオ阪急」(梅田阪急東宝会館)が建てられ、3階にはナビオ美術館が入居していた。2008年に新たにHEP NAVIOが建てられ、阪急百貨店メンズ館、後に阪急メンズ大阪となり今日に至る。

今まで催事場などで現代アートのフェアを開催したことはあったが、今回、フロアを横断し、コラボレーションする形でフェアを行うのは初めての試みとなる。ハイブランドが現代アートとのコラボレーションを望み、現代アートもそれに呼応するという両者の思惑のことがあってのことだという。

椿は、「ARTISTS' FAIR KYOTO」で京都文化博物館をメイン会場として、京都市内のサテライト会場と連携してアーティストによる即売会を続けてきたが、その熱気は各所に伝わり、ユニバーサルミュージックの本社に現代アート作品を常設展示することにつながったり、今回は阪急百貨店のハイブランドとコラボレーションすることになった。それまでと異なるのは、販売の主体がアーティストではなく、百貨店となったことだろう。作品の案内や販売は百貨店側のスタッフが対応してくれる。その意味でも、さらにステージが上がったといえるだろう。

アートフェア監修:京都芸術大学 美術工芸学科 教授 椿昇

 

ハイブランドと現代アートの刺激的な饗宴

今回、椿が選んだ作家は、総勢50組、作品は180点にも及ぶというからその規模に驚く。
その中には、名和晃平(大学院美術工芸領域教授)や大庭大介(大学院美術工芸領域准教授)、鬼頭健吾(大学院美術工芸領域教授)などのトップアーティストも参加している。さらに、これから飛躍するアーティスト、京都芸術大学所属で選抜された学生など、様々なキャリアの作家が揃っている。


5階のフロア全体を使って、AからHまでのコーナーに作品が設置されている。Aは、大庭大介、薄久保香、池田光弘、鬼頭健吾、名和晃平、椿昇、福本双紅、広瀬菜々&永谷一馬。
Bは、品川亮、香月美菜。Cは、太田桃香、前田紗希。Dは、木村舜。Eは、宮田彩加。
Fは、佐々木光、長田綾美。Gは、松村咲希、竹内義博、油野愛子、岡田佑里奈。Hは、江藤菜津美である。
 


まず、エレベーター前には、椿昇の立体作品に加えて、名和晃平や大庭大介、鬼頭健吾らの平面作品が展示されており、さすがの風格をたたえている。周辺のハイブランドともマッチしており、現代アートとの相性の良さもうかがえる。特に大庭大介や鬼頭健吾の作品は、蛍光顔料が使われており、高級感がある。椿昇の心臓を模したオブジェは、この場所が全体の核であると示しているようである。さらに、池田光弘(京都芸術大学美術工芸学科准教授)、薄久保香(東京藝術大学准教授)、福本双紅(京都芸術大学専任講師)らの確立された作品が並ぶ。

椿昇
名和晃平(左)、大庭大介(右)
鬼頭健吾
池田光弘
薄久保香
福本双紅
広瀬菜々&永谷一馬

 

それとは対照的に、Hの江藤菜津美の自宅にあるゴミを刺繍によって精巧に編み上げた作品が興味を引く。ハイブランドに囲まれて、既製品のレトルトカレーのパッケージやバナナのゴミを模した刺繍が、ガラスケースの中に入れられている様子もより倒錯していて作品を引き立てている。カレーのパッケージの刺繍は、昨年のワコールスタディホールで開催された「クロスフロンティア vol.1」展に出品されたものだ。

江藤菜津美

 

また、Fの長田綾美のブルーシートを編み込んだ作品は、ハイブランドに囲まれて、ドレスのように見えている。ブルーシートという、工事や被災を強く連想させる素材が、環境によって認識が変わるということを体現している。ドレスとして仕上げても効果的だろう。

隣には、佐々木光の竿を回しながらガラスを積み重ねて立方体状になった作品がある。美しく見えるが、ガラスとしての機能を失い、造形のために特化された状態であることに共通性がある。

長田綾美
佐々木光

 

Eには、織を使った宮田彩加が、既成布のパターンを編み直して、モチーフが抜け出して立体的になった作品が展示されており、絵から虎を追い出そうとする「一休さん」を連想させる面白さがある。Eの反対側にあるDには、平面的な板にペインティングを施し、恐竜のような立体作品に組み上げた木村舜の作品がある。共に平面と立体の中間領域、メタモルフォーゼを表している。

宮田彩加
木村舜

 

エスカレーターの裏手にあるGには、松村咲希、竹内義博、油野愛子、岡田佑里奈といった、キャリアを順調に積んでいる若手作家の大型の平面作品が並んでいる。


アクリルやシルクスクリーンなど複数の技法を組み合わせ、抑揚と立体感のある状態で平面上に衝突させている松村の絵画と、レンジを使った立体性と艶のある黒い面、アルファベットが組み合わされた油野の絵画が共鳴している。

松村咲希
油野愛子

 

また、ステンシルを積層して半立体の絵画を構成する竹内、モノクロの写真を、モデリングペーストを使用して、シートをはがすことで仕上げていく岡田ら、平面と立体、複数の素材や技法を結合するアーティストがまとめられている。

竹内義博
岡田佑里奈

 

エレベーター前のBには、品川亮、香月美菜の作品が並ぶ。品川は銀座蔦屋書店やoil by 美術手帖ギャラリーなどで展覧会を重ねるほか、様々な企業とのコミッションワークを多数手がけており、作品の完成度が高い。日本画の顔料や技法に加え、アクリルなど新たな素材をミックスして、抽象性や現代的な感性を加えており、新鮮さが感じられる。

品川亮

 

いっぽう、香月も国内外のアートフェアや展覧会に出品しており、多数の受賞歴も持つ。アクリルによる鮮烈な青さを使用して、複数の刷毛を使って、「一筆」で描かれた絵画は、瞬間を留めた美しさがある。もの派を牽引した李禹煥や、それ以前のアクションペイティングを駆使した具体の行為を継承しつつ、新たな地平を開拓しているように思える。

香月美菜

 

エレベーターに至る通路のCは、太田桃香、前田紗希の作品が展示されている。双方、油彩の抽象画であるが、その印象はかなり違う。前田は三角の造形を組み合わせたモノクロームの画面に線や起伏があり、画面の中に幾つもの対比と階層が見える。隣り合う色によって、見え方が変わることを『色彩の同時対比の法則』(1939年)として最初に発表したのは、印象派に多大な影響を与えた化学者、ミッシェル・E・シュブルールであるが、同時に彼の色彩調和論では、対比による調和を唱えている。前田も、三角形と明暗の幾つもの対比を組み合わせ、ある種の緊張と均衡を表現している。

前田紗希

 

太田の場合は、抽象画といっても、現実の対象と完全に切り離さてれおらず、《てんびん》と題された出品作は、まさに天秤のようなモチーフが反復しており、左右の揺れの中で均衡を保つ動的平衡の状態が描写されている。異なるようでいて、通底するテーマの作品が選び出されており、椿のディレクションが効いていることがわかる。

太田桃香

 

全体のキュレーションも、対比による調和がテーマになっているように思える。フロアの全体に分散し、ハイブランドの中に溶け込むようでいて、現代アートならではの特異性が発揮されており、相互に刺激となるような環境が構築されているといえる。

 

急速に進化する若手アーティストたち


メンズ館1階も若手作家を中心に選ばれているが、すでに多くのキャリアと実力を持つ作家が並ぶ。西垣肇也樹、前端紗季、藤本純輝、品川美香らは今年の「ARTISTS' FAIR KYOTO 2021」にも参加しており話題となった。藤本純輝は、「クロスフロンティア vol.1」展で得た、複層の下地を大胆に削って「描く」技法を深化させていた。

藤本純輝

 

また、同じく「クロスフロンティア vol.1」展に加えて、「KUA ANNUAL 2021 -irregular reports:いびつな報告群と希望の兆し-」展に出品した御村紗也は、その際に受けたアドバイスを基に、綿密に重ねられた異なるマテリアルの層に、大胆なストロークを織り交ぜて、よりアクチュアルな画面にすることに成功している。環境から得た様々な感覚をそれぞれ異なる層に変換し、画面に定着することをコンセプトとしているが、固定的ではなく流動的な状態のまま写す段階に移行したといえる。短い間に幾つもの舞台に挑むことで、急速に成長していくのは若手ならであろう。

御村紗也

 

このような短いスパンで作品を作り、発表を続けることで、精神的、肉体的な負担になったり、コレクターに飽きが出たりという懸念はあるかもしれないが、若手の場合は、それ以上の成長速度を見せているため、その心配は無用かもしれない。むしろ、それぞれが異なる舞台であり、様々な経験が得られることで作品の進化を速めている。特に今回は、百貨店という売ることを専門にした場所のため、より観客の眼は厳しく、ダイレクトな意見がもたらされるだろう。

 


さらに、まだ大学に属している学生のアーティストは、3階で展示されていた。ただし、すでにセンスが光る作品も多くみられる。岡本ビショワビクラムグルンの抽象画は、すでに確固たる技法を確立させているように思える。「KUA ANNUAL 2021」展に選出され、エアブラシを使い、グラフィティと絵画の領域を横断する高尾岳央も、自身の作風を高めている。写真の感光乳剤を使い、皮膜が浮いたように見える高橋順平の写真/絵画の模索も興味深い。別のアプローチで、写真のイメージからズレを生成させる武欣悦の試みも注目に値する。

岡本ビショワビクラムグルン(右から2つ目)
高尾岳央(左)
高橋順平(左)
武欣悦(右奥)

 

その他、粘土に型を付けた沖野颯冴のオブジェや地層を浮かび上がらせる呉昊の陶芸など、いずれも、これまでの写真、絵画、彫刻といったメディウム、平面・立体といった形に縛られず、それぞれの方法で横断的に表現しているのが今日的である。それぞれがメディムとフォームの探求を行い、現代アートとしての表現を追求している。そして、今回、販売の機会を得たことで、自らの感性をどのように刻印し、共有するかを考えるのではないか。

沖野颯冴
呉昊(手前)
山神美琴

 

それは、今までのような一つのフォームにこだわり、熟練を目指す方法ではない、新たなゲームであえるといえるだろう。今回、コレクターとなる人たちも、大正昭和の大御所の作家を買い求める既存の高齢者の層とは異なり、自分の家に飾りたいという若いコレクターが多いという。そのような若いコレクターを育てていくことも百貨店の役割となっていくという。若いコレクターに合わせて、今回、印刷は使わず、サイトやSNS、オンライン販売のサイトが用意されている。百貨店と関係も築かれることで、これからもこのような機会が増えていく可能性は高い。今回のフェアは、すでにゲームがチェンジし、新たなゲームの始まりを告げるコラボレーションになったのではないか。


(文:三木学、撮影:前端紗季)

コンテンポラリーアートフェア「Game Changer」

期間 6月1日(火)~6月30日(水)
時間 平日 10:00~20:00 ※土日祝休み
場所 阪急うめだ本店 5・6階インターナショナルブティックス、阪急メンズ大阪 1階プロモーションスペース11、3階プロモーションスペース31

営業時間等の最新情報は「特設サイト」にてご確認ください。
https://www.hankyu-dept.co.jp/honten/cat/ladies/h/artfair/index.html

 

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