プロダクトデザイン学科の大江孝明准教授と卒業生が、株式会社セイバンと実用的でデザイン性にも優れた盲導犬ハーネスを共同開発し、このたび関西盲導犬協会へ寄付いたしました。これまでどうしても “器具的” で、取り付けられているように見えがちだった盲導犬ハーネスを、デザインの力で「衣類を着用するような感覚」へと一新。実用的でデザイン性にも優れたハーネスが完成しました。
プロダクトデザイン学科の大江教員が共同開発を打診したのは、ランドセルで知られる株式会社セイバン。その技術力を生かすことで、耐久性に優れ、かつ軽量でフィット感も良いものに仕上がりました。
2015年から大江教員が個人で研究を始め、翌年から授業でも取り上げるようになり、学生たちとさまざまな試作に取り組みました。その後、実際に製品化に向けた共同研究先を探したところ、ランドセルで知られる株式会社セイバンに行き当たります。授業を受講していた学生がセイバンへ就職したことを機に、2018年から共同開発に着手したのだそうです。
セイバンに声をかけた理由について大江教員は、
「耐久性と対候性に優れ、かつ軽量な素材使いに長けていること、金属パーツと皮革素材の結合のノウハウに長けていることなどですね。そして当時の授業を受講していた学生が、卒業後にセイバンに在籍していたことから、最良のパートナーになると考えたんです」と話します。
完成した本体は、一般的な「本革」ではなく、ランドセルに使われる「人工皮革」を使用しています。軽くて柔らかく、耐久性に優れており、その重量は従来品の約半分の255グラムまで軽量化することができたそうです。盲導犬にフィットするよう流線的な形で、しっかりと包み込むようなデザインになっています。
また、ハンドルは一般的な「コの字型」ではなく「三角型」にすることで、自然な手の角度でハンドルが握れるようになりました。また、手を離した時にハンドルが犬の背中にフィットするようにバーの長さと角度が工夫されています。
完成したハーネスについて、関西盲導犬協会の方は、
「これまでは、犬の動きがきちんと人に伝わるかどうかなどの “機能面” は重視していたものの、“デザイン面” を考えたことはあまりありませんでした。
デザインの要素が加わることによって、目の不自由な方がより社会に出ていきやすくなり、社会に自然と溶け込み、過ごしやすくなっていただければ」と話します。
事の始まりは2015年。関西盲導犬協会の皆さんが、学内でワークショップを開いたことにさかのぼります。その様子をたまたまプロダクトデザイン学科の大江孝明教員が拝見し、盲導犬やユーザーを取り巻く社会状況やハーネスのデザイン上の課題などを知ったと言います。
本記事では、5年にわたって取り組んだ研究のうち、2018年の授業の様子を中心に、授業内で制作した試作品のコンセプトや特徴などをお届けいたします。
盲導犬ハーネスのデザインに取り組んだきっかけ
盲導犬が日本に導入されて80年ほど経つそうですが、ハーネスなどの装備のデザインは、導入当初から機能面の改善はされてきたものの、特に見た目に配慮されたデザインがあまり考慮されてこなかったのだそうです。そこで大江先生が2015年から個人で研究を始め、翌年から授業でも取り上げるようになりました。
「盲導犬を取り巻く社会状況に対して、『プロダクトデザインの力でより良い方向へ変えられるのでは』という問題意識を持つようになりました。また、大学で教鞭をとる中で『これからデザイナーを目指す学生にとっても大切な学びがあるのでは』と考え、関西盲導犬協会と連携して大学の授業でも取り扱うようになったんです」。
盲導犬とそのユーザーのためのデザイン
ハーネスをデザインするにあたって最も重視したのは、「デザインのプロセス構築」だと言います。リサーチの手法やリサーチで得た情報を形にしていく工程、形にした試作を検証する方法などがこれに当たり、プロセスをきちんと構築してから進めることで、現代社会に必要なハーネスのデザイン要素を発見し、的確な具現化と検証を行うことにつながるのだそうです。
「ハーネスの課題と向き合うため、盲導犬ユーザーとの対話や、ダイアログ・イン・ザ・ダーク※の方々にご協力いただいて暗闇の中での生活を体験するワークショップを行うなど、目隠した状態での盲導犬との歩行とその観察などを行いました。そして、盲導犬やユーザーに加え、『その姿を見かける人』も含め、それぞれの視点に立って試行を繰り返していきました。
それはデザインの要素を見つけ出すためのプロセスですが、それだけではありません。ともすると目の見えない人のために『デザインをしてあげる』と考えてしまいがちですが、視覚を使って生活することを前提にしている社会で、視覚を使わない人が『その人らしく生きるためのデザイン』をともに構築するという心を持つためのプロセスでもありました」。
※ダイアログ・イン・ザ・ダーク:視覚障害者の案内により、完全に光を遮断した”純度100%の暗闇”の中で、視覚以外の様々な感覚やコミュニケーションを楽しむソーシャル・エンターテイメント。
https://did.dialogue.or.jp/
関西盲導犬協会の協力のもと、盲導犬とともに行動する体験やユーザーとの対話を通してさまざまな情報を得ていきます。それらの情報を分析してコンセプトを作り、実現するためのアイデアを試作。試作品の検証を何度も行いながら、徐々にデザインの完成度を高めていきました。
熱心に取り組む学生の様子に盲導犬協会の方々は「学びに対する真摯な姿に驚いた」と言います。
「我々の指摘を受けて改善し、来るたびに進化していることに驚きました。たしかにアイデアは良いけれど、実現は難しそうなものや、盲導犬ユーザーの使用シーンをまだまだ考慮しきれていないと感じることもありました。でも当時はあくまで授業にご協力させていただく形で、特に製品化を意識していたわけではありませんでしたし、盲導犬を取り巻く状況や誤解などを少しでも多くの方々に知っていただければと考えていました。
我々は “機能面” を、学生の方々は “デザインの力で社会に訴えかけること” を希求していたわけですが、それぞれのベクトルは違えど、一緒に同じゴールを目指していく作業はとても有意義でしたね。学生ならではの視点やアイデア、発想など、我々としても多くの気づきがありました」。
+αの生活に一歩踏み出す
“デザインの力で社会に訴えかけること” の一例として、例えば2018年の授業で学生たちは「+αの生活に一歩踏み出す」をコンセプトの一つにしたそう。「+α」とは、そのモノがなくても生活ができるけれど「あると生活が豊かになる」意味だと言います。
盲導犬ハーネスとして機能的に使用できるという点だけではなく、ハーネスによって「もっと楽しい」と思える生活へ導けるような製品を提案したいと考えたのです。学生は、「盲導犬ユーザーと社会がお互いを理解しあい、歩み寄っていけるきっかけになれば」と話します。
「リサーチを通じて、盲導犬ユーザーと盲導犬が抱えている社会参加に対する問題は、大きく2つあると考えました。一つは、社会の側が盲導犬についての知識に乏しく、接し方がわからないという『外的要因』。そして、盲導犬ユーザー側が周りに気を使ってしまうことや目が見えないからこそ周囲の反応が気になってしまう『内的要因』です。
そこで、特に後者に着目して、盲導犬ユーザーの萎縮を解くために『+αの生活に一歩踏み出す』というコンセプトを設定しました」。
盲導犬の仕事が「みえる」デザイン
また、視覚的なデザインをするうえでは、“印象” を大切にしたと言います。現行のハーネスがどうしても “器具的” なもので、盲導犬に取り付けられているという印象が強くなってしまっており、盲導犬と歩く姿がスタイリッシュな印象を与えるようデザインしたのです。
大江教員は、
「既存のハーネスは、その器具的なデザインから、ハーネスを着ているというよりも、“取り付けられている” という印象が強くなってしまっていました。すると、ともに歩いている盲導犬と人の姿が見慣れないものになってしまい、日常の中で違和感が生じます。その違和感を無くすことで、盲導犬とそのユーザーを取り巻く社会問題を少しずつ解決していけると考えました。
そこで、ハーネスをあくまで着ているような、自然で、ともに歩く姿がスタイリッシュな印象を与えられるデザインになるよう工夫しました」。
日本での盲導犬ユーザーは、約930人(2020年3月時点)いる一方、日本における盲導犬や補助犬への理解はまだまだ低く、身体障害者補助犬法(補助犬法)などで認められているにもかかわらず、盲導犬(補助犬)同伴による施設利用を断られるということが少なからず起きている現状があるそうです。
その問題は、盲導犬への理解不足や「盲導犬が “仕事中” であることがわからないから起きるのでは?」と考え、遠くからでもハーネスをつけていることがわかるよう視認性を高めたり、声に出さなくても意思を伝えることができる「お助けフラッグ」などを考案しました。
「調査したところ、盲導犬ユーザーの方に『声をかけていいのかわからない』という理由から、なかなか助けることができないということがわかったんです。そこで、ユーザーが周囲の人に助けを求めることができ、周囲の人も一目見てわかるフラッグを考えました」。
フラッグは軸に巻かれており、使用時に広げます。言葉とともにピクトグラム(絵文字)を使用することで視認性も向上。「たすけて」という緊急時のほか「手伝ってください・おねがい」など柔らかい印象の言葉も用意し、ユーザーが求める言葉のニュアンスに寄り添うプロダクトになっています。
大江教員が学生たちとともに取り組んだ「盲導犬とそのユーザーのためのデザイン」。その成果を2018年に行われた「関西デザイン学生シンポジウム」にて発表したところ、なんと最優秀賞を受賞したそうです。
命を預かる道具だからこそ、さらなる改善を。
2018年からはセイバンさんと共同開発に着手。さまざまな試作と検証を経て、この春、実用的でデザイン性にも優れた盲導犬ハーネスを完成させ、関西盲導犬協会へ寄付するいたしました。完成に至るまで、5回の試作を経たと言います。
無事に寄付できたものの、大江教員は、これで終わりではなく、盲導犬協会やユーザーとの検証をしばらく続ける予定だと言います。
「やはり命を預かる道具なので、寄贈した製品を継続的な調査がお願いできるユーザーとともに使用していただく中で繰り返し検証しながら、徐々に希望するユーザーが自由に使えるようなプロセスに移行していきたいと思っています。
今回デザインしたハーネスのような考え方が普及していって、多くの盲導犬とそのユーザーが、より快適に暮らせる社会になれば幸いです。そして、盲導犬に限らずさまざまな状況へとデザインが派生して、より良き社会になっていくことを願っています」。
また、今回の研究や授業での取り組みについて、経済ではなく「意義」を優先してデザインすることについて、学生たちが考えるきっかけになればと話します。
「盲導犬は日本に1,000頭程度で、はっきり言ってお金儲けになるような製品ではありませんし、なかなか即商品化とはなりにくいかもしれません。でも、お金にならないからデザインしないというのもおかしなことだと思うのです。経済的な利益優先ではなく、『意義』を優先してデザインすることも大切なこと。今後も、プロダクトデザインがどう社会とかかわっていけるかを学生とともに模索していきたいと思います」。
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