キュレーター長谷川祐子が仕込んだもの ―ULTRA AWARD 2016 NEW ORGANICS
- 近藤 良和
- 瓜生通信編集部
2016年11月5日(土)より、京都造形芸術大学 瓜生山キャンパス内で〈ULTRA AWARD 2016 NEW ORGANICS〉展がスタートした。
〈ULTRA AWARD〉は、学内共通工房「ウルトラファクトリー」が、次世代のアーティストの発掘と育成を目的に、卒業生、在校生を対象に行うアートコンペディション展である。
書類選考と作品プレゼンテーションという2度の審査を経て選出された作家は、瓜生山キャンパス内での作品展示の機会が設けられる。また作品制作にあたりウルトラファクトリーによる技術支援が受けられるほか、国内外で活躍する著名なアーティスト、キュレーター、批評家による公開審査を受けることができる。昨年に引き続き、今年度も東京都美術館のチーフキュレーターで京都造形芸術大学客員教授の長谷川祐子キュレーションを担当する。
今回長谷川が選んだ展覧会テーマは「NEW ORAGANICS」。
以下は、この〈ULTRA AWARD 2016〉に寄せられた長谷川によるステートメントである:
オーガニクスは有機体を意味します。これは自然のオーガニクスだけではなく、機械の構造を精巧に組み立てていく過程においても用いられる言葉です。オーガニクスをとおして成長、繁殖、増殖などが起こっていく、生命作用の比喩であると同時に、それは死にむかう作用についても同様に用いられます。身体やモノや情報が、いままでとは異なった複雑で錯綜した関係をもつ現代において、何を一つの有機体とみなしていくかはさまざまな選択肢があります。身体の一部となった端末や、自然と人工物のおびただしいハイブリッドなど、これらの間にあらたな有機的な関係性をみいだすことで、新たな有機体の概念は形成されます。つまりそれは「生命」や「作用」や「意味の生産」にむけての積極的な再統合、再構成の過程をあらわす言葉でもあるのです。
かくして、会期初日の11月5日、〈ULTRA AWARD 2016〉に選出された10名の作家、現代美術家でウルトラファクトリーのディレクターを務めるヤノベケンジ、そして長谷川祐子が、3ヶ所に分かれた会場の一ヶ所「智勇館」1階に集まった。展示の最終チェックをするためだ。今回選ばれた出展作家は以下の10名。
◆ 市川 理紗(美術工芸学科総合造形コース2年生)<1996年生>
◆ 井上 亜美(こども芸術学科こども芸術コース2013年度卒業)<1991年生>
◆ 浦田 シオン(大学院総合造形領域彫刻専攻1年生)<1994年生>
◆ 斉藤 七海(空間演出デザイン学科ジュエリーデザインコース2回生)<1996年生>
◆ 竹浦 曽爾(美術工芸学科現代美術・写真コース3年生)<1996年生>
◆ 檜皮 一彦(大学院総合造形領域1年生)
◆ 藤澤 かすみ(美術工芸学科現代美術・写真コース3年生)<1991年生>
◆ 米谷 英里(大学院ペインティング領域日本画専攻1年生)<1992年生>
◆ 圓山 玲(美術工芸学科油画コース3年生)<1994年生>
◆ 油野 愛子(大学院総合造形領域彫刻専攻1年生)<1993年生>
まずは、智勇館の玄関、右側にある米谷英里の作品《追憶》のライティングチェックだ。この作品は、さまざまな植物の写生を繋ぎ合わせ、本来はありえない植物の生態系を日本画の手法で画面内に再構築したものだ。大航海時代以降、植民地の植物が売買の対象として運び去られ、現在も地域独自の生態系を破壊しながら地球を覆うように展開されている。そんなことへの思いが織り込まれた画面を、長谷川が指示するライティングが美しく浮かび上がらせていた。
米谷の作品の向かいにあるのは、「息」をテーマにした斉藤七海の指輪の作品だ。人間の吐いた「息」を植物が吸い、植物が吐いた「息」を人間が吸うという、人間と植物の間で交わされた環境を維持する契約関係を、シルバー製のエンゲージリングで表現している。この作品もライティングが重要となる展示で、細かい調整が行われた。ちなみに、長谷川祐子はこの場で、作品6点の内1点の購入を決めた。
智勇館のエントランスを抜けて隣の部屋に入ると、圓山玲が自分と他者との間にある「境界線」をテーマにした作品《Borderline》が広がる。部屋の中央には水が張られた巨大なキャンバスが広げられ、絵の具を装填した機関銃の水鉄砲が置かれた台には、「私があなたのもとへ辿り着くまでに、その銃で境界線を作ってください。どこを歩いても構いません」と指示書きがある。どうやら、作家と来場者とがともに絵画制作を行っていく意図のようだ。両サイドの壁にはすでに生まれた作品が飾られ、発生しては曖昧なものへと変化する「境界線」の軌跡がビジュアルで現れていた。
さらに隣の部屋へと進むと、そこには井上亜美の作品《イノブタ・イーハトーブ》がある。宮城県出身の井上は、震災以降、放射能の影響を受けたイノシシを食べることができなくなってマタギをやめた祖父の猟銃を引き継ぎ、散弾銃免許を取得。自らイノシシ猟の現場に足を踏み入れながら、帰宅困難区域の家畜用の豚と野生のイノシシの間から誕生しているというイノブタの、その食物連鎖のチェーンからはずれた存在に想いを馳せた表現が展開される。それはリアリティから遠い想像上の産物のようで、とてもリアルな問題提起が心に刺さる作品だ。長谷川からは、映像観賞用のイスについての改善が求められたが、大変満足の表情で智勇館を後にした。
次の現場は、瓜生山キャンパスのメインの建物「人間館」ピロティである。大学の顔である正面玄関の階段をのぼると、そこに堂々と現れたのは檜皮一彦が作り上げた《object:π》という作品だ。凹凸のあるウレタンで表現された平面作品が大きな球体を形どり、さらに周囲のものへと触手を伸ばすようにつながっていく。平面は局面を帯び、風の流れや光の変化により表情が刻々と変わっていくという。
人間館のエントランスを入ると、ビニールやアルミ箔、ひも、造花、自転車のタイヤチューブといった、ありとあらゆるものでできたワンダーランドが広がっていた。藤澤かすみの作品《平の上の空気》である。人が使用した痕跡の残る既製品や廃棄物を利用して、アッサンブラージュしたという。文字や記号のような絵などで覆われた壁に設置されたモニターからはデジタル映像が高らかな音をたてて流れ、平面と立体、イメージと物資が交錯して、独自の生態系を生み出していた。
さらに歩を進めると、人間館1階のランドマークとなっている欅の古木がそびえるが、その後に壁が設けられ、壁の上部に設置された24台のシュレッダーから、様々な色のアルミホイルが、不定期に裁断され、きらきらと舞い降りてくる。これが油野愛子によるインスタレーション作品《Viva La Vida》だ。刹那的に現れるその平面を「愛」に見立てたというこの作品は、その美しさから、通り過ぎようとしていたおとなもこどもも、一度は歩を止めて作品を見つめてしまう。その刹那的瞬間と、床に散りばめられた紙の断片は時を刻んだ痕跡として、見るものの心に何かを残すようだ。
シュレッダーが設置された壁の裏面にまわると、2mほどの大きな写真が立ち並ぶ。竹浦曾爾による《Fights》と題されたこの写真作品は、動画サイトのコンテンツとして大量に投稿されている喧嘩のシーンをキャプチャーし、再演した喧嘩のポージング写真だという。現在ネット上に氾濫するリアルな喧嘩動画は、その多くが隠し撮りのため、縦位置のフレームで腰位置からのアングルという形式パターンが生まれているが、ひとたび静止画として切り取った時、「喧嘩」は「戯れ」と化し、リアリティへの問いかけとなる。長谷川からは、喧嘩動画との対比ができる展示をアドバイスされた。
さて、すぐそばのトイレに入ると、手洗い場に高さ40センチほどの白いねずみの塑像が現れる。市川理沙の《お願いしマウス》という作品だ。よく見るとと、それは石鹸でできており、ちょっと良い香りもする。鏡には参拝方法のインストラクションが貼られ、トイレで用をたした人が、とまどいながらもお辞儀をしたり、ねずみの塑像で手を洗う姿が面白い。市川は万物の神をイメージしており、人々が使うことによって変容していくこのマウスに、人間の欲望を可視化させようという意図があるようだ。
さて、10人目の作品は、人間館の隣の望天館2階まで歩を進めないとならない。教室ひとつをまるまる使ったこの作品は、浦田シオンのサウンドインスタレーション作品《喧騒と囁き》だ。浦田は、近年活発化する排他的運動やそれに反対するデモなど、人間の集団的運動に伴う特徴的な声や音響に着目、強い感情の固まりとなった音を抽出してインスタレーションにした。暗い会場に投影される映像のほか、スピーカーの振動を水のしぶきへと転写し、聴覚だけでなく視覚的にも、鼓動が迫ってくる。「もう少し音をおおきくできない?」という長谷川の指示で、会場内の鼓動が一気に迫力を帯びた。
長谷川が「POST INTERNET ART」をテーマに掲げた昨年の〈ULTRA AWARD〉に比して、今年のテーマの方がより向き合い安かったのか、抽象的な表現が多かった昨年よりもより具体的なイメージが伝わってくる作品が多い印象だ。いずれにしても、まだ学生から作家へと変貌を遂げようとしている羽化の途中のような彼らに、長谷川が仕込んだのか、何か表現の核のようなものが芽生えている実感がある。是非、彼らがアート界に飛翔する前に、その原点となる現場を目撃しに来て欲しい。
また11月20日(日)午後2時から行われる公開審査会では、各作家が自身の作品のプレゼンテーションを行い、以下の審査員が審査・講評を行いながら、[最優秀賞]を選出する。その現場も見逃せない。
【審査員】
◆浅田彰(批評家)
◆遠藤水城(インディペンデントキュレーター)
◆後藤繁雄(編集者、クリエイティブディレクター)
◆椿昇(現代美術家)
◆名和晃平(彫刻家)
◆やなぎみわ(美術作家、演出家)
ULTRA AWARD 2016 NEW ORGANICS
会期 |
2016年11月5日(土)〜 11月27日(日) |
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休館 | 11月16日(水)・17日(木) |
開催時間 | 10:00 〜 18:00 |
会場 | 京都造形芸術大学 人間館1階 エントランス・ラウンジ、智勇館1階、望天館2階 |
入場料 | 無料 |
<文・写真:近藤良和(情報デザイン学科2年生)、瓜生通信編集部>
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近藤 良和Yoshikazu Kondou
1996年徳島県生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科2015年度入学。映像編集が好き。コトをつくるためのデザインを学びに来た。好きなデザイナーは佐藤オオキ。
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瓜生通信編集部URYUTSUSHIN Editorial Team
京都造形芸術大学 広報誌『瓜生通信』編集部。学生編集部員24名、京都造形芸術大学教職員からなる。