かつて、仏壇仏具は我々の暮らしの中にごく普通に存在し、ご先祖さまと共に、仏教への親しみを持ちながら過ごしてきました。時は流れ、これらがあたりまえにあった暮らしから、家族の在り方も、私たちの生活様式も、ずいぶんと変わってきました。今や、仏壇仏具が家庭にある人たちの方が少ないのではないでしょうか。
私たちが住む京都には、そういった「京仏具」を創り上げる代々受け継がれた伝統技法が多く存在します。このような伝統技法の息を絶やさないためには、若い世代が京仏具という存在を受け入れ、生活に取り込んでいく必要があります。しかし、若い世代は一人暮らしや洋風建築の家に住むことが多いこともあり、新しく仏壇を構える環境でもありません。
そこで今回、京都府仏具協同組合のみなさまと一緒に、若い世代をターゲットとする、仏具の文化的背景を活かしたプロダクトを提案する産学連携プロジェクトに取り組むことになりました。
この難しい課題に挑んだのは、京都芸術大学 プロダクトデザイン学科2年生 友野希望さん、西川圭太さん、同学科3年生 飯塚今日子さん、大北楓子さんの4名。
- 暮らしの中の空白って?
このプロジェクトの指導教員を務める同学科 大江孝明先生が提唱する「暮らしの中の空白」を全体テーマとし、慌ただしい現代社会を生きる私たちが、日々の生活に取り入れたくなる新しい道具の在り方を、京仏具の持つ文化的背景と伝統技法を活かして提案することになりました。
まず、学生たちが感じている「暮らしの中の空白」を感じる時間とはどういう時なのか、意見交換をすることから始まりました。電車に乗っているとき、駅のホームで電車を待っているとき、朝起きてベッドでぼんやりしているとき、寝る前に過ごす時間…など、人の感じ方、捉え方はさまざまです。
その中で、みんなが共通して感じたことは、現代を慌ただしく生きている我々は、意識をしないと「空白の時間」を作れない、ということ。そこで今回は、「自分と向き合う時間」「心に余裕を生み出す」「生きていることの感じ方」などをコンセプトに、作品制作をしていくことになりました。
- 仏教、そして伝統工芸の深み
実際に伝統技法をリサーチすべく、京仏具を制作している職人さんの元へお伺いする機会もいただき、木地(きじ)、蒔絵、錺(かざり)金具の職人さんの元へお邪魔しました。
木地とは、木材を仏壇仏具に形作る工程です。主な材料は、桧、松、欅などを使用し、各宗派に定められた形で作られます。堅牢な造りと繊細なデザインとのバランスを考え仏壇・仏具の型を制作します。
蒔絵とは、漆で文様を描き、その上に金粉や銀粉を蒔いて表現するものです。日本独自の美術工芸として発達し続け、使用する粉によって消し粉蒔絵、磨き粉蒔絵、研ぎ出し粉蒔絵、さらに高度な肉合(ししあい)蒔絵などの種類があります。紋一つの蒔絵にも正に無限ともいえる表現ができ、この無限の表現技術を持つのが京蒔絵の特徴のひとつです。
錺(かざり)金具とは、仏壇仏具を豪華に彩る装飾金物です。錺金具は宝相華唐草が主流でしたが、近代になり、牡丹や菊、蓮などの様々な植物を文様化したものや、亀甲、七宝などの幾何紋様が繊細に加飾されているものもあり、日本独自の工芸技術として発達しています。
木地、蒔絵、錺金具。このような京仏具の伝統工芸の数々を間近で体感し、学生たちもその歴史の深さに感銘を受けた様子。京仏具という存在を、少しずつ身近に感じることができるようになり、自分たちが制作する作品に、どの伝統技法の背景や要素を取り入れるのか、考えを深めていきました。
また、石川県金沢市にも足を延ばし、金沢が生んだ仏教哲学者・鈴木大拙の考えや足跡について学べる鈴木大拙館、日本の工芸品について幅広く学べる国立工芸館、芸術とデザインの差について考えるため金沢21世紀美術館などを訪問。京都に戻ってからは、お寺で座禅を体験するなど、伝統工芸とは? 仏教の教えとは? という本質的な事柄について、学生なりに深堀していく作業に没頭していきました。
定例ミーティングでは、学生が今感じていることや作品コンセプト、方向性を互いに共有していきます。毎回ホワイトボードにびっしり!学生の想いを大江先生がしっかり整理しながら、進めていきます。
-真剣な想いの積み重ねを経て
京都府仏具協同組合のみなさまを迎えて、コンセプトプレゼン、デザインプレゼン、中間プレゼン、そして最終プレゼンと、合計4回のプレゼンテーションを実施。
今回の取り組みに並々ならぬ想いで臨んでくださっている仏具協同組合の方々との意見交換は大白熱!
毎回、5時間以上もの時間をかけて、学生の提案に真剣に向き合い、時に厳しいお言葉もいただきながら、学生たちを鼓舞していただきました。学生たちもその想いに応えるように、毎回のプレゼンテーションでは作品や自身の考えをブラッシュアップさせながら、この難しい課題に真っ向から挑み、努力を重ねる姿には目を見張るものがありました。
京都府仏具協同組合のみなさまからいただいた各自の宿題をどのように作品に反映させるのか、学生たちは連日遅くまで工房で作業を行い、課題と向き合い続けていきます。
こうしてプレゼンと意見交換を重ね、学生たちと大江先生が渾身の想いを込めて提案した作品をご紹介します。
それぞれが感じる「暮らしの空白」の捉え方も合わせて、各作品をご覧ください。
「modori」 飯塚今日子
「心ここにあらず」から「心ここにあり」へ戻るためのモビール
私たちは今を生きているのに、いつの間にか過去や未来の心配や後悔を頭の中で考え続けて、なかなかやめることができません。それは、「心ここにあらず」の状態です。本当は、自分自身がリラックスできる時間があるのなら、その時間に集中する「心ここにあり」で心地よく過ごせる時間が、暮らしの空白ではないかと考えました。
せっかくリラックスしたり楽しんだりできる時間があるのに「心ここにあらず」の状態で過ごし続けるのはもったいないと感じます。モビールを心地よく眺めることをきっかけに「心ここにあらず」の状態から本来の「心ここにあり」の状態へ戻します。瓔珞という仏壇を華やかにする錺金具など、仏具の表現を分析しつつ、新しい美しさ、心地よさを研究し、金色、銀色のモビールで表現しました。インテリアとしても住まいを心地良くしてくれるアイテムです。
「莟(つぼみ)」 大北楓子
覗くことで「してしまう」を止めて行動を変える
わたしたちの身の回りには情報による刺激が溢れかえっています。一番身近なものはスマートフォンです。やめたいのにやめられない状況になり、他にやるべきこと、やりたいことが出来なくなりがちです。その状況から次の行動につなげるために、その時の作業を止めて一息つくような空白の時間が必要ではないかと考えます。
やめられない状況の隙をついて、刺激を受けるがままではなく、自分で行動を変えるタイミングをつくります。情報機器から離れるために、「両手と両目が必要になる道具」から発想しました。中には小さな仏様が入っており、莟の先(上部)の小さな穴から入る光を頼りに、写真で見えている小さな穴から仏様を眺めることができます。「見る」ことに集中することで、やめられない欲が静まるのではと考えました。外見は仏様の台座に用いられる蓮の莟をイメージし、日々の暮らしに静かに佇む形と質感を大切にしています。
「Kuturogi-Tool」 西川圭太
くつろぎたいと感じた際に素早く使用できる道具
ほっと一息ついている時間こそが空白の時間であると考えています。何も考えずゆっくり過ごす時間が家の中のみならず、現代を生きる私たちの時間の一部にあったらいいと考えます。
一息つきたいと感じたときに、おりんや線香、ろうそくといった五感を刺激する道具を使って、くつろぎの時間を提供できたら、と考えました。
くつろぎたいと感じる瞬間に素早く対応できるものであることに加え、おりんや線香立てなどを仏具としての仕様方法ではなく、五感でくつろぎを感じてもらうための道具として考えました。デスクに置いても邪魔にならないサイズ、目立たない色味に仕上げ、簡単に持ち運びができるようコンパクトな箱に収納しました。
「Orin Lamp」 西川圭太
安心を感じる空間造りのための照明器具
安心感を持てる時間が暮らしの空白であると考えています。仕事や学校、慣れない場所に行くときなど、日々の生活で緊張する場面が多く、ストレスを感じ、息苦しくなってしまうと感じています。
お家に帰ってきたような安心感がある時間を光と音が造り出します。おりんを叩くと美しい音色と共に点灯し、自分のために時間が始まったような感覚を覚え、優しい光で包容されている気分へと誘います。
仏壇での読経において、初めと終わりに鳴らすおりんを、「自分の時間への入口」と「一日を締めくくる」という考えに見立て、1回目のおりんの振動と音色で点灯し、2回目で消灯するというアイデアに至りました。できるだけ現代の暮らしに溶け込むようなデザインにし、ベッドサイドにも置きやすいよう、コンパクトに仕上げました。
「おりんとかびん」 友野希望
心を落ち着かせるために、心に余裕を持たせる道具
お家に帰った後、仕事や課題のことを考えてしまう人も多いのではないでしょうか。一息つく間もなく過ごしていると、頭も体も疲れてしまいます。私は、今しなくても良いことは考えず、心に余裕を持ち、落ち着いた状態が暮らしの空白になると考えました。
おりんの音色は場を鎮め浄めると言われ、心を浄化してくれる音色でもあります。おりんを鳴らすときだけでなく、使わない時も楽しめるようなおりんを考え、常花をモチーフにしたりん棒を使うことにしました。おりんとして使用する時は、花瓶の上部を外してりん棒を置くことが可能です。暮らしに馴染みやすく、身近におけるデザインを心掛けました。
「木猫・木梟・木兔」 友野希望
今、必要のない感情をおさえる道具
日々生きている中で、失敗したり、これからすることに対して不安を抱えている人はいませんか?
やりたいことがあるのに不安のせいで気が散ってしまったり、落ち込んでしまう時もあるかもしれません。ただ漠然と時間をやり過ごすのではなく、安心して心までくつろいだ状態になっている時こそ、空白の時間だと考えます。
木魚に魚が彫られているのは、眠るときも目を閉じない魚のように、常に修行を疎かにせず集中しなさい、という意味が込められているからです。そこで、魚だけではなく、他の動物の意味を意識することで、より前向きな気持ちになるのではないかと考えました。猫は福を招く、梟(フクロウ)は福を呼び寄せる、兔(うさぎ)は困難を飛び越える、という意味があります。部屋にも馴染みやすい愛着が湧くカラーリングを施しました。
「tayuta」 大江孝明
何も考えない時間を持つための道具
何も考えず、頭と心を空にする。そして、今まで考えていたことの流れを一度切るための時間をつくる。そんな時間を持つことが、暮らしの空白になるのではないかと考えています。
煙を改めて見てみると、揺蕩う煙はおおらかで、ずっと見ていられる美しさがあります。水の流れや波紋と同じように、私たちが心安らぐ自然の動きを備えています。また、無常の形態は仏教の中核教義にも通ずるものです。
空、無頓着、マインドフルネスを「善し」とする仏教の背景があるからこそ、機能と表現に加えて道具としての「意味」に強みを持たせ、日々の暮らしにおける精神的な拠り所となれるのではないか、と考えています。
「常花瓶」 大江孝明
“生きているからこそ”を感じる時間をもつための花瓶
“生きているからこそ”を感じる時間が暮らしの空白になるのではないか、と考えています。平和な現代では、生きていることは当然すぎて感じ取ることが難しく、同様に死も暮らしから遠ざけられています。
枯れない花・永遠に咲き続ける花である常花。しかし、私たちが生きる時間の果てにはいつも死があります。常花の美しさと生花の美しさを対比することで、“生きているからこそ”を感じられる時間を作ります。生花の新鮮な状態・しおれ・枯れとそれぞれに常花とのコントラストが効いて美しくもあり、無常の花と常花の時間をかけた変遷のコントラストが、仏教の教義である無常を生きることをふと感じさせてくれるものであります。
-想いを伝え合う展覧会
今回、京都府仏具協同組合の方々から機会をいただき、2021年3月25日(木)~30日(火)の期間、京都市勧業館 みやこめっせ「京都伝統産業ミュージアム MOCADギャラリー」を会場とし、プロジェクトの成果展を開催することとなりました。
展覧会に足を運んでくださった多くの方々が、作品ひとつひとつをじっくりとご覧になられている様子を目の当たりにした学生たちは、これまでの苦労が吹き飛ぶほどの喜びを噛みしめていました。
また、作品の説明を学生自身が行うことで、自分たちが作品に込めた想いを伝えることができると共に、作品に対する率直な意見や感想を直接伺える大切な時間となりました。
会期5日間の中で、10代~80代の幅広い年齢層 185名の方がアンケートへご回答いただき、特にターゲットに設定していた若い世代の方々から、各作品や「暮らしの中の空白」という概念に対し、真摯なフィードバックを頂けたことは、メンバーにとって大きな活力となりました。
-次に繋がるきっかけに
プロジェクトを終えて、京都府仏具協同組合のみなさまからは、「今回のこの取り組み、そして展覧会でのアンケート結果は組合員のみなさんにも共有し、現代における仏壇仏具、そして伝統工芸の在り方を見直さなければならない良いきっかけとなりました」とのお言葉をいただきました。
学生だけでなく、自身も同テーマにおいて作品提案した指導教員の大江先生は、「我々の暮らしは、ITとIOTの発達と共に効率化されています。効率化されて生まれた時間は、今度はITとIOTによってもたらされた、SNSや娯楽によって競争的に奪われる対象になっています。我々は常に誰かに楽しませてもらって過ごす時間に慣れ、自分で考えて自分のために使う時間を失います」と、現代における課題を見据えつつ、「その仮設を起点に、若い世代に時間の使い方について考えて欲しく、仏具の持つ特性を活かして暮らしの中に空白をもたらすデザインを探究しました」と今回のプロジェクトを振り返ります。
「結果としては、普段仏具に触れない人でも、暮らしに取り入れてみたいと思える道具が生まれたと思います。学生達も、モチベーションが驚くほど高く、涙が出るほどに真剣にこのテーマに取り組み、新しいデザインの可能性を経験として掴んでくれました。本当に良いプロジェクトとなり、熱心にご教授を頂いた京都府仏具協同組合の方々には心から感謝を申し上げます」と締めくくりました。
このプロジェクトの課題と向き合うことは、自分自身の心と向き合う時間でもあり、答えが見つからず苦しい想いをし続けた学生たち。向き合い続けた先に感じ取るものは学生それぞれ異なると思いますが、今回やり遂げた経験が今後のデザインにプラスとなって現れてくることを願っています。
今回提案した作品は、実際に京仏具の伝統工芸技法を用い、商品化を検討するための試作を行う予定です。さらに、今後の動向が楽しみなプロジェクトとなりました!
京都芸術大学 Newsletter
京都芸術大学の教員が執筆するコラムと、クリエイター・研究者が選ぶ、世界を学ぶ最新トピックスを無料でお届けします。ご希望の方は、メールアドレスをご入力するだけで、来週水曜日より配信を開始します。以下よりお申し込みください。
-
京都芸術大学 広報課Office of Public Relations, Kyoto University of the Arts
所在地: 京都芸術大学 瓜生山キャンパス
連絡先: 075-791-9112
E-mail: kouhou@office.kyoto-art.ac.jp