REPORT2021.03.31

デザイン教育

楽しくご飯を食べることができるように。― こども芸大 安心おひるごはんプロジェクト

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  • 京都芸術大学 広報課

2020年、プロダクトデザイン学科では、認可保育園こども芸術大学で園児が食事をする時の感染防止スタンドの相談を、同学科の大江孝明先生が鍋島惠美園長から受け、「こども芸大 安心おひるごはんプロジェクト」が始動しました。コロナ禍において、実際に感染を防止する目的と、感染予防の習慣をこどもたちに身につけさせたい、また市販品ではなく芸術大学ならではの手作りのものをこどもたちに、という園長先生からのご相談でした。

 

市販の衝立
こども芸術大学の衝立

 

プロダクトデザイン学科で7名の学生が選ばれ、メンバー全員によるアイデア出しや保育園へのリサーチの日々が始まりました。大学への入構制限の中、はじめはリモートで、その後は2週間の検温など健康観察をしっかり行ったうえで、保育園への見学を行いました。見学ではリサーチ1回と検証4回行っています。

 

見学の様子


リサーチではこどもの様子などを細かくメモし、全員がアイデアを出します。その中から良かったものを組み合わせてデザインを考え、スタイロフォームや段ボールなど身近にある素材を使って実寸で試作品を作り、保育園で検証します。保育園で実際に検証を繰り返し、正しい情報を得ていくことが重要でした。

 

正確にテーブルのサイズを測ります


ある程度の検証がなされてデザイン案も固まり、「具体的な設計に入るぞ!」という段階で新たな問題が。それは実際の制作予算でした。衝立の部分を透明にするため、アクリル板で制作しようとしていた学生たち。長方形の食事テーブルを4分割するクロス型のデザインで、こども4人が個別に仕切られる予定でした。でもそのためには1つのテーブルにアクリル板が4枚必要です。しかしこども芸術大学の予算ではアクリル板を2枚分しか用意できないことがわかり、再考する必要がありました。

 

クロス型のデザイン


再度、デザインを練り直して今度こそ!と試作品を検証しに保育園に向かいました。新しく考えたのはシンプルにテーブルを二分する衝立。クロスさせなくてもしっかりと衝立を固定するために、テーブルに挟み込むように設計していました。天板は広々と使って欲しいので、テーブルの下で固定する仕様としました。しかし、ここでもまた問題が発生。テーブルの下には一般のテーブルには無い突起があり、それが衝立を設置する邪魔となるため、設計変更を余儀なくされました。現場でこそ分かることがたくさんあり、何度も足を運び、改良に改良を重ねてデザインは決まっていきます。

 

こうした土台部分の苦労と並行して、別の班ではアクリル部分の構想も進めていました。衝立というある種の"壁”をこどもたちに感じさせたくない、お互いの顔を見ながら楽しくご飯を食べることができる。また、保育園の雰囲気を損なわないようにしたい、そんな想いから直線ではなく、曲線的なデザインを考えました。

 

曲線のデザインで楽しく


アクリル部分の試作では、保育士が園児の食事をサポートする小窓を作っていましたが、その有無について保育士さんたちとじっくりと相談。最終的には、飛沫感染防止対策を優先させたいという意見を取り入れ、窓のないデザインとなりました。

 

保育士が園児の食事をサポートする小窓


また、テーブル1台につき2枚必要なアクリル板を固定するためのキャップも作成しました。第一試作では、リンゴやトマトなどの食べ物の形を具体的に作って保育園で試しましたが、具体的故にこどもたちが興味を持ち、遊んでしまうので平面的なデザインに変えることにしました。

 

アクリル板固定用トマトのキャップ
こちらはリンゴ


そしてアクリルの縁には、境界線が見えやすいように色を塗ることにしました。色はこどもたちに好きな色を聞いて青色に決まり、宙に浮いていて自然な形の雲がモチーフに選ばれました。雲の形もメンバー全員のデザインで8種類の形があります。メンバーの遊び心で、ひつじの形をしたものがひとつ混ざっています。

 

ひとつだけひつじの形をしたものが(左のキャップ) 撮影:高橋保世


デザインが決まれば、あとは必要な数を製作していくのみですが、ここでもすんなりとはいきません。まず一つ試作してみると、余計なでっぱりができる箇所がありました。構造的に改良は難しいけれど、このままだと見栄えが悪くこどもたちにとっても危ない、ということで極限まで無駄なところをなくすことに苦心。ねじを見せないため、ドミノと呼ばれるパーツを使い木材を接合していくことになりました。

 

ドミノの一例

 

ホワイトボードに設計図をかいて検討していきます


また、土台でアクリル板を挟み込むための溝を切る際に、アクリル板の幅2mmに合う鋸の刃がありませんでした。一番近いもので1.7mmですが、これではアクリルは入りません。ピッタリ合わないとアクリル板がグラグラして使い物にならないため冶具(ジグ)と呼ばれる加工箇所がずれないようにする道具を正確に作りました。計算に計算を重ねて試行錯誤しながら冶具を製作。冶具を作ってからの作業は比較的順調に進められました。

 

制作した学生に聞きました

「クロスしたデザインは安定性も良くて一人ひとりの仕切りもでき、デザイン性も高いと満足のいく出来だったけれど、クライアントがあってこそのプロダクト。予算や状況に合わせるということも学びました」

「大学の授業や課題をこなしながら年度内には完成させるという期限を設け、それに間に合わせるようにやり遂げる、そんな精神力もつきました」

「自分で作ったものを自分で使うことはあっても、他人に使ってもらうことはなかった。"想定する誰か”が使うとなった時に “もっときれいに作らないと” “どうすれば使いやすいかな” など、使い手の気持ちになって制作するという視点が新たな気づきとなりました」

「授業では使わないような機械や工具を使うことで、技術が身についただけでなく、作り方は一つではなく色々な方法があることを実感できました。工夫次第で簡単にできたりすることが経験できた」

「制作メンバーのチームワークの良さが際立っていて、誰か一人の案が独り歩きすることなく全員でものづくりに取り組めました」

「制作するうえで困難なことが出てきた時に先輩に相談すると丁寧に話を聞いてくれたり、後輩でも臆することなく意見が出せたりと、会話をしやすい雰囲気がありコミュニケーションの取りやすいチームでした」

「コロナ感染拡大前は、衝立というものを身近に感じていなかったけれど、必要に迫られて急速に世の中に普及してきました。種類やデザインはシンプルなものが多く、空間を隔てる機能のため違和感を与えたり、部屋の雰囲気してしまうもの。それをこどもの目線に立ち、こどもが暮らす風景に溶け込ませることを意識して作ろうと思いました。これから先、衝立のデザインはたくさん出てくると思うけど、まだ前例がない中で取り組むことが楽しかったです」

「衝立を保育園に納品に行った時に、こどもたちがとても喜んでくれたので疲れが吹っ飛びました。検証に行くたびに元気をもらっていました」

 

制作:京都芸術大学 プロダクトデザイン学科
 “こども芸大 安心おひるごはんプロジェクト” メンバー

3年生 根本隼平、山田菜那
2年生 西村悠、林璃帆、宮本睦己、山本晟太
1年生 都路裕亮

指導教員:大江孝明

大学の授業では、実際にデザインした物を使ってもらえることが殆どありません。また、何度も試作を重ね、ターゲットとなるユーザーと共に検証をすることは、とても難しいです。
今回は授業では経験できない上記2つの経験を学生達に積んでもらいながらデザインを生みだすプロセスを組み、共に探究に臨みました。
デザインで解決すべき課題は話で聞いていたより遥かに難しく、また予算的にも困難。実制作もかなりの工数でした。学生達はチームワークが良く、毎回の授業のムードもとても和やかで、前出の困難にめげず、粘り強く対応して切り抜けました。デザインの完成度はとても高く、衝立の可能性を新たに拓くものとなりました。

大学の課題もある中で、とても良くやったと思います。
このような学生達と共にこのプロジェクトに臨めたことを、本当にありがたく思います。

こども芸術大学にも、このような学びの機会を頂戴し、感謝をいたします。

 

指導教員:大江孝明

 

そして完成した衝立がこちら。

 

撮影:高橋保世

 

撮影:高橋保世
撮影:高橋保世

 

この突起で2枚の衝立を固定します 撮影:高橋保世
撮影:高橋保世

 

撮影:高橋保世

 

撮影:高橋保世
撮影:高橋保世

 

こどもたち自身で片づけられるラックも作りました 撮影:高橋保世

 

撮影:高橋保世
撮影:高橋保世

 

保育園の食事用デーブル8台分の衝立16個が完成しました。
こどもたちのWithコロナの新たな生活様式に、やさしく楽しく寄り添います。

 

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