2016年10月21日(金)から23日(日)にかけて、六本木ヒルズを中心とした一帯で、アートの祭典「六本木アートナイト」が開催された。
「六本木アートナイト」は、六本木の街にアート、デザイン、音楽、映像、パフォーマンスなどさまざまな作品を点在させて、非日常的な体験を創出することで、「生活の中でアートを楽しむ」という新しいライフスタイルを提案しようという試みだ。2009年3月にスタートし、7回目の開催となる今年は、連動する「スポーツ・文化・ワールド・フォーラム」の開催に合わせて、秋開催となった。
今回のアートナイトには、彫刻家で京都造形芸術大学大学院芸術研究科教授の名和晃平がメインプログラムアーティストとして招聘されており、また卒業生で空間演出デザイン学科の専任講師を務める現代美術家の八木良太も参加している。10月22日(土)の夜、現場を取材した。
陽が暮れて少し冷たい風が心地良いころ、六本木ヒルズにたどり着くと、あたりはなんとも楽しげにそぞろ歩きをする人たちでいっぱいだった。一部は来週のハロウィーンの前哨戦に参加しようというコスプレした人たちだったが、結構な数の人が、この街で繰り広げられている数々のアートを楽しもうとしているようだ。
メインプログラムの作品が展示される六本木ヒルズアリーナを訪れようと毛利庭園を横切った時、とあるブースの前で人だかりしていた。そこがまさしく、八木良太が作品《たこ焼きシーケンサー》のパフォーマンスを行っている現場だった。
《たこ焼きシーケンサー》は、たこ焼きを焼く行為と音楽の演奏が一体となる作品だ。たこ焼き器上部に設置したカメラから取り込まれた映像がリアルタイムに解析処理され、たこ焼きひとつひとつが音符のごとく機能する。また、たこ焼きの生地を流し込んだ時に発生するジューッという音も、重要な音楽の一部だ。そして、なんといっても重要な要素なのは、漂ってくるたこ焼きの良い匂いだ。焼きあがったたこ焼きはその場で振る舞われ、「聴く」「見る」「嗅ぐ」「味わう」の四感が総合的に楽しめる感覚が過去に味わったことの無い経験だった。
ちなみに、この八木の作品パフォーマンスが行われたブースは、空間演出デザイン学科准教授の家成俊勝が共同主宰する、建築設計ユニットのドット・アーキテクツの手によるもの。現場には、ドットの関係者や卒業生など、六本木の真ん中で、関西のエネルギーが満ち溢れていた。
さて、いよいよ六本木ヒルズアリーナである。この円形のスペースは様々なパフォーマンスの現場となるように、舞台と観客席が用意されていた。その舞台の背景には、さまざまな変わった植物が並び、その足元に無数のブイやバルーンが地面を埋め尽くしている。植物は、今回名和がタッグを組んだプラント・ハンター西畠清順が、世界各地から集めてきた植物たちだ。バルーンは、バルーンユニット「デイジーンバルーン」の作品。その六本木の真ん中に生まれた森の中で、名和の作品の6.3mもの巨大な牡鹿《White Deer(Roppongi)》がたたずみ、重力・空間・生命の関係性を表現した名和の彫刻作品《Ether》を見上げていた。肉眼にはなんとも心地良い空間だが、カメラのシャッターを切ると、空間全体が青い灯りに包まれていた。
夜7時。観客席が埋め尽くされ、会場の周囲にも立ち見の人だかりができた時、颯爽と東京スカパラダイスオーケストラのメンバーが登場し、「東京キャラバン」の舞台が始まった。
「東京キャラバン」は、劇作家の野田秀樹の発案で始まったプロジェクトだ。昨年2015年10月に、駒沢オリンピック公園の野外劇場で第1回目のワークショップ公演が行われ、オリンピックで賑わうリオ公演、宮城県、福島県と実施された東北公演を経て、今回が第4回目の公演だ。この第1回目の公演では、名和が舞台美術を担当。名和が学生とともに作った風車の舞台セットがくるくるとまわり、とても美しかったことが思い出される。あの現場からちょうど1年が経過した今、ふたたび東京の名和の美術空間の中で行われた公演は、多種多様なアーティストの「文化混流」をコンセプトに掲げるとおり、獅子躍あり、ドラァグクイーンあり、描画パフォーマンスありと、少しずつ色々な味が楽しめるお惣菜セットのような時間だった。
「東京キャラバン」のあとは、いよいよトークの時間である。六本木アートナイトの実行委員長の南條史生をモデレーターに、名和晃平、西畠清順、デイジーバルーンが登壇した。檀上では、今回の企画が2020年のオリンピックに向けて、文化で東京をはじめ日本全体を盛り上げていこうという動きのキックオフとしての位置づけであること、そこで、この六本木に文化の夜明けを象徴する“森”を創出したこと、この六本木ヒルズアリーナと国立新美術館、東京ミッドタウンの三か所で展開されたインスタレーションの位置づけなどが語られた。カメラがとらえた青い光も、文化の夜明けを象徴する“森”にと、名和の依頼で照明デザイナーの安原正樹が仕込んだものだった。
今回名和は、岡山県の犬島で誕生した鹿が、京都に立ち寄った後、「迷い鹿」として六本木に現れるというストーリーを描いたという。鹿には神使いとしての側面もある一方、最近は限界集落など人間の領域に下りてきて人間の作物を食べてしまう害獣という、現代が抱える問題の象徴としての側面もある。事実、名和が作品のために鹿のはく製を求める時、インターネット上に安定的に供給があり、ネット上に現れるその姿そのものも「迷い鹿」のイメージにつながったという。
文化の夜明けを象徴する“森”で、国内外から多種多様なものを引き寄せる核のような存在として位置づけられた《Ether》と《White Deer(Roppongi)》が出会った瞬間が、今私たちの目の前にある。もしかしたら「迷い鹿」は、先行き不透明な現代社会そのものなのかもしれない。迷える現代社会の解決の糸口が、文化の夜明けであって欲しい。そして、《White Deer》は、この後東北へ向かい、2017年7月22日から9月10日まで開催される<Reborn-Art Festival 2017>で、宮城県牡鹿半島に現れる予定だ。今回森の足元にインスタレーションされたおびただしい量のブイは、石巻から持ち込んだものだという。それは何かの伏線となるのだろうか。今後の迷い鹿が歩むストーリーの本編が楽しみである。
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瓜生通信編集部URYUTSUSHIN Editorial Team
京都造形芸術大学 広報誌『瓜生通信』編集部。学生編集部員24名、京都造形芸術大学教職員からなる。