INTERVIEW2020.12.28

アート教育

分断がもたらした修士・博士課程の共作。 ― 大学院有志による展覧会「アタラシイアタリマエノカタチ」

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  • 京都芸術大学 広報課

「まだ、制作途中なんですよ」。11月にさいたま市のギャラリーで展覧会を開催し終えた後にもかかわらず、代表者の手塚さんは言いました。勤め人でありながら本学大学院の博士課程に在籍する自身をはじめ、オーストリアからの国費留学生であるシャンツァー・アルマさんなど、課程も国籍もさまざまな本学大学院生6名がリモートで集い、実現させたこの展覧会。そこにはタイトルどおり、コロナ禍に直面して「新しいこれから」を模索する研究者、制作者たちのさまざまな試みが込められていました。本記事では、出展者の手塚さん、シャンツァー・アルマさんから詳しいお話を伺いました。
※本展示展覧会は、研究・制作・発表助成制度を活用して実施されました。

 

 

オンライン授業のなかで、「新しい絆」が生まれた

手塚さん:
はじめまして。本展覧会の提案者であり、デジタル面を統括する北桂樹さん(博士課程1年生)とともに、企画の実行役を担う手塚と申します。いきなり個人的な話で恐縮ですが、私は今年、本学の通信制大学院の修士から、通学の博士課程へと進みました。ところが思いがけないコロナ禍で授業はオンラインに。もと通信制の学生だからこそ、先生や学友と対面する機会が失われるのは残念でした。とくに私が修士時代に楽しみにしていた「特論」の授業は、若々しい修士と成熟した博士の学生がいっしょに学ぶことで、新しい知見を生みだせる場。しかし、オンライン授業で個人的なやりとりまでは困難です。そこで修士・博士合同のグループをfacebookで立ち上げたところ、50名以上が集うコミュニティに。やがて「情報交換だけでなく実際に何かやろう」と自然発生したのが、この展覧会出展者となる6名のグループでした。
 

多忙な社会人である博士と修士の学生が、こうした共同発表を行うこと自体、あまり前例がないようです。しかも6名のうち2名は国籍が異なり、ひとりひとりの研究領域もバラバラ。対面授業の中止という「分断」をきっかけに、これまでにない多様なつながりが新たに生まれた。そのこと自体が、本展のテーマである「全と個の断絶」の一面を象徴しているように思えます。

 

展覧会ポスター

 

善しとせず、悪しとせず、あるがままに「分断」を見つめる


手塚さん:
グループメンバーがまとまり、さっそく展覧会に向けての話しあいがスタートしました。「せっかくだから自主ゼミ風に」ということで、週に一回のオンラインミーティングでは、ひとりずつ制作計画を発表していく輪講スタイルを採用。ちょうど二巡目が終わる頃にはお互いの理解が深まり、展覧会への準備も整っていました。

オンラインミーティングの様子

もともと展覧会は完全無観客で行う予定でしたが、自粛解除の流れを受けて、開放的な公共のギャラリーへと会場を変更。何も告知しなかったにもかかわらず、11月15日〜20日の5日間で、のべ50名以上の来場者に恵まれました。会場に展示されたのは、コロナ関連のフェイクニュースが掲載された架空の新聞紙面。zoom画面どうしが対面して映しあう合わせ鏡のような世界。ソーシャルディスタンスの距離2mを体感する釣り竿など。私たち制作者ひとりひとりが社会生活のなかで身近に感じた、コロナ禍による「分断」をテーマとしています。

石川 宝|Takara ISHIKAWA
修士課程1年生
《父の目》2020
写真9点/文章2点
実作品(写真、木製パネル、SM)
ミクスト・メディア
15.7cm × 22.6cm 11点
古澤 京子|Kyoko FURUSAWA
博士課程1年生
《お月見登山のパラドックス−不要至急のアート論
》2020
オフセット印刷
実作品(タブロイド印刷、A4チラシ)
ミクスト・メディア
サイズ可変
手塚 一佳|Kazuyoshi TEZUKA
博士課程1年生
《和竿作品群、ナイフ作品群》2020
和竿作品群 ケース展示5点、空中展示3点/ナイフ作品群 ケース展示
実作品和竿(竹、漆、絹糸、テグス、既製品アクセサリ、会場他作品)
ミクスト・メディア
武 欣悦|Xinyue Wu
修士課程1年生
《水を掴む》2020
実作品(オーガンジー、パーチメントペーパー、蓄光粉、ブラックライト、扇風機)
ミクスト・メディア
サイズ可変
シャンツァー・アルマ|Alma Schanzer
博士課程1年生
《incarnari》2020
ミクストメディア3点、映像作品
実作品(豚皮、生地、ミンクファー、作家自身の髪の毛 ほか)
各40.0cm × 25.0cm ×23.0cm、映像(12分)
北 桂樹|Keiju Kita
博士課程1年生
《A.o.M (Aesthetics of Media)》2020
ビデオインスタレーション、映像(60秒)
実作品(モニタ、Apple iPhone、ラップトップPC、ウェブカメラ、アクリル板 ほか)
ミクスト・メディア
サイズ可変

けれど、ただ単純にその是非を問うものではありません。たとえCOVID-19が収束しても、近い将来、また別のパンデミックが起こりうることは容易に予想できます。もはや誰も避けられない「これからの社会のありよう」を、いかに受けとめていくか。そんな「奇妙だけど、奇妙で済ませられない」リアルさが、どの作品にも通底していると感じます。個々の作品や解説についてはウェブ展覧会でもご覧いただけますが、この場をお借りして、参加アーティスト代表のシャンツァー・アルマさんに自身の作品を解説していただきたいと思います。

「アタラシイアタリマエノカタチ」展
https://アタラシイアタリマエノカタチ.com

 

自身の断髪を作品化する、挑戦的な制作のステージへ

シャンツァー・アルマさん:
私の展示作品は、3体の仮面と1本の動画です。オーストリアでメイクアップアーティストとして活動するうち、仮面や化粧に興味を持ちはじめ、能面に惹かれて日本へ留学。本学大学院の総合造形領域で、今年、修士から博士課程へと進学しました。これまでの修士課程では、ユングの心理学などをベースに、仮面の意味を「意識と無意識」「表と裏」といったように二元的に捉えてきました。けれど博士課程に進んでからは、果たしてどこまでが表でどこからが裏なのか、その境界がごく曖昧だと感じるようになって。そうした自身のさまざまな葛藤の中で、「断髪する映像」および「自分の毛髪を使った仮面づくり」という作品を計画するに至りました。


今回の作品において、「仮面」は派生物であり、「断髪する」という行為そのものがメインテーマです。ただ、素直に打ち明けると、自分でも不思議なくらい、髪を切ることに心が揺れてしまって。みんなの前で「断髪します!」と発表したことで、最後の勇気がもらえたように感じます。オンラインとはいえ少人数なので意思疎通しやすく、授業とは違った雰囲気のなかで、遠慮なく意見を言いあえるのも魅力。このグループやミーティングがなければ、きっと生まれていなかった作品です。

シャンツァー・アルマ 《Dream Webs/夢の網》 2019年度修了展の作品

 

出来事が作品に変わる、そのタイミングも重要

シャンツァー・アルマさん:
じつは作品の一環として、断髪の一部始終を撮影してもらっていたのですが、カメラを止めたとたん一気に涙があふれてしまって…。その瞬間に私を満たしていたのは、「悲しさ」ではなく「執着から解放された」という感情だったと思います。向かって一番左の仮面は、そんな心の高ぶりが生々しい最初に制作したもの。私の作品は「美しい」とも「怖い」とも言われますが、この仮面がとくに怖い印象を与えるのは、私自身の激しい気持ちが投影されているからでしょう。対して中央と右の仮面は、一週間ほど経って気持ちが落ち着いてから制作したもの。自分の毛髪を手に制作する状況は一体目と同じなのに、まるでモチベーションが変化していることに、自分でも驚きました。何かの出来事を作品化するには、タイミングも非常に重要なのです。


計画時から状況が変わり、展覧会場を実際に見に行けたのも、大きな収穫でした。それまでオンラインで個別に見てきた6人の作品が、ひとつの会場内で、想像以上に自然と調和しあっていて。ずっとオンラインで対話してきたことが、直接でなくても無意識のうちに、お互いの作品に共有されていたのかもしれません。この展覧会をともにつくりあげたメンバーとの出会いに、心から感謝しています。

作品解説をするシャンツァー・アルマさん

 

オンラインの可能性も限界も、これからの糧に

手塚さん:
シャンツァー・アルマさんがおっしゃるように、「オンラインで見る作品と、現場で見る作品はまったくの別物である」と、今回あらためて実感しました。もともと本展はオンライン公開を主としており、ウェブ上には、北さんがつくりあげた3Dのバーチャル展覧会場が見事に再現されています。

北桂樹さんが制作した3Dバーチャル展覧会場

作品によっては映像が美しさを引き立て、アーティストの解説を動画でじっくり見せられるメリットも。一方で、釣り竿のように「ふれて体感する」作品や、空間の余白に意味がある作品は、オンラインで伝える特別な工夫が必要だとわかりました。

 

これからコンテンツや冊子を充実させ、展覧会の「本当の完成」をめざすなかで、さらにいろいろな課題が見つかるでしょう。それらも含めて、本展の成果としていけたら。この会場に展示された作品は29点。そして30点目の作品は、「アタラシイアタリマエの展覧会」そのものです。会場内に掲げたステートメントにも記したように、私たちの作品は、私たちなりに、乗り越え、乗りこなしていくべき「断絶の経験」をかたちにしたもの。そこから、新しい時代への手がかりを感じていただけると幸いです。

アタラシイアタリマエノカタチ

本展示展覧会「アタラシイアタリマエノカタチ」は、我々、京都芸術大学の大学院有志6名による関東分科会展示展覧会である。構成するメンバーの6名は専門分野だけではなく年齢や職業、国籍すらもバラバラとなっている。そしてなによりも、我々は新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19) の影響による大学キャンパス閉鎖により、入学直後からほとんど直接に会うことなく本企画を立ち上げ、推進してきた。 COVID-19 は人類にとって大きな危機だ。我々表現者や研究者にとってもこの疫病は全く他人事ではなく、単に直接的に心身の危険にさらされるのみならず、全世界的な経済の破綻によって表現・研究活動そのものにも強い制限がかかっている。また、厳しいソーシャルディスタンスの確保の必要性から個人と個人の繋がりが切断され、ソクラテスの時代からの芸術・学術の根幹たる「集う」という行為そのものが強く制約されてしまっている。この厳しい時期やその先の時代を考慮した時、この「個と全の断絶の経験」は重要なテーマとなるだろう。 本展示展覧会は、単に大学院らしい実験的な作品が並ぶといったものではなく、論文や作品発表といった、観客の期待する従来の枠組みすらも超越した全く新しいカタチを探ることをテーマとした。論文を執筆する若き芸術学者が作品を発表し、芸術作家が論文を発表する。それぞれ相互の発表が互いに干渉し合い、響き合う。また、それらはオンライン上の発表とも混じり合いながら、鑑賞者・閲覧者へと広がり「個」と「個」の繋りを再編していく。我々6 名は、本展示展覧会が、そういった野心的な発表の場となり、ここから何らかの新しい時代のヒントが得られることを望んでおり、2020年のこの時期に、この分断を乗り越え、あるいは乗りこなしながら、現在だからこその可能性を模索する中で、本企画、テーマに本気で向き合い取り組んだ。 是非、この展示展覧会から、あなた自身のアタラシイアタリマエノカタチを見つけていただければ幸いだ。

「アタラシイアタリマエノカタチ」展は、ウェブ上での公開および冊子の発表をもって完了。その後、京都などでの巡回展も計画中。

https://アタラシイアタリマエノカタチ.com

 

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