SPECIAL TOPIC2019.05.21

京都映像

他者と向き合い、他者に向かって作るー鈴木卓爾准教授インタビュー

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  • 京都芸術大学 広報課

京都造形芸術大学の広報誌『瓜生通信73号』(2019年4月発行)では、「境界線が溶け合う場所」と題した特集で、本学映画学科の鈴木卓爾准教授を紹介しています。

現役の映画監督であり、俳優でもある。さまざまな俳優やスタッフと現場をともにし、映画を世に送り出してきた鈴木先生。映画学科の学生たちと作り上げた最新作「嵐電」が、5月24日(金)のテアトル新宿と京都シネマを皮切りに、順次全国で公開されます。映画を作るということを大学で学ぶとはどういうことなのか。本誌で掲載している鈴木先生の教員としての表情に迫ったインタビューを瓜生通信Webマガジンで紹介します。(本誌は本学人間館1階のインフォメーション横に設置)

映画を作ってから見せるまでをデザインする

映画学科では、普段どんな授業をされているのでしょうか。

基本的には学生が撮りたいものを撮れるよう、背中を押すという感じでしょうか。撮影となると学外との関わりも出てくるし、計画を立ててもその通りにいかないしで不確定な部分が出てきます。あらゆることを想定しながら取材やリサーチをしたり、撮影許可を得たりという制作面で必要なノウハウについては伝えるようにしています。

集団でものを作るのは難しいししんどいけど、その上でいかに他者と向かいあうのか。個々の領域だけでなく、それぞれの頭の中で映画の全体像を描けるようになってほしいです。そしてその全体像の中で、自分はどこに立っているのかを想像できてほしい。映画は映像の中身だけでなく、映画を観るお客さんのことまで想像してデザインしなければいけません。どういう映画なのかを公開後にわかってもらうためには、デザインをどう「遠投」するべきかということを僕自身も考えますし、学生にも伝えています。自分たちが作っただけでは、それが面白いかどうかわからない。わかっちゃいけないんです。映画を完成させるのは、お客さんなので。

自分の物語から離れて他者に関心がいったときに、その人を知るにはリサーチ・取材が必要です。妄想で描くこともできるけど、そこから深度の深いもの、陰影の濃いものにしていく作業がリサーチであり、そこが出発点。取材すると同時に自由な「余白」を確保して、その両極をいったりきたりすることで想像があぶり出されていきます。いったりきたりの運動の中に、いろんなものごとを呼び込んでいくというイメージでしょうか。

鴨川デルタでの授業風景。いかに偶然性を巻き込んで撮影するかを学ぶ(撮影:鈴木歓)

鈴木先生ご自身が映画監督を志されたのはどのタイミングでしょう?

僕が中学生のときがちょうど70年代のアニメブームだったこともあり、はじめに興味を持ったのはアニメーションの世界でした。『機動戦士ガンダム』や『未来少年コナン』、あとは『風の谷のナウシカ』の原作が雑誌「アニメージュ」で連載されていた頃です。高校で美術部に入ると先輩たちが8ミリカメラで作品を撮っていて、3年生の頃には自分でもアニメーション作品を作りました。ユーリ・ノルシュテインというアニメーション作家の写真1枚から想像するもやっとした感覚や、赤塚不二夫によるつげ義春のパロディ漫画を通じて、現実には起こり得ないへんてこな宇宙観に触れた頃です。

その後、大人たちが自主制作の映画を持ち寄って上映する集まりに通うようになって、そのときは実写映画を撮っていました。8ミリで自分を映して、ちょうど今の自撮りのような手法で。大学は広告デザインに興味があってデザイン科に進みましたが、卒業する頃には「ずっと映画を作り続けたい」とアルバイトをしながら映画を撮っていました。

台本にはスケッチなど細かい書き込みが

仕事から仕事へは10年

その後どのようにして監督としてのデビューを遂げられたのでしょうか。

自主制作では20歳のときにぴあフィルムフェスティバルに出した『にじ』(1988年)、商業映画では42歳のときの『私は猫ストーカー』(2009年)が単独では初の監督作品です。監督になるまでは、役者や脚本家の立場から映像作品に携わっていました。役者は27歳のときに斎藤久志監督が撮った『夏の思い出 異常快楽殺人者』というタイトルのVシネマに出演したのが初めてで、僕は異常快楽殺人者役で役者デビューしたんです(笑)。脚本家としてはNHKの教育ドラマ『さわやか3組』の脚本を2年ほど書いたのがずいぶん勉強になりました。30代ではそうやって脚本と役者の領域を経験しながら、自分の監督作品を作る方法を模索していました。

僕の場合は一つの仕事が別の仕事につながるのに10年かかりました。自分のやってきたことが何だったのかというのは、ある程度遠ざからないとうまく意識できないんですよね。でも必ず誰かは見てくれている。「みました」と言ってもらえると、続けられるものですよね。

教員として映画を教えることと監督として一緒に映画を撮ることに何か違いはありましたか?

学生にとっては、プロと現場をともにする実践なので授業では得られない感覚やリアリティがあったと思います。井浦新さんは学生たちをとてもよく見てくれていて、石田健太くん(有村子午線役/俳優コース3年)など学生キャストにも気がつけばアドバイスしてくれていました。自分自身のことでいえば、怒ったりせずに学生が緊張感を持ってついて来てくれるかは一番試してみたかった。監督が楽しんでいないとスタッフにもそれが伝わるし、肯定的な雰囲気のほうが僕自身も持ち帰るものが大きいと感じています。携わった学生にも、個々の問題として何か持ち帰ってもらうことが北白川派の意義でもあります。できあがった作品を学外の方々と観るという体験は大きいので、みんなどんな顔して観るのか楽しみですね。

平岡衛星役の井浦新さん(左から2人目)と有村子午線役の石田健太さん(左)(撮影:制野善彦)

映画作りを教える立場として、今後の展望をお聞かせください。

映画を作りながら、つくづく「自分たちは何をやってるのか?」と不思議に思います。でも何の役にも立たないものを作っているというある種の「ユニークさ」に気づかないままだと、単なる流れ作業になってしまう。そうやって何も考えずに当たり前のように作品を作るようになると、それがどうやって成り立っているのかといった内情を意識しなくなります。でも芸大で教える限りは、それではいけないんだということを伝えたいと思っています。

あとはいろんな作品と関わる中で、作品のテーマとは別に自分のテーマを存在させないことには限られた範囲内で足腰がおさまってしまうと感じています。一番大事なのは好奇心。どんなに時間が経っても触れた瞬間に発動するような、時限爆弾のような何かを自分の中に残しておけたら、どこへいってもやっていけるでしょうね。

 

鈴木卓爾 すずき たくじ

1967年静岡県磐田市生まれ。長編劇場映画初監督作品 「私は猫ストーカー(09)」 が第31回ヨコハマ映画祭新人監督賞、第19回日本プロフェッショナル大賞作品賞、新人監督賞を受賞。「ゲゲゲの女房(10)」で第25回高崎映画祭最優秀監督賞を受賞。他の監督作品に「ジョギング渡り鳥(16)」「楽隊のうさぎ(13)」「ゾンからのメッセージ(18)」など。俳優としても岸善幸監督「あゝ、荒野(16)』、瀬々敬久監督「菊とギロチン(17)」他出演作多数。

 

<主な公開スケジュール>

5月24日(金):テアトル新宿[東京]京都シネマ[京都]

5月25日(土):名演小劇場[愛知

6月7日(金):テアトル梅田[大阪]

6月21日(金):シネ・リーブル神戸[兵庫]

6月22日(土):シネマ5[大分]

7月6日(土):川崎市アートセンター[神奈川]

8月10日(土):宇都宮ヒカリ座[栃木]

8月17日(土):新富座[三重]

順次全国公開!

嵐電

京福電鉄嵐山本線と北野線沿線の人々、他所から来た男、撮影所のエキストラ、学生、そして不思議な女性。電車と電車が往路と復路を行き来してすれ違うように、路面電車の光景に絡めて、人物の近づきと遠のきを描く。

 

出演 井浦新、大西礼芳、安部聡子、金井浩人、水上竜士、窪瀬環、石田健太、福本純里
監督 鈴木卓爾
音楽 あがた森魚
上映時間 114分
配給・宣伝 ミグラントバーズ マジックアワー

http://www.randen-movie.com/

 

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