狂言に『花子』という演目がある。「一夜の座禅に行くと妻に偽って、愛人の花子のもとへ出向いた男が、自分の座禅の身代りを頼んでおいた太郎冠者と妻が入れ替わっているとは知らず、昨夜の首尾を小歌で語ってきかせる」というストーリーだ。小歌が難しく、生々しい情事を上品に語らなければならないことから、狂言最高の難曲の一つとして知られている。
茂山童司が、この『花子』を三世茂山千之丞襲名の公演で披露した。茂山家では、古来よりその時代を代表する画家に『花子』装束の作画を依頼するという習わしがあり、以前より交流のあった、ニッポン画を提唱する日本画家の山本太郎(京都造形芸術大学 准教授)に依頼した。山本太郎は、ウルトラプロジェクトに参加する本学の学生たちと相談しながら、現代の『花子』装束にふさわしい柄を考えていった。そして、完成した装束と共にその図案を展示する個展がイムラアートギャラリー(京都市左京区)にて開催された。
(※本展の会期は、2019年1月12日(土)~2月16日(土)まで。現在は終了しています。)
同展の関連イベントとして行われた、茂山千之丞と山本太郎のトークショー『太郎冠者と太郎画家の狂言みたいな話』についてレポートしていきたいと思う。
丸太町通りに面したイムラアートギャラリーは、ガラス張りになっていて、外から中の様子がよく分かるようになっている。窓際に飾られた扇の作品には、波の中に紛れたSNSの会話吹き出しが描かれており、興味をそそられる。中に入ってみると実際の装束とその絵柄の図案をで見ることができる。画廊の中は、山本太郎が生み出すニッポン画の世界だ。
このトークショーは、「狂言とは」という話から始まった。
「狂言は室町時代のお笑い劇ですね。昔の人が作ったコントのようなものです」と、親しみやすい言葉を使い、狂言を説明をしてくれたのが千之丞氏だ。現代のコントと通ずる部分として、大道具を使用しないことや、役者の台詞で舞台設定を知ることなどが語られ、わかりやすい解説だった。
そして演目『花子』の説明に入っていく。先述の本作ストーリーの流れを山本・千之丞の両名がコントのように説明していく。狂言という一見すると堅苦しそうなテーマに構え気味だった聴衆は次第に柔らかくなり、会場も笑いに包まれていった。
そして、展示されている『花子』の装束の話しへと話題が移った。
千之丞氏の新作狂言の背景デザインを山本氏が手掛けたり、山本氏の展覧会の中で千之丞氏が狂言を演じるなど、以前から交流があった二人。装束制作を依頼された時、山本氏は「やってもいいんですか?」と答え、とても驚いたそうだ。
千之丞氏の父・あきら氏が『花子』の装束を作ったときは、著名な作家数名の連作だったそうだが、今回は、山本氏一人で四十六にもおよぶ絵柄を描いた。
『花子』の装束のデザインには決まりがある。藍染の中に短冊と色紙が沢山ちりばめられ、その中に絵柄が描かれているというものだ。その短冊と色紙の中には、草花が描かれているのが一般的。しかし、今回の装束に描かれているのは、クリスマスツリーやラプンツェル。ドローンも飛んでいる。山本氏オリジナルの絵柄だ。
さらに、山本氏からの提案で千之丞氏の愛用しているモノを幾つかデザインに取り入れているという。メガネやウイスキー、帽子などが描かれ、装束の一部分は千之丞ゾーンとなっている。
また、山本氏は制作過程の裏話の一つとして、「私は、これまでに有名なキャラクターに関連する作品をいくつも描いています。今回も本当は描きたかった。描きたかったんですが、今回は直接表現することが難しかったので、なんとかそのエッセンスを出せないかなって工夫しました」と語った。実際に着用すると、織り込まれて見えなくなる部分に描かれている光琳松に見せかけた、赤キノコと緑キノコ。「これで某キャラクターを表現できないかな……と思って。」この作品にはいくつもの山本氏の遊び心がうかがえる。
本展では、着用時には見ることができない部分を余すところなくじっくり鑑賞することができる。
次に、話題は「扇」へと移っていった。
よく見ると、波の中にSNSの会話吹き出しが描かれている。これは男女のSNSでのやりとりを示唆しているそう。この面のデザインを考えるとき、日常的にSNSを利用する学生たちの提案が活かされたという。
「SNSではこんな長文送らないです。もっと短い文章でやりとりしますよ」と学生から言われ、長い文章を送っているように見えていた会話の吹き出し部分のサイズを調整したそうだ。
冒頭にて語られた「狂言とは」という話。「狂言」という言葉は、現在は「嘘みたいな」という意味で使われることが多いという。
トークショーのタイトルは「狂言みたいな話」、つまり「嘘みたいなホントの話」。これをテーマに話は最後まで進んでいき、装束を作っていくうえで考えたことや、描かれた模様の意味について話しいただき、どれもとても興味深いものだった。
千之丞氏が着用する『花子』の装束には、たくさんの遊び心が込められている。嘘みたいなホントの話。制作秘話とともにこの装束を鑑賞すると、違った見え方がするかもしれない。
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添田 陸Riku Soeda
1998年茨城県生まれ。京都造形芸術大学 文芸表現学科2017年度入学。文章や構成について学んでいる。文章によるビジュアルの変化を追求している。と同時に美味しい珈琲も追及している。
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高松 映奈Akina Takamatsu
1997年長崎生まれ、大阪育ち。京都造形芸術大学 美術工芸学科 現代美術・写真コース 2015年度入学。好きなものは植物と音楽。台所の床に居ると落ち着く。