2018年12月11日(火)から21日(金)まで、京都造形芸術大学と京都造形芸術大学文明哲学研究所の共催で、「ヒト以外のヒト科の作品展『Arts and Apes』―芸術とは何か。人間とは何か。―」が、本学人間館のエントランスラウンジにて開催された。
チンパンジー、ボノボ、ゴリラ、オランウータンなどの類人猿は、ヒトと同じヒト科に分類される霊長類。本展では、この4種すべての類人猿の絵画作品30点に加え、人間の3歳児とチンパンジーの絵画を比較しながら鑑賞できる「顔実験の絵」2点(※「写真1」を参照)の合計32点を展示。本学の理念である「藝術立国」に基づき設立された同研究所のテーマ「芸術とは何か。人間とはなにか。」という問いを、わたしたち人間の進化の隣人である類人猿が描く絵画を通して投げかけた。
類人猿は現存する中でヒトにもっとも近縁な仲間であり、彼らとの違いを知ることは「人類の進化のどの過程で、どのような能力が備わったのか」を知ることにつながる。「人間とは何か、人間ならではの心とは何か」という問いを「他者を知ることで自分を知る」のが“比較認知科学”という学問なのだそう。その第一人者で、チンパンジー研究者として知られる松沢哲郎先生(京都大学高等研究院特別教授)が、同研究所の所長を務めていることから今回の展示が企画された。
12月14日(金)には、本展の関連イベントとして京都造形芸術大学 文明哲学研究所の齋藤亜矢准教授による講演が行われた。齋藤先生は認知科学が専門で、絵を描く心の起源について研究している。著書に『ヒトはなぜ絵を描くのか――芸術認知科学への招待』(岩波書店・2014年)などがあり、本展であつかっている類人猿の描く絵についても研究しているという。本講演会では、類人猿の研究から人間を読み解くという興味深いお話を聞くことができたので紹介していく。
絵筆を持ったヒト科
人類最古の絵とされているのは旧石器時代の洞窟壁画だが、写実的な動物の絵には、陰影や遠近法などの技法まで使われているという。それは現代のわたしたちが見ても、完成された芸術的な表現にみえる。そもそも、なぜ芸術は生まれたのだろうか。進化は、生存率や繁殖率と強く関係しておこるが、芸術はそういう生物としての目的に「役に立たない」行動なのだという。
チンパンジーの子どもと大人、あなたはどちらに似ている?
本講義の途中、チンパンジーの幼少期と成人期の横顔の写真がスクリーンに映し出され、齋藤先生から「こっそりと、お隣の方を見てみてください。どちらに近いですか?」と質問が投げかけられた。教室にいる受講者は、こっそりと周りの人を観察。それを見て齋藤先生は「たぶんみなさん、幼少期に近いですよね。チンパンジーは成長すると口のあたりが前方へ突き出てくるんです」と話す。人間の頭の骨格は、幼少期から大きく変わらず、チンパンジーの幼少期と似ているのだそう。
これは人間の進化の特徴で「幼いときの身体のままおとなになる」という「幼形進化」が関係しているとのこと。また、動物は幼少期にしか学習や遊びをしないそうだが、身体だけでなく心も幼い特徴をもった人間は、おとなになっても学び、遊びつづける。そこから学問やスポーツ、そして芸術などの文化が生まれたのではないかという説が紹介された。
チンパンジーと人間の絵の違い
人間の子どもの絵は「なぐりがき」からはじまり、3歳頃になると何かを表した具体的な絵を描くようになるが、チンパンジーやゴリラなどの類人猿が描く絵は「なぐりがき」か「抽象画風の絵」で、何の絵か判別できるものは描かないのだそう。
そこで、チンパンジーと人間の子どものそれぞれに「左目のないチンパンジーの絵」を渡して、どのように描くのか実験をした。すると、チンパンジーは輪郭をなぞったり、あるいは既に描かれている右目を塗りつぶしたりしたそうだ。その一方で、人間の子どもは2歳後半になると、もとの絵に「描かれていない左目」をつけくわえて描いたという。
この実験から、チンパンジーは、目の前に存在するものをじっくり見ようとするのに対し、人間には、目の前に存在しないものをみようとする力(=想像力)があるということがわかった。つまり描線にいろいろなものを見立てて描く「想像力」が「創造力」を生みだしたというわけだ。そして人間がこの想像力を得た要因には「言語の獲得」が大きく関係しており、これが芸術の誕生にもつながったのではないかという。本展でも、この顔実験の説明とチンパンジーと3歳児を比較した「顔実験の絵」が展示されていた。
なぜ、類人猿は描くのか
類人猿は描くことで「作品をつくる」という結果を求めているのではなく、「絵を描く過程」がおもしろく、遊びの延長で描いているのだと齋藤先生は言う。これは、お絵かき帳などに自由に線や点を描く人間の幼い子どもと同じだ。自分が手を動かすと、その軌跡が現われ、変化する。行為とそれによって起こる視覚的な変化の関係を探索することにおもしろみを感じているのだそう。
また彼らは視覚だけでなく聴覚での探索も楽しむそうで、本講演ではチンパンジーが鈴を揺らしたり叩いたり、バケツに入れたり、長靴に入れて振ったりして音を出して楽しんでいる映像が紹介された。
また興味深いことに、人間の画家に画風があるように、類人猿の画家たちが描く絵にもそれぞれの個性があり、「画風」があるのだそう。たくさんある絵のなかから、どの作品がどの類人猿が描いたものかを見分けられる程、その「画風」は一目瞭然である。本展でも多くの個性豊かな作品が展示され、作家(類人猿)によって全く異なる「画風」を見ることができた。著者が本展に赴いた際も、会場を二周ほど観てまわると、作家を確認せずとも「この画風は、この類人猿の作品だな」と推測することができた。
また本展では作品ごとに「手話ができる」や「おとなしい」など各作家(類人猿)の特技や性格が説明されていたため、彼らの「画風」とそれを照らし合わせながら鑑賞するのも、本展の楽しみ方の一つだと感じた。
「五感」で感じる
本講演終了後に設けられた質疑応答の時間では、複数の受講者から齋藤先生に質問が投げかけられた。その中で筆者が最も興味深かったものは「もし人間に視覚がなかったら、芸術は存在しなかったのだろうか?」という「人間の感覚と芸術」についての質問だ。
齋藤先生は「たとえ視覚がない世界だったとしても、感覚を探索することにおもしろさを感じれば、聴覚や嗅覚などの別の感覚に特化した芸術が生まれるのではないか」と回答。
講義中も視覚の話題が多く取り上げられていた。齋藤先生によると、人間は物を見ただけで、その質感を認識することができる。それは、これまでに似たような見た目の物を見て触れた経験の記憶が呼び起こされるからだそうだ。そうして五感で得た情報を統合するのも人間が特に発達させた能力。視覚で得た情報は、触覚だけでなく、聴覚や嗅覚、味覚などの他の感覚とも結びついて記憶されているので、見ることでそれが呼び起こされる。だから絵画のような視覚芸術でも、五感で感じているのだという。
本講演をとおして、「芸術のあり方」や「人間と芸術の関わり」について考えるとき、旧石器時代の洞窟壁画など「歴史的背景」から考察するだけでなく、「類人猿と人間の比較」や「人間の進化の過程で獲得した力や特徴」など、一見「芸術」と関連がなさそうな角度から考える方法があり、それはとても興味深いことなのだと知ることができた。
最後に、今回の作品展開催には本学の多くの学生と教員が携わったことを伝えたい。キャラクターデザイン学科の学生は、オリジナルキャラクターやアニメーションを制作し、大人から子どもまで楽しめる会場を演出。さらに展示装飾とポスターデザインをマンガ学科の教員が、展示企画を情報デザイン学科の教員が担当し制作した。本展『Arts and Apes』は、類人猿と人間がともに作り上げた展覧会だったと言えるのではないだろうか。
(文:滝田 由凪、作品展写真:高松 映奈)
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滝田 由凪Yuna Takita
2000年東京生まれ。文芸表現学科2018年度入学。
自分の中の引き出しを増やすべく、さまざまな事に興味関心をもつ。
現在は、大阪の某テーマパークでバイト中。 -
高松 映奈Akina Takamatsu
1997年長崎生まれ、大阪育ち。京都造形芸術大学 美術工芸学科 現代美術・写真コース 2015年度入学。好きなものは植物と音楽。台所の床に居ると落ち着く。