INTERVIEW2018.12.04

京都舞台

心の動きを、踊りで「魅せる」―「藤間勘十郎 春秋座 名流舞踊公演」特別インタビュー

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  • 添田 陸

振付師で舞踊家の宗家藤間流八世宗家、藤間勘十郎さんの舞踊公演が、今年も京都芸術劇場 春秋座で上演されます。今回の演目は『凄艶四谷怪談(せいえんよつやかいだん)』。春秋座の生みの親である三代目市川猿之助(現猿翁)と勘十郎さんの祖母、藤間紫氏が1969年に演じた通し狂言を、通し舞踊劇として49年ぶりによみがえらせます。出演はもちろん脚本、構成、演出も手がける勘十郎さんに、物語の魅力や今作のみどころについてお聞きしました。

[取材:添田陸(文芸表現学科2年)/撮影:サカキバラカノ(美術工芸学科2年)]

 

―今回、舞台で舟をお使いになると聞きましたが、春秋座は勘十郎さんにとってどんな舞台でしょうか。
 今の猿翁さんがいろいろ監修なさって、春秋座が完成しました。他の劇場だと電動船を花道奥の鳥屋(とや)に入れると、はみ出してしまうことが多いんですよね。ちゃんと収納できるのが、歌舞伎座と国立劇場と数ヶ所だけなんですよ。新橋演舞場でもぎりぎりで。だから、ちゃんと舟が収納できる大きさにしたという自慢話を私になさったんです。これがそもそもの始まりで、そのときすごい面白いですねって話したら、うちの祖母の藤間紫が「あんなところで電動船使う人なんていないわよ」って言ってたんです。僕はそのお話を直接伺っていたので、ずっと頭の中にあったんです。そういうものを考えたときに、この劇場だからできることと、普段あんまり人がやらないこと、日本舞踊の可能性というものを追求できる小屋で何かをしてみようかなっていうのが、僕の中にあったので、そういった意味では春秋座さんは実験ができる劇場だと思うのです。ですから、今回は本当に舟が収納できるのか楽しみですね。

―「一人五役」をどうやってなさるのか、想像がつかないのですが、どのように演じ分けられるのでしょうか。
 「四谷怪談」をなさるときは大体の方が、三役早変わりは絶対あるんですよね。お岩さんをやられて小仏小平(こぼとけこへい)をやられて、それでもう一役が佐藤与茂七か、小平の女房のお花かの2パターンある。でもそれは今の歌舞伎のやり方であって、私たちの素踊りというのは、例えば「男として踊っていて、くるっと回ったら女に変わる」。衣裳をつけていると、見た目はそのままじゃないですか。それが変えられるのって、素踊りが想像の世界だからなんですよね。落語と同じようなもので、「男です」と出て行って、女に変わったら「女かな」と思わせるのが、やっぱり一つの想像の世界じゃないですか。それができるのって、実は素踊りだけじゃないだろうかと思うわけです。
 「忠臣蔵」と「四谷怪談」がつながっているということを知っている人もやっぱり少ないと思うんですよね。だから、説明をするために最初僕が出てきて、鶴屋南北役をやろうかと。これは僕が内幸町ホールで「四谷怪談」を初めて上演した時にやったんです。それとつながって、最初の三役(お岩、小仏小平、又之丞)と南北役と、これで四役。四役とくると語呂が悪いでしょ。何役やるかということがとても大事なんですよ。偶数っていうのはやっぱりよくないんだよね。それで、もう一役考えたのが、序幕に出る四谷左門。すぐ死んじゃうんですけどね。どちらにしてもあれが「四谷怪談」の物語の発端になるので、いつものお芝居だとそれがテレコになるんだけど。自分の義理の父を殺す、伊右衛門が自分の悪事を知った四谷左門を殺すっていうところのその部分を出すために、そこを序幕にもってきて、僕が出ようということで五役になったんです。

―実際にやってみていかがですか?
 どうなんだろ。僕も早変わりは三役までしかやったことないんだけど、まあ、五役がいっぺんに早変わりすることはないからね。ただ、今回演じる五つの役は、南北はさておいてだけども、みんな性格が違うんですよね。だからとてもやりやすい。似たような役だとやりづらいんですよ。

―お岩さんをやられる上で、一番の見せ場として「髪梳き」の場面があるかと思うのですが、その演出について迷われていると聞きました。
 そうですね。僕の髪は抜けないですからね。今もいろいろ考えています。髪梳きが見せ場かというとそうではないんですよね。本文の四谷怪談で言えば、宅悦がすべての内容をお岩に話してしまって、という場面からすごくかわいそうになるじゃないですか。くやしいっていうか、それでも、こんなになっているのに髪を結って一言文句を言いに行こう、というところに僕はすごく注目しています。髪梳きというのはその伏線であって、別にそのまま行けばいいんですよ。隣の家に行くのだから。でもそこは武士の娘だから、ちゃんときれいにしてお歯黒までつけて、一言言ってやろうと思うところなんで、その演出をどうしようかと今でも迷っているのです。でも、メインはそこじゃない。そこに至るまでの感情のプロセスを、しっかり見せることがお芝居だと思っています。それを清元という音楽にのせて見せていくのを、大事に作っていきたいですね。それに加えて今回は、伊右衛門がお岩を殺すというのが普通の「四谷怪談」と大きく違う、『凄艶四谷怪談』の特徴だと思うんですよ。伊右衛門が残忍に殺す。それをやっていくというさまを、ある意味様式化していく、殺戮の美というかね。節に乗りながら殺していくシーンを音楽にのせながら、型で見せていく。それでいて、それが絵になるようにしていく。一番難しいけれども、それが私たちのやっている日本舞踊とか歌舞伎舞踊の常とう手段というのかな、形ですね。いかに音にのせて作っていくか。逆をいうと僕らの得意な手法なわけです。

―「瓜生通信」では、現在活躍されている方々が学生と同世代だった「二十歳の頃」についてお聞きしています。藤間勘十郎さんは、振付家として活動を始めたのがちょうど二十歳だったということですが、ご自身にとってどのような時期だったでしょうか。
 僕は、生まれたときからずっとこの業界にいるじゃないですか。親の仕事をずっと見てきて、祖父や祖母からもいろんな昔のことを聞いていました。二十歳の5月、大阪の松竹座で初めて振り付けをさせてもらったんです。「怪談敷島物語」という作品でした。仕事を始めたのは14歳とかなんだけど、二十歳までの6年間というのは、いつ仕事が来てもいいように勉強していました。うちの母に「これ作っておきなさい」と言われてもできるように、とにかく知識を増やして。それで、二十歳のときにこの仕事が来たんです。そのときにやったのが早替わりの仕事で、早替わりの踊りって、新しく作るところを今まで見たことがなかったんです。それまでは全部昔あったものを踏襲しているだけなので、新作の早替わりの舞踊を作るのを見たことがなくて、それからまた勉強したんです。いろんなものを取り寄せて、この場面にはどの早着替えが適しているかと考えて。つまり、二十歳の頃は、自分がどれだけ足りなかったのかというのを思い知らされたときでしたね。初めて仕事をもらったときに「甘かったんだな」って。今まですごくやってきたつもりだったんですけど、二十歳で実際仕事が来たときに全然わからないとなりましたね。それで、打ち合わせといっても先輩ばかりでしょう。話についていけないんですよ。僕も一生懸命話を聞くんですが、やはりだめだなと思い、そこからもっと勉強しました。そのときに早替わりの仕掛けを全部聞いていたからこそ、今それができるんです。他の作品の早替わりのやり方とか、絶対に見えない裏側を二十歳の時に全部見せてもらった。これはすごいことですよね。もう一言一句聞き逃せない。今みたいにスマートフォンとかないから頭に叩き込む。それをやったのが二十歳の5月ですね。自分の勉強不足を痛感したのと、もっと面白いことが目の前に現れた瞬間。それが、ちょうど僕の中で転機になった。そんな年でしたね。二十歳というのは。

 

市川猿之助芸術監督プログラム 

四代目 市川猿之助:監修
藤間勘十郎 春秋座 名流舞踊公演

日時 12月8日(土)13:00
会場 京都芸術劇場 春秋座(京都造形芸術大学内)
チケット 一般9000円/学生&ユース席4500円
問合せ 京都芸術劇場チケットセンター075-791-8240(平日10時-17時)

http://k-pac.org/?p=5567

 

  • 添田 陸Riku Soeda

    1998年茨城県生まれ。京都造形芸術大学 文芸表現学科2017年度入学。文章や構成について学んでいる。文章によるビジュアルの変化を追求している。と同時に美味しい珈琲も追及している。

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