美術界の最前線で活躍する片岡に、アートを志す学生なら誰しも聞いてみたいであろうこと。キュレーターという職業の役割、目指した動機、「アートには何ができるのか」。その答えの中には、アートを通していかに「世界」と向き合うかという自身のテーマが貫かれていた。
「余白」の可能性
―キュレーターという職業を選ばれるまでには、どのような経緯があったのでしょうか。
「キュレーターになりたい」という動機が前提にあったわけではないんです。それに「キュレーター」という言葉が普及し始めたのは90年代になってからで、私が活動し始めた頃は「美術館の学芸員」と呼ばれていましたから。きっかけがあるとしたら、学生時代に世界を旅していて、海外でアートに触れていくうちに「今ある美術を取り巻く日本の環境をもう少しよくできないかな」と思うようになったこと。当時の日本では現代アートを見せるための場所がいかに限られているか、帰国するたびに痛感していたんです。それからニッセイ基礎研究所※1の都市開発に関わる文化芸術プロジェクトに携わることになりました。徐々に文化政策や都市開発の大きなプロジェクトに関わるようになって、大企業との交渉も経験しました。その後、ギャラリーの数が増えていくにつれて、アートにとってよりよい環境や制度をつくるために何らかの方法で自分も引き続き関わらなければと思うようになって。その「何らかの方法」として、キュレーターになって展覧会をつくらせてもらうことになったんです。
―すべてはアートをめぐる環境に対しての問題意識から始まっていたのですね。今まで続けてこられて改めて、ご自身の職業をどのように捉えていらっしゃるのでしょうか。
キュレーターを仮に定義するなら、それは「余白の部分の人」だと思っています。あくまで繋ぎ役として、あるひとつのものと何か別のものを繋ぎ合わせることでお互いを作用させる。つまり、化学反応を起こさせるんです。そうすれば、単体では成り立たないものにも意味が生まれ、役割を持つようになる。キュレーターの仕事というのは、表面的な関係性の有無に関わらず、歴史的、概念的、形式的な意味を繋ぐことで、何かを補完する作業だと思います。キュレーターによって仕事のやり方もかなり異なりますから、これはあくまで私の考えですけどね。
国立新美術館で開かれた「サンシャワー」展関連シンポジウムに登壇
―さまざまな化学反応を起こしてきた片岡さんから見て、アートにはどんな可能性があるとお考えですか。
アートにできることというのは抽象的で、具体的に示すのは難しいと感じています。単純に「アートは素晴らしい」とは私は思っていなくて、むしろ懐疑的かもしれません。誰かを救うとしても、それは医療みたいに具体的ではないし、目に見えるかたちではないから。一つの展覧会が世の中に貢献できることはものすごく限られているけれど、もしアートに人を救えるような何かがあるとしたら、「意識改革」ではないかと思います。作品に向き合うことが、自発的に思考し、物事の本質を捉えていく訓練になる。それは生きていく上で出会う膨大な情報、さまざまな可能性や選択肢の中で一番大切なことを見極め、そのエッセンスをつかむということでもあります。自立して、他者に目を向け、世界をより広い視野で捉えて物事を考えることが、豊かな生き方につながると思っています。
―キュレーター以外に、何か興味のある職業があればぜひ伺ってみたいです。
すごく興味があるのは、ミシュランの審査員。匿名で仕事ができるという仕組みが面白いですよね。私自身、職業や肩書きは人生の目的にはなり得ない。けれど世界を変えるためには社会的立場が有効なこともある。そのポジションに立つことで、今ある状況を改善するために計画を立てたりそれを実行したりすることが可能になるから。でも、できることなら本当は覆面でいたいんですよね。「どうやったらミシュランの審査員になれるの?」っていろんな人に会う度に聞いているんですけどね。
キュレーター初期の1999年、「感覚の解放展」設営中の会場にて
学生のときこそ「混乱」を
―日頃大学院で教鞭を執っておられる中で、現在の大学にはどんな教育が必要だとお感じでしょうか。
多文化教育ですね。多様なものをいかに同時に捉えていくかといったものの見方を、一般常識として教育に取り入れられたらと考えています。同じものでも、別の角度から見たらどう見えるだろうかと常に視点を移動させながら物事を捉える力を持つこと。学生一人ひとりが、どうやって多様な価値観を身につけ、編集し、それを別の何かにつくり変えていけるか。今年4月に開講する「グローバル・ゼミ」※2でやろうとしていることは、その実験ともいえますね。学生たちにはまず「混乱する」という経験が必要だと思っているんです。例えば100人に100種類のことを言われるとする。そうなると必然的にその100種類の情報を収集して分析して、展開していかなければならない。だからグローバル・ゼミでは、従来の「教員ひとりで通年教える」という体制ではなく、海外から招聘した12人の先生方にそれぞれ2・3週間ずつ、腰を据えてじっくりと授業をしてもらおうと考えています。
―「2017年度 京都造形芸術大学/卒業・修了制作 東京展―シュレディンガーの猫―※3」は学生たちの学びが結実する舞台です。どんな展覧会にしたいか、またテーマ「シュレディンガーの猫」にはどんな思いが込められているのかをお聞かせください。
「シュレディンガーの猫」というのは、量子論の発展の中で重要な役割を果たした実験の名前です。このテーマにした理由のひとつは、多様な価値観が同居するということの不可能性を示唆しているから。もともと、ある種の矛盾を証明するための実験だったんです。もうひとつは、この「実験」という点を今回の展示方法である“人生の実験のはじまり”と重ね合わせたいと思ったから。卒業生全員の成果物だけを並べるという従来の見せ方でなく、選抜戦にして、ひとりあたりの展示スペースを大きく取ります。また、テーマを設け、制作に至る試行錯誤のプロセスも作品と一緒に展示することで展覧会自体にストーリー性を持たせたい。結果的には、学生の卒業制作展という従来の概念を越える展覧会にしていきたいと考えています。
授業では学生一人ひとりと時間をかけて向き合う
1「ニッセイ基礎研究所」
社会や経済のさまざまな問題に対して調査研究、情報提供を行う民間シンクタンク。在任中は文化政策・都市開発と芸術文化事業関連を担当。
2「ウルトラグローバルゼミ」
グローバルな視野を持つ人材育成を目指し、2018年度より大学院に新設される特別強化プログラム。
3「東京展」
2018年2月23日~27日まで、東京都美術館にて開催される京都造形芸術大学の卒業展。
片岡真実
1965年愛知県生まれ。森美術館チーフ・キュレーター。ニッセイ基礎研究所都市開発部、東京オペラシティアートギャラリー・チーフキュレーターを経て2003年より現職。 2016年度より京都造形芸術大学大学院芸術研究科教授。 2018年に開催の第21回シドニー・ビエンナーレ芸術監督。
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