私が変化するとき-大西礼芳(女優)[卒業生からのメッセージ #2]

SPECIAL TOPIC2018.01.10

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私が変化するとき-大西礼芳(女優)[卒業生からのメッセージ #2]

edited by
  • 三木 生
  • 三輪 こいの
  • 石倉 史子
  • 平岡 麻依
  • 片山 達貴

社会のさまざまなシーンで活躍する社会人たちに人生の道のりを聞く「卒業生からのメッセージ」。第2回目は、ドラマ『ごめん、愛してる』や映画『ナラタージュ』出演など今年一層の活躍を遂げた女優の大西礼芳さんにお話を伺いました。

やるしかない

―卒業間もないにもかかわらず、多くの作品に出演されている大西さんですが、女優を目指したきっかけは何だったのでしょうか。

昔から映画を観ることが好きでした。大好きな俳優のアラン・リックマンが出演する『愛しい人が眠るまで』はもう何度観たか覚えていないくらい。でも、それはあくまで一鑑賞者としてのこと。実は京都造形芸術大学に入学してからもしばらくは、将来は女優になるんだという強い覚悟を持っていたわけではありませんでした。子供の頃からドローイングをはじめいろんなクリエイションに興味があったので、女優に限らず映画製作になんらかの役割で関わることができればいいなあと考えていました。実際入学したばかりの頃は、メイクや編集など、映画に関わるさまざまな分野を手当たり次第に学ぶという感じでしたね。

転機となったのは高橋伴明教授の監督作品『MADE IN JAPAN ~こらッ!~*1』に女優として出演したこと。先輩たちに混じって数ヶ月間に及ぶオーディションをくぐり抜け、主演の座をつかむことができたんです。役を得ることができたのは、ある意味で「ふっきれた」ことが大きかったんじゃないかと思います。

その頃の私は三重県から京都に出てきたばかりでホームシックの真っ最中。しかも周囲と比較して演技経験がないことに悩んでばかりの日々でした。「こんな私に女優が務まるのかな」と自分自身が信じられなかったんです。そんなある日、自転車でひどい転倒をしてしまい、顔に数針縫わなくてはいけないほどの怪我をしてしまいました。長期間のオーディションも終盤で、「いよいよ役が決まるぞ」というタイミング。顔に怪我を負ってしまい、普通なら「これ
でもうダメだな」と諦めてしまうところですが、すでにメンタルのバイオリズムが最低だったからか、逆に気持ちに火がついて「ここまできたらもう、やりきるしかない!」とポジティブ
になれたんです。きっと、あまりにネガティブな状況が重なりすぎてふっきれちゃったんでしょうね。ダメでもともとという気持ちでしたが、結果的には物語の重要な役どころである「雛子」という役をいただくことができました。

ふっきれたからといって初心者であることに変わりはないので、現場では吸収しなくてはいけないことばかり。正直目が回るような日々の連続でしたが、『MADE IN JAPAN ~こらッ!~』で「雛子」を演じたことが、私が女優を志す原点になっていると思います。

暮らしのすべてが演じることにつながっている

ドラマ『ごめん、愛してる*2』 では天才的サックス奏者「古沢塔子」役として出演されていますが、もともとサックスが趣味とお聞きしました。趣味が仕事に変わることについてはどう感じていますか。

すごく幸せですね。高校に入学する頃までは映画に関わる仕事をするか、あるいはサックス奏者への道を歩むか、本気で悩んでいたんです。結果的にサックス奏者の道には進まなかったわけですが、ドラマの役どころとはいえ、古沢塔子という役を通してまたサックスと向き合うことができる。現場ではプロのサックス奏者をはじめ、たくさんのミュージシャンからお話を伺うこともできました。役にあわせてさまざまな人生を仮想でも体験できるのは、役者という仕事の役得だと思います。人生に無駄なことなんてひとつもない。だから多くのことに挑戦したい。あらゆる経験を役の肥やしにできるのが役者という仕事なんだと思います。

―ご自身で映像の編集もされるそうですが、映像編集の知識があったことで、女優として役に立つことはあるのですか。

映像を編集するときは何度も繰り返し同じシーンを見て、OKかNGかを判断します。つまり、そのシーンのなにがよくてなにがいけないかを自分の頭で考えるんです。私にとって映像編集は、シーンごとに役者にはどんな芝居が求められているのかを考える訓練になっていると思います。自分なりの理論が生まれてくるから、役者がこんなことすると監督にとっては迷惑なんだなということがわかってきますね(笑)。

プロの現場では、大学時代のように感覚だけで芝居をしていたのでは通用しませんでした。映像編集の技術を身につけたことで、理論と感覚、両方が役者にとって大事なんだと気づくことができました。芝居の振り幅や、画面の構図のどの位置を自分が占めているのか、カメラやマイクとの位置関係、カメラテストが何のためにあるのかというところから考え直すきっかけになりましたね。

―日本舞踊もされていると伺ったのですが、きっかけは何だったのでしょうか。

祖母は踊ることが大好きで、毎年地域の盆踊りに連れて行ってもらっていました。たくさんの人と踊ることがとにかく楽しかったことを覚えています。日本の舞踊って、少し儀式っぽいところがありますよね。そうした形式美にも惹かれたんだと思います。できればもっと本格的に舞踊を習得したいなと思って中学に入る少し前に祖母に相談したところ、高い授業料にもかかわらず教室に通わせてくれることになったんです。

日本舞踊の経験が活きているなと思うことはたくさんあります。特に感じるのは時代劇に出演したときですね。洋服と着物って、身体の動かし方がまったくちがうんですよ。日本舞踊を学ばせてもらったおかげで、着物を着た女性がどのように身体を動かすかを経験として理解しています。そのため、立つ・座る・歩くといったあらゆる所作が「らしく」見えるんです。床から物をとるという仕草でさえ、着物と洋服のちがいを知っているかどうかで芝居にもちがいが生まれます。それが作品のリアリティにもつながってくると思うんです。

自分を見失いそうになると、映画が好きという「原点」に帰る

―アメリカ映画にも出演をされていますね。

2014年に菊地凛子さんが主演した『トレジャーハンター・クミコ*3』というアメリカ映画に出演しました。ほとんどのスタッフがアメリカ人だったのですが、やっぱり日本とはテンションがちがっていて、カットがかかるたびに「イェーイ!」とハイタッチするような現場なんです。日本の現場しか知らなかった私にとって、とても新鮮な感覚でしたね。

こうした新しい発見に満ちた人生でありたい、女優だからといって芝居だけに取り組むのではなく、たくさんの経験から自分の見識を広げていきたいと思っています。その意味でも、海外での経験は今後もたくさんしておきたいですね。海外の方と話す際によりよくコミュニケーションをとれるよう、今、英会話を勉強しているところなんです。まだまだ「なんとか日常会話くらいなら」というレベルですが(笑)。

―新しいことに挑戦し続けている大西さんですが、苦手なことはないのでしょうか。

私、実は「どうしても苦手なこと」ってないんです。例え苦手なことでも、毎日練習を重ねているうちに、いつのまにかできるようになっていることがほとんど。きっと一日の練習の目標を「必ずここまでやる」と定めずに、自分のペースでのんびり急がず取り組んでいるから練習が苦にならないんだと思います。力みすぎて潰れてしまうより、一歩は小さくとも長く歩き続けることが大事なんだと思います。そう考えると、きっと10代20代、30代より40代と、年齢を重ねるほどに人生は楽しくなるんじゃないかと思います。

以前共演させていただいた俳優の光石研さんに「いい芝居をしなくちゃと押しつぶされてはいけない。支度時間に現場入りできただけでも御の字だ、くらいに気軽に構えた方がいい」とアドバイスをもらったことがあるんです。きっと私を和ませるためにおっしゃったんだと思いますが、気負ってしまいそうなときはこの光石さんの言葉を思い返すようにしています。

演じるということ

役作りをするうえで、スムーズに入り込める役とそうでない役はありますか。

人との距離感が近い役柄は入り込むのが難しいです。「ごめん、愛してる」の古沢塔子も一言でいうと「恋多き女」なのですが、彼女の距離感は「大西礼芳」とは比べ物にならないほど近くて、それを見定めるのはとても難しかったですね。

私がこれまで演じてきた役柄は、どちらかといえばハッピーで前向きな役というより問題を抱えた幸の薄い女性の役というほうが多いので「薄幸系」については芝居の引き出しを比較的多く持っている自負はあります(笑)。ただ、役に入り込めば入り込むほど、演じていて精神的な負担がありますね。カットがかかれば割り切れるというわけではなくて、どうしても日常でも気持ちが役に引っ張られてしまうんです。まだ主演を任される経験は少ないですが、現場で見ていてもやっぱり主演を張る人はすごいと思います。芝居はもちろん、共演者やスタッフへの気配りがとても細やかなんですね。自分の演技の質を高めながら、現場のスタッフのテンションやモチベーションにも配慮しなくてはならない。どの現場でも、「座長」が背負う責任の重みを実感させられます。

女優として楽しいと思う瞬間はどんなときですか。

うーん、正直に言うと、あまり演じることに「楽しむ」という意識はないかもしれません。役を演じているときは私にとって一瞬一瞬が「勝負の連続」だと思っています。生半可な気持ちじゃ挑めません。きっと、まだ楽しめるだけの心の余裕がないんですね。一方、だからこそエンドロールに自分の名前を見るときはほんとうに幸せですね。たくさんの共演者やスタッフとともに、作品の一部として自分が役割をまっとうできたという充実感は言葉にできないほどです。作品に思い入れがあればあるほど、エンドロールを見たときの感動は大きいですね。

今まで関わった作品で特に思い入れがある作品はありますか。

瀬々敬久監督の『菊とギロチン –女相撲とアナキスト–*4』という作品です。女力士の役を演じたのですが、約3ヶ月ずっと相撲部屋に通って撮影しました。四股踏んでぶつかり稽古してというお相撲さんの稽古さながらの毎日で、そのときに「身体でぶつかっていく」という芝居のスタイルを初めて経験したんです。この作品に出演するまでは、台本を読んで想像してという役作りしかやったことがありませんでした。何度も台本を読み返しては頭の中で役柄を構築していくというスタイルで演技に取り組んでいたのですが、この作品ではまったくの逆。考えるより先に身体で役にぶつかっていくという日々の中で、「今までの自分のやり方がすべてじゃない」と文字通り身体で実感することができました。

映画『菊とギロチン –女相撲とアナキスト–』では、相撲さながらのハードな稽古を経験した

―少しずつ考え方や役への取り組み方が変わってきているんですね。

高校生までの私は、目の前のことにあまりに精一杯で世界が狭かったんです。いつも周りの目を気にしていて、優等生でいなくちゃいけないという強迫観念のようなものがありました。大きな声で怒ったり、顔をくしゃくしゃにして笑ったり、感情をあらわにしてしまうと周囲から「おかしな人」と思われるのではないかと怖かったんです。ですが京都造形芸術大学に入学して以来、人とぶつかることへの恐怖が薄れたように思います。だって、ぶつかることでひらめくアイデアや、人との摩擦が切磋琢磨を生むことがわかったから。

―どんどん大きな役に抜擢されている印象です。プレッシャーも大きいのではないでしょうか。
徐々にいただける役が大きくなり、大勢の方に見ていただける作品にも参加できるようになってきました。それに伴ってプレッシャーは大きくなるし、悔しい思いをすることも多いですが、自分を見失いそうになったら「原点に帰る」ようにしています。私が女優という職業を選んだ理由は、なによりも映画が好きだったから。そのときの気持ちに立ち返るために、大好きな映画を何度も観直すんです。大事なシーンの撮影がある日は、カバンに好きな映画のDVD をお守りとして入れたりもしますよ。

―原点というと、家族もその一つかと思います。大西さんにとってどんな存在でしょうか。

私にとって家族はとても大きな心の支えになっています。今こうして女優という職業を続けられているのは、家族に恩返ししたいという強い気持ちが土台にあるからです。誰になんと言われようと、私は私の道を行く。そんな決意を強く持てるのも、遠くで家族が見守っていてくれるという心強さがあるからこそなんです。だから、家族には本当に感謝しています。今後は日本という枠にとらわれることなく、さまざまな国の人と、規模や予算にもこだわらずに映
画をつくっていけたらと思っています。そんな作品を、ぜひ家族にも観てもらいたいなと思いますね。

 

1『MADE IN JAPAN ~こらッ!~』

京都造形芸術大学映画学科のプロジェクトにより製作された、高橋伴明監督によるホームドラマ。2010年公開。

2『ごめん、愛してる』
2017年7月から9月にわたりTBS 系列で放送された連続ドラマ。主演は長瀬智也。

3『トレジャーハンター・クミコ』
デヴィッド・ゼルナー監督によるドラマ映画。日本ではWOWOWにて放映(劇場未公開)。

4『菊とギロチン –女相撲とアナキスト–』
『64–ロクヨン–前編/ 後編』(2016)などでも知られる瀬々敬久監督の最新自主企画映画。
2018年夏公開予定。

大西礼芳 Ayaka Onishi

1990年三重県生まれ。女優。京都造形芸術大学映画学科俳優コース卒業。在学中に学生とプロがタッグを組んで制作された映画『MADE IN JAPAN ~こらッ!~』の主演に当時1年生ながら抜擢される。卒業後は連続テレビ小説「花子とアン」など数々の作品に出演。日曜劇場「ごめん、愛してる」では趣味のサックスを活かした演奏シーンを劇中で披露した。

 

  • 三木 生Sei Miki

    1997年大阪府生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科2016年度入学。メディアデザインに興味をもちデザインを基礎から学ぶ。趣味は映画、テレビ、音楽鑑賞。

  • 三輪 こいのKoino Miwa

    1997年岡山県生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科2016年度入学。趣味は音楽鑑賞で将来は音楽とデザインが関わる仕事に携わりたい。

  • 石倉 史子Fumiko Ishikura

    1997年島根県生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科情報デザインコース2016年度入学。高校時代からグラフィックデザインに興味があり、デザインを基礎から学んでいる。好きなアイドルグループは乃木坂46。

  • 平岡 麻依Mai Hiraoka

    1997年静岡県生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科2015年度入学。グラフィックデザイン全般を学ぶ傍ら、コミュニケーションデザインも学ぶ。

  • 片山 達貴Tatsuki Katayama

    1991年徳島県生まれ。京都造形芸術大学 美術工芸学科2014年度入学。写真を学ぶ。カメを飼ってる。

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