
京都芸術大学大学院修士課程では、対面による少人数のゼミ指導によりトップアーティストを目指す「芸術専攻」と対面とオンライン授業を併用する「芸術環境専攻」、そして通信制大学院として国内唯一完全オンラインで芸術修士(MFA)が取得できる「芸術専攻(通信教育)」を設けています。
今回は大学院 芸術研究科(通信教育)芸術専攻 学際デザイン研究領域の修了生であり、今でも同大学院芸術環境研究科の研究員として研究成果の社会実装を積極的に行っている青山優里さんと長谷川 霞さんがホテル「OMO7大阪(おも) by 星野リゾート」で行った研修の様子をご紹介します。
「国内唯一」のチーム研究制度
京都芸術大学通信制大学院芸術専攻の学際デザイン研究領域は、「旧きを知る文化・伝統の探究力」と、「現在~未来を構想するデザイン思考の創造力」を両軸に、地域や社会の課題を解決し、創造的に働きかけることができる人材を育成しています。

修了研究の成果については積極的に社会実装することを目指し、修了後も多くの方が研究員として籍を置きながら活動を続けています。
ひとりひとりが修士論文を書くことを目指す従来の修士課程での教育とは違い、学際デザイン研究領域は4~5人でのチーム研究を修了要件とする国内で唯一の修士課程です。
2021年に学際デザイン研究領域の2期生として通信制大学院に入学した長谷川さんと青山さんのチームは、研究において「日常の小さな援助行動があふれる社会をつくりたい」という問題意識を設定し、最終的に「大阪のおばちゃん」のコミュニケーション術を通して援助行動を自然に実行するためのワークショップを考案しました。
「おせっかい」な「おもてなし」を目指して
今回長谷川さんと青山さんのワークショップに参加したのは「OMO7大阪 by 星野リゾート」のサービススタッフの皆さんです。

星野リゾートが手がける「OMO7大阪 by 星野リゾート」は、「テンションあがる『街ナカ』ホテル」をコンセプトとするシティホテル・OMOブランドのひとつ。

大阪を象徴する名所のひとつである新世界・天王寺動物園エリアに位置し、「笑い」と「おせっかい」を取り入れた大阪らしいおもてなしと洗練された空間と上質なサービスが織りなす「なにわラグジュアリー」を体感することができます。
ホテルの周辺を案内するため、パブリックスペースであるOMOベースの壁面にはスタッフおすすめの飲食店の情報が貼られた「ご近所マップ」を設置。ほかにも、ご近所ガイドスタッフであるOMOレンジャーとともに近所のお散歩をする「ご近所アクティビティ」等を実施しています。


商品開発(構想)から商品提供(実行)まで一貫して担当する「サービスチーム」という働き方や、誰もが対等に議論をできるflatな組織づくりを競争力の源泉として成長を続けてきた星野リゾート。
しかし、ホテルスタッフという仕事はどちらかといえば受付に立ってお客様のご要望に応えるという受動的なコミュニケーションが中心でした。
「OMO7大阪 by 星野リゾート」で働くサービスチームのみなさんも「おせっかい」なコミュニケーションへの習熟具合には差があり、お声掛けをすべきか迷ってしまう瞬間があるといいます。
ひとりひとりが自分の殻を破りより積極的に「おせっかい」をしたいという思いから、「大阪のおばちゃんことば」に学び、行動を変えるワークショップの実施が実現したそうです。
青山さんと長谷川さんは、「大阪のおばちゃん」のことを援助行動の達人と位置づけます。人の間合いに自然に入ってくることができて、しかも愛嬌がある。
脊髄反射的に日常の小さな援助行動ができる援助行動の達人になるために、参加者たちは「大阪のおばちゃんことば」を学んでいきます。
まずは英語の授業のように復唱しながらの練習です。「どこ行くん? 一緒に行こか?」(どちらに行かれますか? 一緒にいきましょうか?)「どないしたん?」(どうしたの?)といった大阪弁のキーフレーズを声に出します。

それから、大阪のおばちゃんがどんな援助行動をするかをスライドで説明します。歩いていると「そこ段差あるよ!」と教えてくれたり、電車で身体のしんどそうな人を見かけたら座ったまま「ちょっと代わったって」と周りの人に呼び掛けたり、重そうにしている人を見たら「手伝おか」と言ったり。
自分のできるところまで手伝う、というある種の気ままさが、気持ちの良いコミュニケーションの秘訣なのだそうです。
ひととおり学んだあとは、3コマ漫画の穴埋めをする形式でペアワークです。「チェックインカウンターを探している人がいたら……」という日々の業務を想定したシチュエーションで、「大阪のおばちゃんことば」を実際に使います。


使い方を学んだあとは、参加者の皆さんに「大阪のおばちゃんことば」を自分のことばにアレンジし、お仕事のなかのどんなシチュエーションで使いたいかを考えるペアワークです。
日々の業務のなかで使いたい「おせっかい言葉(OMOフレーズ)」を考えたあとは、チームでひとつの「OMOフレーズ」を決め、一日の集大成として「おせっかい注力スクリプト」を作ります。


おせっかい注力スクリプトの例:
(時間/どんな時)14:00 チェックイン
(どんなおせっかいサービスか)ようこそお越しくださいました。本日どういったご旅行なんですか? 新世界を楽しみに来られたんですね!もしよろしければ、16:00から新世界をご案内するガイドツアーがあるのですがいかがですか?
(使用したいおせっかいワード)本日どういったご旅行なんですか?

最後は、今後も「おせっかい」を継続していくチャレンジワークショップのための、16マスのビンゴを作成します。このビンゴは今後もオフィス内に掲示し、フォローアップの施策も用意されているとのことです。



参加者からは、「「おせっかい」を言語化することで同僚たちが普段どんな「おせっかい」をしてきたかを共有することができた」、「「おせっかい」を深掘りしてお客様サービスに繋げられてよかった」とのコメントがありました。
「旅は魔法」という言葉を理念の一つに掲げる星野リゾート。「OMO7大阪 by 星野リゾート」のサービススタッフの皆さんはこれから、日々の小さな援助行動で使うことができる「おせっかい」の魔法を実践してくださることでしょう。
今回の研修効果を最大化させるため、企画メンバーに加え、一部の方々にファシリテーターとしてワークショップの準備に参画いただきました。

小林さんと下村さんはそれぞれサービススタッフとして勤務をする傍ら、S-pro※のメンバーとしても活動しています。
※サービス・プロフェッショナルとサービスチーム・プログラムの2つの意味を掛け合わせた社内造語。“S-proリーダー”と呼ばれるスタッフを中心に、より良いサービスを追求しています。
ファシリテーターの皆さんはオンラインでの教材開発の打ち合わせに参加し、「OMO7大阪 by 星野リゾート」の日々の業務に寄り添ったワークショップを共に創り上げました。
小林さん「ファシリテーターとして事前に考えていた回答とは違う意見がたくさん出たのがよかったです。

今日はOMO7大阪の中でも一大コンテンツとして力を入れている戸外での屋台・花火等のサービスPIKAPIKA NIGHTのチームに参加していましたが、その中で「おせっかい」マインドが大事だという合意形成ができたのを感じました。
今後は新しく出た意見を抽出して、PIKAPIKA NIGHTをより「おせっかい」なコンテンツとしてステップアップさせていきたいです」


下村さん「チャレンジワークショップのためのビンゴを作成しているときに、『つぎの出勤で全部達成できるようにしよう』といった前向きな声を聞くことができて、うれしかったです。

ワークショップを通して、サービス全体に対するメンバー全員の視座が上がったように感じました」
過去に「OMO7大阪 by 星野リゾート」で行ったどの研修よりも盛り上がったという今回のワークショップ。グループワークではあちこちのグループから拍手が沸いて、意見をポジティブに肯定する雰囲気を感じました。

よりフラットにお互いの経験を共有するコミュニケーションが可能になる――それも、「大阪のおばちゃん」マインドの力なのかもしれません。
仲間がいたから、ここまで続けられた
ワークショップのあとに、青山優里さんと長谷川 霞さん、そして学際デザイン研究領域の領域長である早川克美教授にお話しをお伺いしました。

社会課題を様々な手法で解決することを目指す学際デザイン研究領域には、様々な業界で活躍するなかで「自分のキャリアにデザインを取り入れたい」と考える学生が集まります。
実は、お二人はこれまで、芸術を学んできたわけではありません。青山さんは工学部、長谷川さんは法学部をそれぞれ卒業(修了)されています。お二人とも、民間企業に勤めながら二年間のオンライン課程を修めました。
技術者として働いていた青山さんは、デザイナーと協業する中で、なぜか話が通じなかったり、もっと早い時期から一緒に仕事ができたらいいのにそうできないというジレンマを抱くようになったと語ります。技術とデザインの間をつなぐ翻訳者となりたいと考えたときに出会ったのが、学際デザイン研究領域だったそうです。
2期生として入学されたお二人は、一年間デザイン的な思考や研究の基礎を学んだのち、2年目のチーム研究で同じグループに。

議論を重ねる中で、「小さな援助行動を誰もができる社会にしたい」という思いにはたどりついた皆さんですが、具体的に何を通してどう社会を変えていくかというアクションプランがなかなか見つからず、苦労をされたそうです。
そんな中で「大阪のおばちゃん」というキーワードにたどり着いたお二人のグループは、やがてことばによって行動変容を促すきっかけをつくるというアプローチを突き詰めていきました。
長谷川さん「『大阪のおばちゃん』に着目する過程で、「OMO7大阪 by 星野リゾート」も「おせっかい」な「おもてなし」を実践されていること、その取組みを率先されている八十田香枝さんという方がいらっしゃることを知りました。八十田さんにインタビューをお願いするメールを書いたのが、OMO7大阪さんとのご縁の始まりでした。」
八十田さんはオープン当初から「OMO7大阪 by 星野リゾート」のOMOレンジャーとしてホテル周辺の調査を積極的に行っていた方です。本日のワークショップでも「八十田さんならこう言いそう」という発想でペアワークに取り組まれている方がいらっしゃるなど、八十田さんは、「大阪のおばちゃん」としてOMO7大阪での「おせっかい」なコミュニケーションを体現されています。
長谷川さん「八十田さんはとても私たちの考えに共感してくださって、大阪のおばちゃんの行動・言動の特徴や、OMO7大阪ならではの接客として目指されているところをたくさん教えていただきました」
青山さん「インタビューのタイミングに合わせ、宿泊もさせていただいた際に、オープンスペースのライブラリーにあった本が、研究における重要な参考文献としてブレイクスルーにもつながりました。」
試行錯誤の末にワークショップが完成し、無事に大学院を修了されたお二人でしたが、その後も研究員として研究と社会実装を継続し、「大阪のおばちゃんことば」を軸として援助行動を身に着けるワークショップは様々な企業の研修として採用される等、めざましい活躍をされています。

そんな中、昨年の冬から「OMO7大阪 by 星野リゾート」の「おもてなし」パワーをホテル全体でもっと底上げしたいという思いから、ふたたびコラボレーションが始まります。最初は一部の皆さまにミニバージョンを体験していただき、ブラッシュアップを経たのち、今回の研修が実現したのです。
青山さん「ワークショップは、やったらそのままおしまいになってしまうことが多いんです。でも私たちのワークショップでは、継続して習慣化するところまで見届けられるような工夫をしています」
早川先生はお二人について、修士号を取った後もワークショップを育てていきたいという思いから研究員になり、学会発表をしながらブラッシュアップを重ねているところが素晴らしいと賞賛します。
社会人として働きながら大学院を卒業するだけでも大変なのに、卒業後も社会実装を続けていくことができた原動力は一体何だったのでしょう。
青山さん「『大阪のおばちゃん』のパワーかもしれません。『大阪のおばちゃんことば』をテーマにしたことがきっかけで取材をいただき、たくさんの人に話題にしていただけましたし、人とのつながりがたくさん生まれたんです」

長谷川さん「それから、青山さんや早川先生をはじめとして仲間がいたから、ここまで続けて来られたのだと思います」

青山さん「本当に、仲間に恵まれていました。学際デザイン研究領域を選んだ理由も、仲間と一緒にチーム研究ができるからでした」
早川先生「生みの苦しみを経たあとに段々とエンジンが掛かってきたみなさんの研究を見るのは、とても楽しいんです。教えているというより、仲間として一緒に活動しているような感じです」
長谷川さん「早川先生からは真剣に私たちの研究を想ってくださっているからこそ、容赦ないコメントをいただくことはありましたが(笑)、ああしなさいこうしなさいと言われることはありませんでした。先生がおっしゃった通りのものをつくるのではなく、つくるのはあくまで私たち。なので、ある種の仲間のような感覚で、今でも色々なことを相談をさせていただいています」
研究で終わらない学び、そして卒業後も続く仲間との関係性。「大阪のおばちゃんことば」で社会を変革する青山さんと長谷川さんの活動を通して見えるのは、新しい時代に求められる「学び方」そのものかもしれません。「OMO7大阪 by 星野リゾート」の今後にも期待が膨らみます。
「おせっかい」を介した素敵な関係性、これからも続いていくといいですね。
お二人の修了研究報告は以下のリンクからご覧いただけます。
22年度修了研究報告:https://graduate.air-u.kyoto-art.ac.jp/art/ids/study/760/
23年度研究成果報告:https://graduate.air-u.kyoto-art.ac.jp/art/ids/study/15072/
24年度研究成果報告:https://graduate.air-u.kyoto-art.ac.jp/art/ids/study/20226/
(文=天谷 航)
京都芸術大学 Newsletter
京都芸術大学の教員が執筆するコラムと、クリエイター・研究者が選ぶ、世界を学ぶ最新トピックスを無料でお届けします。ご希望の方は、メールアドレスをご入力するだけで、来週より配信を開始します。以下よりお申し込みください。
-
京都芸術大学 広報課Office of Public Relations, Kyoto University of the Arts
所在地: 京都芸術大学 瓜生山キャンパス
連絡先: 075-791-9112
E-mail: kouhou@office.kyoto-art.ac.jp