INTERVIEW2018.02.13

アートデザイン

半分未熟、半分成熟がおもしろい―門崎敬一(編集者)おとなにきく。 #5

edited by
  • 石倉 史子
  • 片山 達貴

 京都造形芸術大学情報デザイン学科2年生の石倉史子が、会いたい人に会いに行く企画「おとなにきく」。毎回多彩な人生の先輩を訪問し、彼女自身が抱く素朴な疑問を解決していきます。第5回は、平凡社の発行していた伝説的カルチャー誌『太陽』の編集長を務めていた編集者、門崎敬一先生の元へ。

印刷物を作るのが好きだった

ふみこ:門崎先生は今までたくさんの雑誌や本の編集に関わってこられましたが、編集という仕事に興味を持ったきっかけってありますか?

門崎:僕が生まれたのは山形県の酒田市というところなんだ。父親が読書家で、家にはいつもいろんなジャンルの本がたくさんあった。父親は副業で町の映画館のパンフレットなんかの編集もしていた。僕は幼いころからずっと父親を見て育ったし、家に溢れてた本や雑誌を読んで大きくなった。その影響もあって、小学生の頃には新聞をつくってクラスに配ったり、中学に入ってからは友達と同人誌をつくったりもした。

ふみこ:すごい!デザインや製本も自分でされていたんですか?

門崎:そうだよ。タイトルを木版に彫って表現したりだとか、自宅でふすま紙を変えたときの余りの紙を表紙に使ったりしながら、手づくりでデザインや製本をしていたね。ガリ版印刷という、昔は学校でテストの問題用紙なんかを印刷してたのと同じ手法。学校の先生に頼み込んで借りて、自分たちで文章を原紙に鉄筆で書いてそれを印刷してたんだ。

門崎先生が作った同人誌「車輪の下」(中学・高校時代)と「ペリペテイア」(大学時代)

ふみこ:文章を書くだけではなく、印刷物をつくることそのものがお好きだったんですね。小さい頃から、編集者になりたいと思っていらっしゃったんですか?

門崎:うん。僕は13歳の頃から今まで、ずっと雑誌をつくってきたんだ。僕が13歳だったのは1963年なんだけど、1963年は、僕にとって重要なことが2つ起きてさ。ひとつは僕がトランジスタ・ラジオで「プリーズ・プリーズ・ミー」って曲を聴いてビートルズの存在を知った。そしてふたつ目は、『太陽』って雑誌が創刊されたんだ。僕の誕生日は6月13日なんだけど、その前日の6月12日に創刊された。僕の誕生日の翌日に、本屋さんから定期購読の雑誌として家に届けられたんだよ。
 取り上げる内容は芸術や文化、旅というように当時の日本では他にないような雑誌で、衝撃を受けた。この雑誌、かっこいいな、つくってみたいなと思ったよ。

ふみこ:『太陽』を拝見しましたが、写真も印象的なものばかりで、特集の内容もとてもマニアックで面白かったです。大学卒業してすぐに編集のお仕事を始めたんですか?

門崎:僕が就職したのは、奇しくも『太陽』を発行している平凡社だった。当時は13歳の頃の『太陽』との出会いは忘れちゃってたけどね。就職して最初の1年間は見習い期間。その1年後にようやく僕の配属部署が決まって、「今日からここが君の部署だよ」って連れていかれたのが『太陽』の編集部だった。そして僕のために用意されたデスクの椅子に座った瞬間に思い出したんだ。「あ、これは13歳のときにやりたいって思ってた仕事だ」って。導かれて、僕は行くべき場所にちゃんと巡り合ったって感じがした。

門崎先生が『太陽』で初めて任された特集のテーマは『千利休』だった

インタビューの極意

ふみこ:インタビューするにしろ、記事を書くにしろ、何事も情報を集めることはとても大切ですよね。お話をうかがっていると、門崎先生はとても好奇心旺盛だと感じました。編集者として壁にぶつかったときどう乗り越えましたか?

門崎:そうだね、一般的なおじさんよりも好奇心はあると思うよ(笑)。でも、僕にも全然興味が湧かないジャンルってあるからね。僕が『太陽』の編集部に配属された当初、企画をなかなか自分で立てられなかった。ただ、与えられる特集企画を自分なりにこなしていく、それを何年かやってきたら次第に企画というものが自分の中で生まれるようになった。企画を生む力も、生まれつき人の頭の中にあるものではなくて、雑誌をつくり続けることによって徐々に身についてくるものだと思う。最初から「企画力」なんて特殊能力が備わっているわけじゃない。「編集力」だってそう。そういうのは日々「あれをやれ」「これをやれ」って指示されて「はいわかりました」って自分なりにこなしていくうちに次第に生まれて来るものなんだ。ある程度身についてくると編集力が企画力を押し上げたり、企画立案が上手くなってくると編集も上手くなったりもする。能力と能力が相乗効果を生むんだ。

ふみこ:とにかく目の前のことを自分なりにこなしていくことが大切なんですね。私、今インタビューをしていますけど、こうやって面と向かって話すことが苦手で(笑)。そんな私でも上手にできるコツってありますか。

門崎:「あなたのことをもっと知りたい!」って気持ちが相手に伝わるためには、事前にしっかりと相手を調べるっていうこと、そして、あたりまえだけど相手に興味を持つことが大事だよね。それと、インタビュアーは話し上手である必要はなくて、聞き上手ってことの方が非常に重要。さらに重要なのは、インタビューっていうのは最終的に、余計な話題をカットして順序を変えたりしながらある長さにまとめるわけだね。この編集作業も、インタビューの上手い下手と同じくらい重要なんだよね。話を聞くことと文章化するっていうことの二本立てだっていうのを理解しないと。

ふみこ:まとめるのも苦手です・・・。毎回とても時間がかかってしまいます。

門崎:例えばある作家のところにインタビューに行ったとする。最初に出迎えてくれたときに、台所からカレーの香りがしてきたとか、あるいはインタビューしてる最中に猫がやってき作家の膝の上に乗っかったとか。それは喋ったことだけじゃなくて、その場で起きたことなんかも全部情報としてメモに書き込むようにするといい。それから、話しづらそうに言い淀んだ言葉とかもね。要するに音声ではわからないような情報をメモしておくんだ。視覚、嗅覚、聴覚を総動員してインタビューを記録しておくと、最終的に文章化する際に役立つよ。あとは、インタビューの間中、テーマに沿った話ばっかり投げかけているとお互い息苦しくなる。だから、例えばインタビューの最中に猫が入ってきたら「猫の名前なんていうんですか」とか、そういう一見無駄に思えることを聞くのも、インタビューが上手になってくるとできるようになる。そういうところから魅力的な話題に展開することも少なくない。

ふみこ:確かにそういうインタビュー見たことあります! 黒柳徹子さんの「徹子の部屋」とか。聞き上手になることって、インタビューだけでなく、普段の会話でも大切ですよね。

「相手に興味を持つ」「話し上手より聞き上手に」……インタビューの極意を次々と明かして頂いた

ピースサインじゃつまらない

ふみこ:もし今『太陽』の編集ができるとしたらどんな特集をつくりますか。

門崎:うーん、いろいろあるんだけど、そのうちのひとつはね、「書物」という特集。今、Webサイトや電子書籍が隆盛で、本も雑誌もまるで売れなくなってきているよね。「もう紙の本は古い」「いずれ紙の本は滅ぶんじゃないか」なんてことまで言われているくらい。それまでは巻物だったのが、今のようなページにとじられた形の書物になったのは、およそ1600年前。グーテンベルクというドイツ人が印刷機を560年ほど前に発明するけど、それまでは手で文字を書き挿絵を描いていたんだよ。とても美しい書物がたくさんあったんだ。そういう原初の書物をあちこちの図書館や博物館へ取材に行って、書物という文化が失われてしまう前に美しい本を全部見てみようという、そんな特集。その企画を最後に、僕の編集者人生も終わりにしようかなと思ってる。

ふみこ:最近は本もWeb上で見られたりしますよね。友だちも、雑誌や漫画をスマホやiPad で見る人も少なくないです。将来、紙媒体の危機が来るなんて言葉もよく目にします。電子書籍などはあまり賛成ではないですか?

門崎:それで読める人は読めばいいのかなと思う。でも僕は、紙のページをペラペラめくりながら前から、後ろから見たりすると感じとか、あるいは分厚い本だったら「あ、僕は今この本の全体のうちこのぐらいにいるんだな」とか、そういう風に本を体感するということがすごく好きなので、電子書籍の方に興味は向かないな。多分、電子書籍で満足する人が増えているのであればそれはそれでいいんじゃないかなと思う。
どうするかは学生のみんなをはじめ、若い人たちが決めることだよ。電子書籍に移り変わるのか、紙の本や雑誌を残していくのか、決めるのはこれからの人たちだ。

ふみこ:電子書籍はお試しで使ったことがあるんですけど、パラパラとめくる感覚のない本ってなんだか違和感がありました。あと本や雑誌が本棚に増えていく楽しみがなくなるのはなんだか悲しいですよね。
門崎先生は幼少期からたくさん本を読んでこられたと思うのですが、やっぱり読書って大切ですか?

門崎:大切だと思う。今は1日の読書時間がゼロっていう大学生が全体の半分いるんだっけ?

石倉:私も読書はほとんどしなくなりました。昔は結構読んでいたんですけど、高校を卒業してから全然読まなくなりましたね。友だちの間でも「高校から読まなくなった」という人が多いです。

門崎: 多分その時間をスマホとかパソコンとかに費やしてるんだよね? 僕らの時代はそういうものがなくて、学生の娯楽といえば本か映画か麻雀ぐらいしかなかった。本読めば賢くなるかといえばそうとは言えないけども、読まないより読んだ方が人生の選択肢は増えるし、世界はもっと複雑に広く見える。

「人に会って、話を聞き、内容を理解する。このシンプルな行為こそが取材の第一歩」

ふみこ : 大学に入って、読書家の人の言葉選びや想像力、表現力がすごいなと思うことがよくあります。本を読もうとは思っているんですけど、活字慣れしてないと読むのが大変そうで壁がある気がします。

門崎 : でも文字っていうならスマホで読んでいるのも文字でしょ? 文字に馴染めないわけじゃないと思うよ。表現という点で言うと、僕が嫌いなのは紋切り型の言葉。つまり最近よく使われる言葉、例えば「感動をありがとう」、「勇気をもらいました」、それから「インタビューの最後に読者へのメッセージを」とかさ。そういうのって慣れだからみんなそれを言うじゃない。そういう文章を学生が書くとすぐバツだね。
ちょっと話ずれるけど、カメラを向けるとみんなピースするでしょ? 僕が文芸表現学科長だったころに、集合写真を撮るときにピースサインをすることを禁止にしたの。そうするとみんなどうしていいかわからなくて固まっちゃった。でも、そういうところからこの先どういう風に自分を表現するべきかって考え出すんだよ。年齢を重ねて若いころの写真を見ると、みんな同じことやってる。これは悲しいことじゃない?

ふみこ : 自分のアルバムを見返すとピースばかりです(笑)。今でも「ハイチーズ」って言われると無意識にピースしてしまう気がします。

門崎 : これをやっちゃうと「感動をありがとう」と一緒なんだよ。そういう感覚でつくっていると雑誌もつまらなくなっていく。「こうやれば感動を与えられる」なんて手垢のついた方程式にあてはめようとしだすと、あらゆる創造的なものはダメになるね。芸大で学んで、アートやデザインでほかとはちがう自分を表現するんだって人たちが、ピースサインはないだろうって思うんだよ。

ふみこ: ドキッとしました(笑)。作文や記事を書くとき、誰もが言うおきまりの言葉を使ってしまっている気がします。逆に、どうやったら感動ってつくれると思いますか?

門崎 : どうして感動をつくる必要があるのかってことだと思うよ。例えば雑誌だったら、編集者がやらなくちゃいけないのは事実を伝えることだと思う。感動なんか考えないで事実のことだけでいい。受け手側も感動をもらおうなんて考えないで、この媒体は何を伝えようとしてるのかっていうことを冷静に受け取ればいい。今ネットを見渡してみると、情報は玉石混交で良いものも悪いものもごちゃまぜで、受け取る側も適当なものでいいやっていう状態だよね。だから受け取る側はもっと正確に情報を汲み取る必要がある。

ふみこ: 私は、正確な情報を汲み取る自信がないというか。翻弄されます。ネットニュースでまちがった情報が拡散されて、後からそのまちがいが発覚するなんてニュースを最近よく見かけます。今はSNSですぐに拡散されますし。

門崎: 新聞をはじめとした昔ながらのメディアでも、デマが報じられて人がまちがった方向に行っちゃうことって今までにもあったんだよ。決して紙媒体だからといってすべてが正しいわけじゃない。人は簡単に信じちゃうし騙されちゃう。特に同調圧力が強い社会だとね。これってピースサインの社会だよね。自分で考えるときは、理性的に考える、感覚的に考える、事実関係を調べる。これをやるっていうことが大事だと思う。

インタビューが苦手と話していた石倉さんも、コツや心構えを学びながら徐々にリラックスした表情に。

ものの境目がおもしろい!

ふみこ:大学で教壇に立つようになり、学生と接する機会がたくさんありますよね。大学で教える難しさ、面白さはどんなところにありますか?

門崎:大学生って、もちろん若いから当然なんだけどやっぱり未熟なんだよね。いやらしく聞こえてしまうかもしれないけど、やっぱり一般の企業に勤めてきたあとで、大学で未熟な人たちを相手にするっていうことに当初は戸惑いがあったし、どうやって振る舞えばいいかわからなかった。その戸惑いを解消するのに結構時間がかかったんだ。でも、学生たちと接するうちに、むしろ未熟だったり、ものを知らなかったり、だからこそ新鮮なものの見方をするというところが結構いいなって思うようになっていった。

ふみこ:「未熟」の面白さってどういうものなんでしょうか?

門崎 :不完全で未熟なものと成熟したものが出会うところ、面白いものが生まれるところって「渚」なんだよ。つまり、海と陸地の境目みたいなところ。そこからいろんなものが生まれる。魚が陸に上がってやがて哺乳類に進化するように、あるいは逆に哺乳類が海に入って鯨になるようにね。さまざまな情報がせめぎ合ってる境目。ここに面白いものが溜まっていく。すごく評価されるものとすごく評価されないものの境目に現状を切り開くものが生まれる。
石倉さんも、まだ経験も少ないし、未熟だよね。これからいろんな経験を積んでいくでしょう。でも経験を積んで完全に「わかった!」って決めつけちゃうとつまらないんだよ。わかったようでわからないような、あいまいな状態。半分未熟で半分成熟。僕もそれを目指してるんだよね。年齢的には成熟、というか老成してきてるけど、どこか自分自身に未熟な部分がないと面白くない。興味が湧かない。それじゃ生きていけないんだよな。

ふみこ:確かに、物事の境目って面白い! そして境目を見つけるのって難しいですよね。私は全然経験もないし未熟だけれど、やっぱりピースサインで終わる人生は嫌です(笑)。 日々、見るもの触れるものが新鮮な今を楽しんで、成長していきたいと思います。

  • 石倉 史子Fumiko Ishikura

    1997年島根県生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科情報デザインコース2016年度入学。高校時代からグラフィックデザインに興味があり、デザインを基礎から学んでいる。好きなアイドルグループは乃木坂46。

  • 片山 達貴Tatsuki Katayama

    1991年徳島県生まれ。京都造形芸術大学 美術工芸学科2014年度入学。写真を学ぶ。カメを飼ってる。

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