京都では、さまざまな人々が暮らし、学び、働いている。中国で生まれた沙ゲツヨウさんは、現在留学生として京都造形芸術大学 環境デザイン学科で学んでいる。沙さんに「京都にいる理由」を聞いた。
自然と交わる京都の文化
京都を一言で表すと「長安」だと思います。碁盤の目の街づくりは長安そのもの。京都の存在を知ったのは中国の雑誌がきっかけでした。「日本には中国の長安がある。」と書かれてあるのを見て、どんな街が長安と呼ばれているのかとても興味が沸きました。私は中国の広州に生まれ、17歳で初めて日本に訪れました。東京の語学学校で1年間日本語を勉強した後、2014年の春に京都造形芸術大学に入学しました。今は環境デザイン学科で学んでいます。
昔から歴史が好きで、日本のアニメや漫画をきっかけに小さい頃から日本の文化、神社やお寺に憧れを抱いていました。よく見ていた好きなアニメは「ノラガミ」や「夏目友人帳」で、神様と人、おばけと人の関わりが描かれている物語でした。私にとって霊をはじめとした人ならざる存在は恐ろしいものであるイメージだったけれど、これらの物語で神様や妖怪はとても身近で温かい存在として感じられました。日本の文化に馴染みのない中国人の私には、神様や妖怪と人が仲良くなることが不思議で仕方ありませんでした。そこからたくさんの漫画や小説を読んで、神社やお寺といった日本ならではの文化への興味がどんどん膨らみました。日本に来てから初めて行ったのは東京の花園神社。心の中で思い描いていた日本への好奇心が弾けるように「お〜!ここに神様がいるんだ〜!」と、胸がいっぱいになりました。
なにより驚いたのは、歩いていると道端にとても小さな神社(祠)があるのをみつけたときでした。中国では神様や仏様が祀られているお寺がどこも大きいんです。それに比べてこんなにも小さい神社があるのがすごく可愛くて……なにげない道の途中にも人の願いや祈りが込められているんだなと思いました。
京都に来てからも多くの神社やお寺に足を運びました。日本の文化では空間や環境において自然との交わりがとても大切にされていると感じていて、その中でも京都は一番だと思います。文化的でありながら自然も豊かで、人の営みと自然の営みがバランス良く保たれていると感じます。なおかつ世界からも人々が集まっている。私自身、大学の課題でランドスケープや建築物を考える際は必ず自然や周囲の環境と調和するようにデザインすることを意識しています。ただ、実際イメージを形にするのはとても難しいです。折に触れて、やはり日本は綺麗だなと思います。特に夜景が。私が小さい頃の中国は、夕方になるとちょうど星の数ほどの鳥たちが巣に戻る壮絶な景色が見れていたんですが、今では見ることができなくなりました。今中国は開発のため環境破壊が著しく、鳥達の居場所が奪われているんです。日本の公園には鳩がたくさんいて、人が近づいても逃げませんよね。そして捕まえるわけでもなくその鳩にエサをあげるおじいちゃんもいる光景を見て、日本では人と自然が上手に付き合ってるんだなって実感しました。
みんなの信仰を神様が守ってくれている
実は私、8歳の頃プールで死にかけたことがあるんです。当時はまだ体が小さくて、プールの端にある梯子の段の間をくぐって遊んでいたんですが、途中で頭が段の間に挟まってしまいました。水の中には私ひとりで、水面に手を伸ばして親に助けを求めようともがいてみたけど水面には届かなくて、息も出来ず目の前が真っ白になりました。そのときぼんやり柳が見えて、白い袖の女の手が私の方へ伸びてきて、次の瞬間、私は梯子から抜け出すことができました。この出来事は今も印象深く心に残っています。きっとその頃だと思います。私が神様の存在を信じるようになったのは。
もうひとつ神様が存在していると感じられた出来事がありました。先日、課題の模型を公園に運んで撮影したときのこと、明るい日光があった方が模型を撮るのに適しているんですが、その日はあいにく曇っていました。私は空に向かって手を組んで「太陽が欲しいんです〜」ってお願いしたら、雲間から顔をのぞかせるように太陽が出てきたんです。偶然かもしれませんが神様のちょっとした優しさだと思った方が、楽しいですよね。
京都の中でも一番のお気に入りの場所は伏見稲荷神社です。伏見稲荷神社は山の中腹にあり、いくつもの社で構成されています。とても静かで美しい場所で、まさに神様が住んでいる場所だなと感じました。初めて伏見稲荷神社に行ったのは偶然で、友達に誘われて登ってみたら……あまりに素晴らしい景観で、日本文化の粋を集めたような空気感に思わず声をあげてしまいました。登れば登るほど観光客も少なくなって、山頂近くは本当に神様の領域のようなんですよ。神社の中でも特に鳥居のデザインに惹かれています。伏見稲荷神社ってものすごい数の鳥居が建てられていますよね。その鳥居ひとつひとつには寄付した人の名前や会社の名前が刻んであって、日本全国から日本人の信仰が集まっているんだなって感じられました。そのみんなの信仰を神様が守ってくれている、そんなありようを信じることのできる雰囲気がとても好きで、伏見稲荷神社には時々訪れています。
今は大学2年生で。残された大学生活の間で、神社やお寺の次に日本の庭園めぐりをしたいと思っています。卒業してからの進路はまだ具体的に考えられてはいませんが、日本と中国を行き来できるような仕事をしたいです。日本は大好きだけど、ふるさとは大切だから。お母さんお父さん、友達、おばあちゃんおじいちゃんはふるさと中国で待ってくれています。私にとって日本は好きな場所で、中国は帰る場所ですね。
<文:高橋保世、取材:服部千帆、三輪こいの、写真・動画・動画編集:片山達貴>
沙 ゲツヨウ Getsuyou Sha
京都造形芸術大学 環境デザイン学科 2年生。中国 広東省出身。日本のアニメや漫画をきっかけに神社やお寺に関心を抱く。東京の語学学校で1年間日本語を学んだ後、京都造形芸術大学に入学。
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高橋 保世Yasuyo Takahashi
1996年山口県生まれ。2018年京都造形芸術大学美術工芸学科 現代美術・写真コース卒業後、京都芸術大学臨時職員として勤務。その傍らフリーカメラマンとして活動中。
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片山 達貴Tatsuki Katayama
1991年徳島県生まれ。京都造形芸術大学 美術工芸学科2014年度入学。写真を学ぶ。カメを飼ってる。
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服部 千帆Chiho Hattori
1996年大阪府生まれ。京都造形芸術大学 アートプロデュース学科2015年度入学。人と人、モノを介したコミュニケーションを学びながらサバイバル中。人生のバイブルは「クレヨンしんちゃん」。
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三輪 こいのKoino Miwa
1997年岡山県生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科2016年度入学。趣味は音楽鑑賞で将来は音楽とデザインが関わる仕事に携わりたい。