INTERVIEW2017.04.02

京都歴史

「心の遊び場所」京都を走り続ける ーヤサカタクシー乗務員 奥村彰治さん [だから私は京都にいる#3]

edited by
  • 三輪 こいの
  • 高橋 保世
  • 服部 千帆

京都では、さまざまな人々が暮らし、学び、働いている。三つ葉のクローバーがシンボルマークのヤサカタクシーで22年間タクシーの乗務員を務め、74才となった現在も現役の乗務員として日々タクシーを走らせる奥村さんに「京都にいる理由」を聞いた。

 

自分ならもうちょっとうまくやる

ヤサカタクシーの本社である弥栄自動車に入社して、22年になります。ずいぶん長くタクシーの乗務員をしているんだなと自分でも驚きますが、続けられている理由は、この仕事と、この会社が好きだからでしょうね。現在は「観光タクシー」という、京都の観光ガイドを併せて行うタクシーに主に乗務しています。
京都には年間どのくらいの観光客がお越しになるかご存知ですか?なんと5000万人以上です。途方もない数の観光客の方が、「京都」の街を楽しみに上洛するわけです。
せっかく来ていただいたんだから、なるべくその方たちに「面白かった」「もう1回行きたい」と感じてもらいたい。観光タクシーの役割はそのお手伝いです。京都中にあるさまざまな観光地を、解説を加えながらまわっていくんです。京都駅から降り立っていちばん最初に出会い、大切な観光を共にさせていただくわけですから、観光タクシー乗務員の責任は重大です。
高校を卒業してから20年、パティシエとしてずっと洋菓子をつくっていました。菓子づくりを学ぶために、パリに留学したこともあるんですよ。一人前のパティシエとなってからは、京都に店を構えました。専門学校で若い人たちに菓子づくりを教えていたこともあります。
昔から歴史が好きだったものですから、店が休みの日には京都はもちろん、奈良、滋賀などの神社仏閣を観光してまわっていました。日本の歴史を学ぶことが趣味だったんですね。訪れた先々ではよくタクシーに乗りました。運転手さんの説明を聞くうちに「何だこんな説明でいいのか、自分だったらもうちょっとうまくやる」という気持ちがわきおこりました。今でこそ自分でも「驕っていたなあ」と感じますが、「やれるんじゃないか」という気持ちがだんだん「自分ならこうする」という空想につながっていったんですね。やがて、第二の人生としてパティシエの次にやるのだったら、タクシーに乗って観光の仕事に携わりたいと考えるようになりました。もちろんイメージ通りにうまくいくことばかりではありませんでしたが、仕事を通じて大好きな京都の歴史を学ぶことができて、学べば学ぶほどお客様にも喜んでもらえる。今の仕事にとても充実感を感じています。

パティシエとタクシー乗務員に通じること

観光タクシーの乗務員は、京都にまつわる知識を持っているだけでは務まりません。そうした知識を伝えるための技術、つまり「話術」が求められます。
私は専門学校での講師をしていたおかげで、「話術」が身に付いたのではないかと思います。私が教えていたクラスは、性別や年齢層もさまざまな方が学んでいました。授業中もただお菓子づくりのことを一方的に話せばよいのではなく、雑談もあれば相談もあります。そのためには豊富な話題も必要だし、話しやすい「間」も磨かなくてはいけません。潤滑にコミュニケーションをとるための話術が不可欠なんです。
他にもパティシエの経験が今の仕事に活きていると感じることがあります。京都には和洋を問わずたくさんのお菓子屋さんがありますよね。タクシーに乗車されたお客様から、場所や季節にあわせて「どこのお菓子がオススメか」とよく尋ねられます。そんなときに、パティシエ時代の研究を兼ねた食べ歩きの経験が活きてきます。おいしいお店、たくさん知っていますから。
パティシエだった頃は、少しでもお客様に「おいしい」と喜んでもらえるお菓子をつくることを目指して試行錯誤の毎日でした。それはタクシーの乗務員となった今も同じです。ただ目的地にお客様を送り届ければいいわけではなく、いかに乗車している時間を楽しんでもらえるか、毎日勉強しています。同じ運賃を払ってタクシーに乗車しても、降りたときの満足度、納得感は人によってちがうと思うんです。観光タクシーならなおさらですよね。

変わる京都と変わらない京都

いつまでも変わらないように見える京都の街にも、少しずつ変化が訪れています。まず、観光客の年齢層が平成に入ってからぐっと上がりました。また、通院のために乗車されるご年配の方も多いですね。産業の面では、京都の伝統である着物を取り扱う企業が少なくなってきています。西陣織でいえば現在の生産量はピーク時と比べ激減しています。必然的に出回る反物の量が少なくなり、京都の中心部室町通や新町通の問屋街にも影響しています。周辺のお店や町家が空き家になり、織物で栄えた地域にマンションが建ち始めています。かつては「室町通や新町通はなるべく通らない」というのがタクシー乗務員の常識でした。人や自転車がたくさん行き交っていて、問屋街ですから夜間に比べて昼間の人口が多かったんです。そんな通りですから、なかなか抜けられずにお客様にご迷惑をおかけしてしまう。ですが時代は変わって、今や室町通、新町通りは抜け道なんですよ。こんなところにも時代の変化を感じますね。
京都市内の景観も変わりました。ビルがたくさん建ち、コンクリートジャングルのようです。
ところが20分程度郊外に車を走らせるだけで、その景色は一転します。緑が豊かで、いくつもの歴史ある神社仏閣がひっそりとたたずんでいます。ハンドルを握っていても心が洗われるような場所が京都にはまだまだたくさんあるんですよ。

京都の郊外には豊かな自然が残っている

 

お客さまからの質問が学びのきっかけ

タクシーの乗務員を務めていてなによりうれしいのは、お客様に喜んでもらうことです。ちょうど今日、以前乗車してくださった東京の方からお礼のハガキが届きました。「あぁ、やっててよかったなあ」と感じる瞬間ですね。
他にも、札幌にお住まいのお客様で15年来お付き合いしている方がいます。一度ご家族をご案内したら私の事をよく思ってくださって、それから来られる度に呼んでいただけるようになりました。その方、早期退職をされて浄土真宗のお坊さんになったんですが、神社仏閣や名所旧跡との関連など、ご案内中にも自然と浄土真宗の話題が出てきます。そうすると浄土真宗についてこちらも勉強しないと説明が間に合わない。なにしろ相手はお坊さんですから。その度にとんでもなく勉強した覚えがあります(笑)
例えば、ご乗車されたお客様が帰り際に「秋に来たときにはあそこをまわりたい」と言ってくださることがあります。そうすると、お客様は事前に勉強をしてこられますよね。私ももちろん勉強します。双方が勉強しあって、乗車された際にお互いが知識を披露しあう。仕事を超えて楽しい時間です。そんなお客様が何人もいらっしゃいますよ。

遊びは学び その手伝いがしたい

京都で暮らしてみたいとおっしゃる方がいます。ですが京都は住む場所ではなく、「遊ぶ場所」ではないかなと私は思っています。それも「心の遊び場所」。ここでいう「遊び」とは、つまり「学び」のことです。京都にはどの地域にも学んでも学びきれない歴史が隠れています。それをひとつひとつ紐解いて、当時の人々の思いやこだわりに触れることが、私にとってはなによりの楽しみです。京都に観光に来られる方の多くはそうした学びに喜びを見出すことのできる方だと思います。その手助けが少しでもできたら……そんなことを考えながら、日々タクシーに乗務しています。

 

 

  • 三輪 こいのKoino Miwa

    1997年岡山県生まれ。京都造形芸術大学 情報デザイン学科2016年度入学。趣味は音楽鑑賞で将来は音楽とデザインが関わる仕事に携わりたい。

  • 高橋 保世Yasuyo Takahashi

    1996年山口県生まれ。2018年京都造形芸術大学美術工芸学科 現代美術・写真コース卒業後、京都芸術大学臨時職員として勤務。その傍らフリーカメラマンとして活動中。

  • 服部 千帆Chiho Hattori

    1996年大阪府生まれ。京都造形芸術大学 アートプロデュース学科2015年度入学。人と人、モノを介したコミュニケーションを学びながらサバイバル中。人生のバイブルは「クレヨンしんちゃん」。

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