山下重人さんは三歳で進行性筋ジストロフィーを患った画家、詩人である。この詩集には、サナトリウムで体外式人口呼吸器を外され、記録に残らない殺戮で失われた友の「花束を待つ十九歳の心臓」を抱いた山下さんがいる。生き残って大人になった山下さんは、筋ジス病棟の友と自身の青春の声なき声を詩のことばで迎えに行った。
中村純(京都芸術大学教授・詩人)
――『筋ジス病棟アドレサンス』(土曜美術社出版販売) 帯文より
藝術立国の同志、山下重人さんが初めての詩集を上梓されましたので、詩集の帯文を書いた教員と詩友の立場としてご案内申し上げます。山下重人さんは2025年3月京都芸術大学通信教育部芸術学部芸術教養学科を卒業されました。
1973年宮崎県で生まれた山下さんは、3歳の時に進行性筋ジストロフィーとわかり、7歳で絵描きを夢見ます。小学校5年生の時に、国立療養所徳島病院(現・独立行政法人国立病院機構とくしま医療センター西病院)に入院以来、絵画・作詞、作曲・現代詩の活動に取り組んでこられました。現在は仙台市在住でIT企業の社員をしながら、作品制作に取り組んでいます。
山下さんは、病と文学をテーマとした私の講座や、藝術学舎講師の苗村吉昭先生の講座の受講生であり、ゲスト講師も務めてくださいました。
https://shigeart.net/about(山下重人さんのWEBサイト)
藝術学舎の詩のワークショップに参加してくださった山下さんが、ペンマウスを使って書きチャットから送ってくださった詩は、残照のように私を照らしました。noteに詩を綴り続けた山下さんの詩を読みながら、いつかこの方は詩集を編むだろう、と思っていましたが、その願いは出会いから3年で実現しました。
山下重人さんは、フェイスブックに以下のように投稿しています(2026/9/28)。
1980年代、徳島の国立療養所で過ごした十代。
呼吸器、補装具、規則、廊下。
そこで生き、そこで逝った友たちのことは、どこにも記録されていません。
物に証言させるように、三十篇の詩を書きました。

体外式人工呼吸器
友人は、毎週土曜日を待っていた。四国放送のAMラジオ、夜十時。Sアナウンサーの番組「サタデージャンクションとんでもナイト」を。
ぼくは、消灯台の上に置いたカセットデッキに手を伸ばした。三分かけて指先を赤くしながら録音ボタンを押した。翌日、友人のベッドサイドでテープを再生するために。
友人は、体外式人工呼吸器を着けていた。胴体に亀の甲羅のようなものが置かれている。背中にビニールを敷き、分厚いテープで固定され、甲羅の真ん中から、掃除機のようなホースが呼吸器本体につながっている。空気圧で胸を押す。空気を抜く。これを繰り返す。首と腕の脇、足の付け根をガーゼとテープで密閉する。空気が漏れると圧が弱まるから。
友人は言った「今週も投稿したい」。
ぼくは、友人の言葉を聞き書きした。便箋に書き写した。ポストに投函した。何度か、番組で読まれた。友人は、笑った。甲羅の中で、胸が上下した。
九月、友人の誕生日。
その夜、Sアナウンサーが病棟に来た。花束を持って。
初対面。テレビで見た顔と、ラジオで聞いた声だけを知っていた人に、生で会った。Sアナウンサーは、友人が顔を見やすいようにベッドの横で立ちながら話した。笑った。三十分ほど。Sアナウンサーが帰ったあと、友人は言った。「来週も、録音してくれるか」。
その数日後の夜。
排便のために、甲羅を外す。通常、二人の看護師が必要。一人が甲羅を外す。一人が体を支える。その夜、来たのは一人だけだった。
ぼくはサークルの帰りに友人の部屋を覗いた。青白い顔。声にならない重い気配。長い沈黙。
ぼくは叫んだ。
「もうすぐだ、待ってろ、今見てくる!」
長い廊下を電動車椅子で走った。トイレを見た。男性看護師は、排便の後始末を続けていた。淡々と。無言で。
ぼくは急いで戻った。友人は、薄目を開いていた。一緒に待つことしかできなかった。片づけから戻っても甲羅はまだ外れていた。
三日後、友人は個室に移された。生活指導員から風邪を引いたと聞かされた。
九月末。
友人は、息を引き取った。
土曜日の夜、ぼくは一人でラジオを聴いた。録音ボタンを押した。テープが回った。Sアナウンサーの声が流れた。友人の代わりに手紙を書いた。感謝とお別れだけを添えて。
しばらく友人のベッドは、空いていた。カセットデッキだけが、消灯台の上に残っていた。
体外式人工呼吸器は、呼吸を延命する装置だった。
しかし、排便のために外さねばならなかった。
二人の看護師が必要だった。
その当然が、崩れる夜があった。
体外式人工呼吸器が守ったのは、呼吸ではなかった。
この呼吸器が守っていたのは、
花束を待つ、十九歳の心臓だった。
描くこと
足が不自由だから
他に楽しむことが見つからないから
何かを残した気になれるから
きのう確かにそこにいたと思えるから
何かしていると親が安心するから
趣味を持つことは良いと言われているから
入賞して少しはうまいと錯覚したから
絵筆を持つぐらいしか握力がなくなってきたから
続けているのは画用紙に向かうことだけだったから
多くの人がこの世界を知らないから
友が毎年絵だけを遺して別れるから
自力で座ることも難しくなってきたから
噛むあごの力も衰えてきたから
他に目と耳しか頼るものがなくなったから
多くの自由を人に委ねるようになったから
一枚の絵を描く
生きた証を描く
耐えた心を描く
僅かな欲を描く
ぼくらは
ただぼくらは描くことを宿命とされたのだ

詩集の刊行日となった9月28日は、この友達の命日で、亡きお父様の誕生日だそうです。
詩集は、土曜美術社出版販売のホームページよりお申し込みいただけます。
(文芸表現学科教員 中村純)
【書籍情報】
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『筋ジス病棟アドレサンス 山下重人詩集』
定価:2,200円(本体2,000円+税)
土曜美術社出版販売
【個展情報】
「山下重人絵画展 虹色の架け橋」



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