実際のところ学生時代はゲームにはさほど興味はなく、幼少期に観た「スター・ウォーズ」や「E.T.」に憧れて特撮映画の道を志していた。しかし先輩に誘われるままに始めたゲーム開発会社でのドット絵作成のアルバイトが切っ掛けで正式に開発チームに投入され、辞め時を見失っていた。やがてハードウェアのスペック向上に伴ってゲーム業界全体がドット絵中心の2Dゲームから3DCGのゲームへと移り変わっていく。そのとき私が描いた絵コンテ通りにCGスタッフたちが創り上げた壮大なファンタジー世界とそこで繰り広げられるモンスターや巨大メカの激しいアクションシーンを見て鳥肌が立った。そして自由自在にカメラワークや照明効果を調整し、キャラクターの演技指導をしながら、「これなら日本でもスターウォーズみたいな世界を創れるぞ!」と仕事場に寝袋を持ち込んでチーム一同夢中になって制作をした。今まさに時代が変わる瞬間を目の当たりにしているような、そんな興奮で毎日が刺激に満ち溢れていた。
その後マニアックなゲーマー向けのものから女児向けのもの、教育ゲームなどを開発していくなかで、もっとプレイヤーを夢中にさせるためにはどんな仕掛けが必要なのか?ついボタンを押したくなる工夫とは?どうすれば人は悔しいと感じ向上心が芽生えるのかと考え、これらの思考のメカニズムをゲームの中に実装していった。
現在は、そのノウハウを活かして京都芸術大学キャラクターデザイン学科にてゲームデザインとゲーミフィケーションの分野で教鞭をとっている。ゲームデザインとは、その名の通りゲームのルールを考案し体験をデザインするプランニング全般を指す。そしてゲーミフィケーションとは、ゲームが人を突き動かす仕組みを学習やビジネス等様々な側面に応用する考え方を指す。それらの授業の中で研究と制作を行い、プロの現場とは異なる学生ならではの斬新な発想に日々驚きと喜びを感じている。
しかしながら入学してくる学生たちの多くはゲーム開発に興味をもっていない。学科の名称が「キャラクターデザイン」なので、ゲームに登場するキャラクターのイラストを描きたいという者がほとんどであり、ごく稀にアナログゲームの制作やプログラミングに興味を持つ学生がいる程度である。
一年次の基礎授業を履修する学生は当然ゲームキャラクターの描き方を教えてもらえると期待するわけだが、毎回冒頭に「この授業ではツールのオペレーションや開発のHow Toといったゲームの作り方は教えません」と挨拶している。「この授業、大丈夫か?」「この先生、やる気あるのか?」そんな学生たちの心の声が聞こえてくるようだが、続けて「なぜ皆さんはゲームで遊ぼうとするのか」と問いかける。大抵の学生は「面白いから」と答える。
「なぜ面白いと感じたの?」
「ストーリーが面白いから」
「じゃあストーリーのない『テトリス』とか『ブロック崩し』はつまらない?」
「いえ…面白い…ですね」
「なんで面白いの?」
「えーと…それは…」
と、こんな具合で授業が始まる。
ゲームの歴史に関する講義の中で、1962年にMITの研究室から生まれた「Spacewar!」に始まり、昨今のNintendo SwitchやPlayStation 5までの若干60年間のデジタルゲームの歴史について触れた。今の学生が生まれる前にリリースされたファミコンや海外のPCゲームの話では皆退屈そうにしているが、彼らが知っているであろう15年ほど前の歴史に差し掛かると眠気も吹き飛んで前のめりで授業を聞いている。(一年進むごとに「さあ、みんなが生まれてくるまであと〇年ですよ」と煽ると居眠りせずに授業を聞いてくれるところが初々しい)
しかしこの講義の中で重要なのはゲームタイトルの紹介ではない。たかが60年足らずの歴史の中で、白一色の記号だけで表示されていたゲームが発展してアーケードゲームが生まれ、それが一般家庭に普及し、半導体の向上に伴って処理速度や解像度が上がり、インターネットによって世界のプレイヤーがつながる。更にタッチパネルやジャイロセンサー、ジェスチャーデバイスが生まれて遊び方の幅が広がった。スマホの登場、eSportsやゲーム実況配信、NFT(Non-Fungible Tokenの略語で、デジタルデータでありながら唯一無二の価値を持つ資産)、ブロックチェーンによってビジネスの在り方が変わり、北米ではハリウッドの映画産業を超えるエンタメビジネスとして巨大化した。そしてAIの登場。たかだか60年の間にである。
このスピードでゲームが進化するということは、今年入学した学生が卒業する4年後などゲーム業界がどうなっているのか予想がつかないため、今流行っていることを教えるのはナンセンスである。だからこそ本質的な面白さや人を動かす原動力について理解を深め、どんなテクノロジーを用いようとも変わることのない普遍性、つまり人間についてしっかりと研究する必要がある。
ちなみに冒頭でゲームのゼミを立ち上げてから13年が経ったと述べた。今から13年前(2011年)のゲーム業界はどうだったか。「Nintendo 3DS」が登場し、3D眼鏡を装着しなくても裸眼での立体視が可能になったことで話題になった。
またこの年はオンラインゲーム市場をソーシャルゲーム市場が上回った。それまでコンシューマゲーム(家庭用ゲーム機)で遊んでいた世代から、スマホゲームへと移行しはじめたタイミングである。ゲームソフトを店舗で購入する「Pay to Play」のスタイルから「Free to Play」つまり無料ダウンロードを行い、アプリ内で課金をするシステムが定着し始め、これによってゲームビジネスが大きく変化した。そんな風に、単に新製品がリリースされて絵のクォリティが上がったとかデータ容量が増えたといったレベルの変化ではない。
そもそもゲームとは定義すらままならないメディアである。
「暇つぶし」「勝敗があるもの」「駆け引きがあるもの」「インタラクティブなもの」「射幸心を煽るもの」など、ゲーム開発者によって考え方は様々である。なぜゲームが定義できないのかといえば、それはテクノロジーの進化に依存する媒体であることに他ならない。
私は授業の中ではこう定義している。
「ゲームとは玩具であり表現物であると同時に、表現者とプレイヤー、もしくはプレイヤーとプレイヤーの相互関係を孕む「究極の総合芸術」である」
ゲームとは、日常を観察して発見した疑問やそこで生まれた様々な感情を誰かに伝えるために仮想空間上に再構築したものであるともいえる。
任天堂の『スーパーマリオブラザーズ』は、アスレチックで遊ぶ子供たちの顔が笑顔に満ちている点に開発者が着目し、歩く・走るといった日常の中に「ジャンプする」という非日常が加わることで人は喜びを感じているのではないかと仮説を立てた。そして、ジャンプの行為が面白いと感じられるようなゲームとして再構築したのである。このゲームでは、ジャンプすることで、次の足場に飛び移る、敵を踏む、下から突き上げるといったアクションへと派生していく。そして次のステージへ進むためのモチベーションをデザインする上でストーリーを加えている。ピーチ姫というヒロインを悪のボスから救出することが目的なのだが、これはステージとステージをつなぐための物語であってゲームの主軸ではない。ピーチ姫のことを想いながらゲームで遊ぶプレイヤーなど少なくとも私は見たことがない。つまりゲームの本質とはストーリーやキャラクターではなく遊んで楽しいと感じる仕組みそのものなのである。
初回の授業においてこのように説明すると、学生たちはこの授業の主旨を徐々に理解し始める。
「おもしろさ」とは一体何なのか。
ゲームを作るためには身の回りの現象や人間に対する観察力とそこからテーマを深堀りする思考力、そしてそれを仮想空間上に再構築する発想力と表現力が必要となる。そして「おもしろさ」を学ぶことでどんな力が身に付き、それをどの領域でどのように活用するべきなのか。そんな話をすると、入学時に「ゲームのキャラクターイラストを描きたい」と話していた学生たちが少しずつ「遊びを生み出す」「人を動かす仕組みをつくる」と気持ちが変わりはじめ、一年次の終盤ではゲームデザイナー(プランナー)を志すようになってくる。
「ゲーム制作基礎」の授業風景。まずはアナログゲームの制作を通してゲームデザインの基本を学んでいく。
授業の休憩時間。遊びを通して心が動かされる理由を検証していく。ただ遊んでいるだけのように見えるかもしれない。そう、ただ遊んでいるのである。
私のゼミでは「遊びの力でセカイを面白くする」という理念のもと、京都でゲームを研究する大学や京都府、ゲーム関連企業を巻き込んで活動の幅を広げてきた。
京都には立命館大学のゲーム研究センターのほか数多くの大学でゲームを研究・制作をしている。その他にも京都には、座敷遊び、リアル脱出ゲーム、BitSummit(世界最大級のインディーゲームの祭典)、そして任天堂をはじめとする多くのゲーム開発企業が密集しており、まさにゲームの発祥地としてこれを研究する最高の環境が整っている。
これからも学生と共に面白さの研究を深め、本学から新しい価値を発信していきたい。
文・イラスト=村上 聡
京都芸術大学 Newsletter
京都芸術大学の教員が執筆するコラムと、クリエイター・研究者が選ぶ、世界を学ぶ最新トピックスを無料でお届けします。ご希望の方は、メールアドレスをご入力するだけで、来週水曜日より配信を開始します。以下よりお申し込みください。
-
京都芸術大学 広報課Office of Public Relations, Kyoto University of the Arts
所在地: 京都芸術大学 瓜生山キャンパス
連絡先: 075-791-9112
E-mail: kouhou@office.kyoto-art.ac.jp