「あそび」とのかけ算でポジティブな未来をデザインする — 2014年度卒業生・田嶋宏行さんの遊具開発プロジェクトがグッドデザイン賞大賞を受賞!
- 上村 裕香
風が日増しに冷たくなり、秋も深まる11月、寒さを吹き飛ばすニュースが入ってきました! プロダクトデザイン学科卒業生で、現在は株式会社ジャクエツ(以下:ジャクエツ)でデザイナーを務める田嶋宏行さん(2014年度卒)の遊具開発プロジェクトが、今年度のグッドデザイン賞で大賞を受賞しました!
「グッドデザイン賞」とは、1957年に旧通商産業省によって設立された「グッドデザイン商品選定制度」を継承する、日本で唯一の総合的なデザイン評価・推奨のしくみです。単にものの美しさを競うのではなく、産業の発展とくらしの質を高めるデザインを、身の回りのさまざまな分野から見いだし、広く伝えることを目的としています。
2024年度は4月1日から募集を開始し、5,773件が審査の対象になりました。グッドデザイン大賞は、今年度グッドデザイン賞を受賞した1,579件のなかで、最も優れたデザイン1件に贈られる「内閣総理大臣賞」です。
(「グッドデザイン賞」公式ホームページより引用:https://www.g-mark.org/)
今回の記事では、田嶋さんが取り組んでいる遊具開発プロジェクト「RESILIENCE PLAYGROUND プロジェクト」の内容やプロジェクトに込めた思い、学生時代の学びについてお聞きしました。
「あそび」×「医療」
田嶋さんがデザイナーを務めた「RESILIENCE PLAYGROUNDプロジェクト」は、老舗遊具メーカーのジャクエツによる障がいの有無に関わらず誰もが遊ぶことのできる遊具を開発するプロジェクト。医師や地域との連携のもとで、障がいを持つ医療的ケア児*1 も健常児も分け隔てなく一緒に遊べるデザインを実現しました。
田嶋さんは2015年3月に本学を卒業し、ジャクエツに入社。スペースデザイン開発課で遊具や遊ぶ空間のデザイン・設計を担当してきました。2019年にはアルミ製遊具「PLAYCOMMUNICATION」でグッドデザイン賞・キッズデザイン賞を受賞しています。
*1 医学の進歩を背景として、NICU(新生児特定集中治療室)等に長期入院した後、引き続き 人工呼吸器や胃ろう等を使用し、たんの吸引や経管栄養などの医療的ケアが日常的に必要な児童のこと(厚生労働省の定義に拠る)
今回のプロジェクトを立ち上げたきっかけは?
田嶋さん:ジャクエツでプロジェクトを立ち上げる前、2020年の冬ごろから『XSCHOOL』という80日間のプログラムに個人的に参加したことです。福井市の地域住民の方々や全国から公募したデザイナー、医師、編集者など専門性の異なるメンバーが福井に集ってプロジェクトに取り組みました。ちょうどそのころ、ぼくは入社6年目で『総合遊具』と呼ばれる領域のデザインを多く経験していました。一方で、『障害児遊具のデザインをしたことがない』ことにモヤモヤを抱えていて。『XSCHOOL』にはオレンジキッズケアラボ代表で医師の紅谷浩之先生や、ケアスタッフ、ケアが必要な子どもたち、領域を飛び越えて軽やかにデザインするプレイヤーたちなどがいて、そこにぼくが飛び込んでいった形です。
2020年の「XSCHOOL」のテーマは「医療」。男女や国籍、障害などの多様な属性を包括するプロダクトを考える中で、ぼんやりとしたテーマになってしまうという悩みを抱えていました。「医療的ケア児も遊べる遊具」に辿り着いたのは、そんなときに紅谷先生が「一番『あそび』というところから遠い子たちに向けて作るのが正解じゃないか」と提案してくれたからなのだそう。
田嶋さん:それまでも、車椅子ユーザーも遊べるブランコとか、自閉症の子どものためのハウス遊具とか、特定の障害にアプローチしている遊具はあったんですが、医療的ケア児たちはそのどれも満足に遊べないという状況でした。
『XSCHOOL』で医療的ケア児の保護者の方にヒアリングをしたり、0歳から現在までのあそびの記録を見せてもらったりする中で、『遊びたくても遊べない』子たちがいるという課題が浮き彫りになっていきました。現在、医療的ケア児は全国に2万人いるとされています。医療の発達によって重大な障害があっても救われる命が増え、今後も増加していく傾向にあります。そこで、医療的ケア児の抱える『3歳になるまで、友達とまったく遊んだことがない』『遊ぶ機会がなく、笑顔が極端に少ない』といった課題を解決するために遊具を開発できないかと考えました。
引き算でデザインする
「XSCHOOL」でのワークショップなどを経て、田嶋さんの働きかけもあって翌年からジャクエツでのプロジェクトが動き出します。社内では遊具の安全性や、マーケットの狭さを心配する声もあったといいます。「XSCHOOL」でともに活動していた医師や地域のメンバー、メディアの方々からの応援もあり「とりあえずやってみよう」とプロジェクトが始動してからも、不安視する社員は少なくない状況でした。
そうした状況をどうやって打開したんですか?
田嶋さん:否定的な人たちをプロジェクトに巻き込んでみる、ってことをしました。
田嶋さん:これは医療的ケア児のお子さんが検証遊具で初めて遊んだ様子です。このお子さんは遊具に寝かせただけで、揺れて動いて遊んでくれました。この検証に安全性を不安視する社員たちも巻き込んで、その様子を一緒に見てもらったんです。否定的な人たちには『医療的ケア児は遊べないだろう』という先入観があって、でも、現場にいるケアスタッフやぼくたちは『XSCHOOL』でハンモックに揺られて遊んでいる医療的ケア児を見ているわけですよね。そのギャップを埋めるために実際に見てもらいました。
実際に遊具開発に進んでからは、困難だったことはありますか?
田嶋さん:プロダクトデザインの段階に進むと、感覚刺激に対する配慮やストレスの少ない遊具作りが難しかったですね。
公園遊具をデザインするときには、運動機能を養うパーツがあればあるほどいいんです。こっちには雲梯(うんてい)棒がついて、あっちには滑り台がついているみたいに、ちがう機能をたくさん作っていく。でも、医療的ケア児も遊べる遊具を考えるのは『引き算で作っていく』デザインでした。医療的ケア児の中には感覚刺激を痛いと感じる子もいるので、それを減らす必要があるんです。ブランコひとつとっても、感覚刺激がたくさんある。鎖の匂いとか冷たさとか、景色の変化、赤色が痛いと感じる子もいます。あとは、遊具ネットが体に食い込んで痛い子も。そうすると素材が限られていくんですが、それがむしろ余白感のある遊具に繋がっていった部分もあると思います。あとは、医療的ケア児にだけ向きすぎてしまうとマーケットがニッチになって売れないので、健常とされる子と医療的ケア児が一緒に遊ぶことができるように、分断のない遊具のデザインを目指しました。
媒介となる遊具を
そして、開発した3つの遊具がこちら。寝たきりの子がひとりで乗ることができ、僅かな力でも動かすことができるので、揺れのフィードバック感を楽しめるよう設計されています。
3つの遊具は2022年6月から発売開始され、幼稚園、保育園、公共スペースなど、3年間で130基以上が出荷されました。
田嶋さん:YURAGIが最初にデザインしたものですね。プロダクトとしてはトランポリン遊具なんですが、あえてトランポリンの真ん中に穴を開けているんです。
通常、大きく跳ねることを目的にしている場合にはこの真ん中で跳ねるわけですが、その場合は医療的ケア児と健常とされる子が一緒に遊ぶことが難しい。寝たきりの子が真ん中に吸い込まれて、接触しちゃったり踏まれちゃったりするんです。でも、真ん中に穴を開けておくと揺れが小さくなるので、寝たきりの子でも隣で健常とされる子が跳ねていたらその子の揺れを感じて、一緒に揺れの繋がりを楽しめるんじゃないかと考えました。医療的ケア児と健常とされる子の媒介となるものを模索した結果生まれたプロダクトですね。
田嶋さん:KOMORIはブランコ遊具です。景色の変化やチェーンの冷たさなどの感覚刺激から医療的ケア児を守りつつ、本来の『ブランコで揺れるあそび』をどう抽出していくか悩みました。結果、視界をできるだけ狭めた『こもり空間』に辿り着きました。
この形がいいのは寝た姿勢のままでも乗ることができることと、座面がお皿型なので背中がぴったりくっついて落下しづらいことですね。
田嶋さん:UKABIはお皿型のスプリング遊具です。スプリング遊具といったら馬形のものを想像しますよね。実際、いま公園にあるスプリング遊具はほとんどが馬形なんです。その形がお皿型になるだけでも、その地域にいる医療的ケア児の子どもたちと家族が公園に出てあそびに参加できることがすごく大事なんじゃないかと思って、スプリングのあり方を見直しました。またがらなくても乗ることができて、揺れのフィードバック刺激を楽しめます。白を基調とした薄い水色や淡いピンクなど、刺激の少ない色を使用しました。
「コトとモノ」の両輪で
現在、各地の幼稚園、保育園、公共スペースに設置されたこれらの遊具はますます広がりを見せています。実際に遊具を利用した医療的ケア児の家族からは「うちの子は他の子とちがうから公園に出られない、という心理的な壁が取り払われた」と言っていただけることもあったそう。医療的ケア児も遊ぶことのできる遊具によって、あそび場の在り方が変わっています。
田嶋さん:この遊具で医療的ケア児たちが堂々と遊んでいる様子を発信することで、『うちの子も遊んでいいんだ』と思ってくれる保護者の方もいるんです。遊具を通して『遊びたくても遊べない』子たちを外に出してあげる。それによって、人の意識はどんどん変わっていくんだと思います。
今回の受賞で、プロジェクトに様々な評価をいただきましたが、ぼくは『コトとモノ』の両輪で発信できたことがよかったなと思っています。つまり、医療的ケア児の現状という『コト』を知って、遊具という『モノ』を作った。その結果、遊具というプロダクトを通して、世間にその現状を発信することができたわけですよね。普段、学校で受け入れることが難しかったり、見えないとされてしまっていたりする子たちを、遊具を通して可視化できた。そこがよかったし、評価していただけたのかなと思います。
田嶋さんのデザインした遊具を通じて、いままで世間一般に可視化されてこなかった社会の課題が浮き彫りになったんですね。「RESILIENCE PLAYGROUNDプロジェクト」について、審査委員からは「このプロジェクトは、さまざまな特性を持つ子どもたちと医療・ケア・地域という分野を超えた協働によって具現化された、貴重な事例であると言える。遊具があるということは、家族が共にいられる居場所があるということでもある。今後も多様な家族がいる風景を日本に広げていくことを期待したい」とコメントが寄せられました。
デザインで目指す社会
田嶋さんは、プロダクトデザイン学科で学んでいたときからKOKUYO株式会社との産学連携プロジェクトなどに参加し、「あそび」や「子ども」とプロダクトの関係を考えてきました。
KOKUYOと協働した「PLAY—まなびのためのあそびプロジェクト」で、田嶋さんは愛情表現のひとつであるハグを促すプロダクトを制作したそう。
自分の想いと相手との間にワンクッションを置くことで、「大好き」を伝えることをもっと簡単にするツールです。ハグを促せるような、動作の媒介になるようなものを作りたいと試行錯誤を繰り返しました。「アウトプットが自分の想像以上に可愛くなりすぎちゃって、自分のデザインの雰囲気とちがうなと思いながら作っていました」と苦笑いする田嶋さん。KOKUYOの社員さんからフィードバックをもらい、学びを深めていきました。
田嶋さん:1〜2年生の学科の授業は、3Dデータの設計をするソフトを触って、画面上で家電を作っていく授業が多いんですが、KOKUYOのプロジェクトはちがったので印象に残っています。KOKUYOのプロジェクトでは、こども芸術大学の子どもたちに会いに行って、ダンボールと発泡スチロールで作った模型で遊んでもらったり、感想を聞いたりしました。実際に子どもに遊んでもらうと、自分の思惑と全然ちがうことが起こるから、フィジカルなデザインプロセスを学べました。その後、ほかの産学連携授業にも参加して、ぼくはディティールのデザインよりも、『コトとモノ』をじっくり考えるような領域の方が合ってるな、と進みたい道が見えてきました。
いまプロダクトデザインを学ぶ学生に一言お願いします。
田嶋さん:ぼくは産学連携プロジェクトにたくさん参加していたタイプで、社会人になっても社内だけじゃなく社外に目を向けることが多かったです。いまは専門分野や地域などの壁を越えて、『越境していくプロジェクト』が多いので、学生のみなさんにも外に出ていってほしいなと思います。デザインも人と話す中で熟成されていくと思いますし、今回のプロジェクトも人との繋がりがあるから進めることができました。人を巻き込んで、繋がりをたくさん持ってほしいなと思います。
田嶋さんがプロダクトデザインを通して目指す未来とは?
田嶋さん:難しい質問ですね(笑) ぼくがプロダクトデザインのテーマにしている『あそび』は、多種多様なかけ算ができる領域だと思っています。『あそび×サスティナブル』とか、『あそび×災害』とか、まだまだできることがあるし、今回取り組んだ『あそび×医療』のテーマでもできていないことがたくさんあるので、そこは徹底的にやっていきたいです。いまのプロジェクトをやっていく一方で、あそびという切り口と社会問題とを繋ぎ合わせて、遊具に縛られず『あそび』をデザインして、社会をポジティブに見せていけるといいなと思っています。
『あそび×〇〇』で、どこまでも未来は広がっていきそうです。新たなプロダクトで、世界がどんなものになるのか。期待して見つめていきたいですね。
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上村 裕香Yuuka Kamimura
2000年佐賀県生まれ。京都芸術大学 文芸表現学科卒業。2024年 京都芸術大学大学院入学。