INTERVIEW2024.11.11

文芸教育

『「光彫り」新しい光の源泉-ゆるかわふうの可能性と広島県ウッドワン美術館の追求』――文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信

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  • 京都芸術大学 広報課

建築用断熱材料「スタイロフォーム」を用いたオリジナル技法「光彫り」のアーティスト・ゆるかわふうさん(以下:ゆるかわさん)の個展が2024年9月28日(土)~12月8日(日)にかけて広島のウッドワン美術館で開催されている。
ゆるかわさんにとって初となる中国地方の展覧会であり、2024年の3月から数えると京都、長崎、東京、茨城に続く5つ目の展覧会になる。

実は今回、インタビューを担当した京都芸術大学文芸表現学科の轟木は京都会場の展示でスタッフをしていた。ゆるかわさんや他のスタッフと交流を深める中で、ただの観賞者では知りえない魅力を知ることができた。

だが当然、作家をゆるかわさん一人に限定しても、全ての展示に関わるわけではない。
半年にわたり様々な地で展覧会をされてきたゆるかわさん。その中で生まれた魅力的な作品の背景、そして展示に密接に関係する美術館と学芸員についてお話を伺った。

左:轟木 右:ゆるかわさん
「光彫り」作家:ゆるかわふう

「光彫り」の表現

ゆるかわさんを知っていく前提として「光彫り」は避けて通れない。
建築用断熱材「スタイロフォーム」の表面を凹凸に彫り、背後から白色LEDライトを透過させることで光の陰影が生まれ、断熱材と光の色彩で表現する新感覚アートである。
従来の画材ではなく我々の日常にひっそりと使われている工業製品によって、従来ではできない表現を可能にしている。

『光のもとで』2018年 上:電源オン 下:電源オフ ※設営途中

この技法を使われているのはゆるかわさんだけですよね。唯一無二の作品を作るにあたって難しいと感じるところはありますか?

ゆるかわさん:直観や感性で描くタイプではないので、求められているものを汲みあげて自分が描けるか、そこから新しい挑戦があるかどうかを考えたり、好奇心をもつようにしたいので結構悩むことは多いですね。でも大きなテーマとして空や宇宙、大海原のような広い空間をいかに額縁に収められるかっていうのを大事にしています。

『Deep Current』 2019年 ※設営途中

展示に対する姿勢

ゆるかわさんはたくさんの展示を開かれていますが、展示される際に意識されていることがあれば教えてください。

ゆるかわさん:どの展示でも2つのことを意識しています。
ひとつは展示する土地、場所にいらっしゃる方々をどのようにおもてなしするか。立地、建物、その土地に住んでいる人、お客様がどうすれば来ていただけるか、楽しんでいただけるかを考えています。
もうひとつは、美術館や学芸員への感謝。数多くいらっしゃる作家の方々から僕を選んでくださった期待に応えたいですね。その上で、作品のどこに共感してくださったのか、お客様に喜んでいただくためには、というあたりについて、会話を通して信頼関係を築きあげるようにしています。

ウッドワン美術館での展示ではどんなところにこだわられましたでしょうか?

ゆるかわさん:美術館の空間にはそれぞれ性格や味があるのですが、ウッドワンはモダンでありながら落ち着いた空間です。これはウッドワン美術館が株式会社ウッドワンを母体とし、木材をメインにした建材メーカーであることが起因しています。そのため美術館も大きな木で、美しく、こだわりをもって作られています。その空間に作品をどう合わせ、展示を作りあげるかという点にこだわったので、空間の大部分を占める木の風合いと「光彫り」の組み合わせを一番に見てもらいたいです。

展示する美術館の特性と作品の相性にこだわられたということですね。

ゆるかわさん:もうひとつ加えると、歩く度にコツコツって音がするんですよ。僕はそこも好きで、人が歩く音も空間の一部だと思ってます。そこからできる全体の雰囲気も含めて、来場する皆さまに楽しんでいただければと思っていますね。
あとは、新作です。ウッドワン美術館の展示に合わせて作らせていただきました。

表現の可能性と追求

ウッドワン美術館の展示にあたって、新たな挑戦からひとつの作品を制作された。
それは、草原に横たわる少女。

『木かげ』【光彫り】 ゆるかわふう2024年

ゆるかわさん:今までは展示ごとに福岡なら福岡の風景を、神戸なら神戸の風景をという形で土地の風景を新作としてお見せしていました。ですが今回、広島の風景でなくこのウッドワン美術館が所蔵する作品、黒田清輝(1866~1924年)の代表作といわれる『木かげ』を元にイメージして制作しました。

色々とゆるかわさんの作品を見てきたつもりですが、緑色の断熱材を使われるのは初めてですよね?

ゆるかわさん:緑色の断熱材を使ったのは初ですね。黒田清輝は僕の母校である東京藝術大学の大先生でもあります。その大先生の作品を吸収して僕なりの新しい作品、現代の『木かげ』を作りあげました。

『木かげ』 黒田清輝1898年

既存の作品を「光彫り」で描くという試みは面白いですね。実際に見比べるとモデルにされたということは伝わりますが、表現の仕方が違うだけでここまで変わるものなのですね。同じように「光彫り」で描いてみたいなという作品はありますか?

ゆるかわさん:僕が一番好きな作品は長谷川等伯(1539~1610年)の『松林図屏風』(1593~95年)なんです。真っ白の澄んだ霧の風景の中に墨で薄っすらと松が生えている光景を描いた作品。この作品は松も凄いんですが空気が凄い。本当に動き出しそうで素晴らしくて、そういう作品を描いてみたいと思います。ただ、描けるかわかんないし、よっぽどでないと積極的には描くつもりはないです。

筆者の見解になるが、この作品はゆるかわさん一人でできあがったわけではない。なぜならこの作品は展示のために制作された作品だから。
この展示には学芸員ひいては美術館の存在がある。
展示とはただ作家の作品を展示するだけではない。作家と学芸員の共同作業である。
特に、今を生きる作家にとっては重要なことだと考えている。

作家と学芸員、作品と展示の関係

展示を語る上で学芸員の意見は欠かせないものだ。ゆるかわさんの展示を担当されたウッドワン美術館の学芸員・松浦瞳さん(以下:松浦さん)に今回の展示について話を伺った。

今回の展示のきっかけは何だったのでしょうか?

松浦さん:まず私たちがゆるかわさんの作品を見て、ぜひ展示したいと思ったのがきっかけです。私たち学芸員でも見たことがないものですが、お客様にも「光彫り」という、まだ誰も表現していない技法を当館で体験してほしいと強く想いました。

ウッドワン美術館 本館入口

学芸員の松浦さんからウッドワン美術館の特色や魅力についてお伺いしてもよろしいでしょうか?

松浦さん:ウッドワン美術館は母体である株式会社ウッドワンの所蔵する美術品約800点を、展示公開する美術館として開館しました。企業コレクションを自然豊かな環境の中で味わっていただき、来場された方にとって1点でも好きな作品、印象に残る作品との出会いを提供する場を目指しています。

そういった意味では今回のゆるかわさんの展示はどのような狙いがあるのでしょうか?

松浦さん: 私たち学芸員も収蔵品を後世に残すという役割を持って仕事をしているので、ゆるかわさんの作品を通してうちの収蔵品の魅力を伝えたいという狙いがあります。今回であれば『木かげ』が特に該当しますが、それはこのゆるかわ展に限らず他の作品展においても収蔵品を紹介するコーナーを設けるようにしていますし、この先も続けるつもりでいます。

ウッドワン美術館新館2階 マイセン磁器展示室

収蔵品を残していくための工夫が、今回のゆるかわさんの作品に繋がったんですね。ちなみに、そうなると作品展を開催する作家を選ぶ基準として、収蔵品は関連づけられているのでしょうか?

松浦さん:わざわざ当館まで足を運んでいただくからこそ、美術に触れて興味を持っていただいたり、少しでも良い印象を持ち帰っていただきたいという想いはあります。また、当館の収蔵品を、どのように新しいお客様に見ていただけるかということも考えますし、これから未来を担う若い人たちにとって、収蔵品がどういった価値を持つのかというのは大きな課題なので色々考えて選んでいますね。

過去の展示

常設展、特別展に限らず、終了した展覧会は一回性を抱えている。展示する作品、構成、テーマ、数多の要素が絡まるからこそ展覧会において全く同じものはありえない。
作家は新しい作品と場所で、学芸員は違う作品やテーマで。
その都度、作家と学芸員はこれまでと異なる経験を蓄積していく。
ここからは作家と学芸員、2つの意見を交えて聞いていく。

ゆるかわさんはこの半年で幾つも展示をされてきましたが、特に印象に残った展示はありますか?

ゆるかわさん:どの展示も良いので優劣はないのですが、あえて言うのであれば京都の展示ですかね。まず、主催者である岩瀬さんが話を持ってきてくださったのですが、岩瀬さんはアートと直接の関係がない映像関係のお仕事をされていらっしゃる。僕をテレビで見て思い立って岩瀬さん自身で展示がしたい、京都のことなら任せておけ、と熱意をもって僕と一緒にやろうと企画を立ててくださいました。

(『白虎夜の娘』 2024年 京都展)

私も京都展には参加させていただきましたが、岩瀬さんの熱量は確かに凄かった。

ゆるかわさん:なにかを成し遂げるパワー。岩瀬さんの仲間を纏める力に触発されました。スタッフの皆さんも、僕の知らないところまで気を使ってくださいました。そういうところは本当に嬉しくて、ビジネスではない別の力のようなものが働いたと考えています。

松浦さん、京都の展示会では、和中庵という日本家屋が展示場所になりました。学芸員として美物館での展示とはどのような違いがありましたでしょうか?

松浦さん:京都の展示は私にとっても非常に良い経験でした。ゆるかわさんの作品は美術館でしか拝見していなかったんですが、和中庵という日本家屋での展示では、ゆるかわさんが意識されている日本画的な独特の世界観がより際立って見えました。
ああいった空間の見せかたは作品が本当に呼吸しているようで、そのイメージを美術館でも再現したかったんですけど、美術館では難しかったですね。

和中庵はかなり特殊な空間だったと思います。ですが、美術館という空間は劣らず違った魅力を作品に与えていると思います。

松浦さん:ありがとうございます。実は、京都の展示で気づいたことがあって、ゆるかわさんの作品は展示する高さを変えるだけでも随分イメージに変化があるんですね。ゆるかわさんとはその点について共有していたので、今回の展示では作品によって高さを変えるという工夫を行っています。

松浦さん:例えば海の中を泳いでいるクジラと白熊の2件ですね。この2つの絵の違いは深海を泳ぐクジラと水面スレスレで泳ぐ白熊ということで、泳いでいる海の高さが違うんですよね。そこで、展示室では同じ水面にいる生き物でも高さを変えて展示しています。

『YOU GOT WATER』 ゆるかわふう2019年 ※設営途中
左:『極北の空』 2021年 右:『うたかたの夢』 2020年 ※設営途中

松浦さん:見ていただくとわかると思うのですが、クジラは床から30cmほどにしているんですが、白熊はもっと高い位置にしています。さらに白熊は横に小さい白熊を配置し、母を見上げるような視点にしていたりと今回はかなり位置を工夫した展示になっています。
これは京都の展示や、その後の長崎の展示を参考にしてできたものです。

展示における時間とこれからの展望

ゆるかわさんの展示は膨大な時間をかけて準備される。
約3年半。これは今回の2カ月半の展示に至るまでに費された月日だ。
展示に費される時間は千差万別であり、これは作家・美術館によっても違う。

普段はどれくらいの時間をかけて企画から展示に至るのでしょうか?

松浦さん:展覧会によるところはあるのですが、ウッドワン美術館はだいたい2年~5年、短い場合は1年で行います。

――ゆるかわさんの展示はどれくらいの時間を費やされたのしょうか?

松浦さん:約3年半ですから、当館としては長期調整になりますね。
最初はゆるかわさんの作品について知ってから、色々とリサーチしたんです。その時期に神戸の神戸ファッション美術館で展覧会があったんですけど、コロナで伺えなかった。ただお客様の反応がとても大きい展示だったと聞いていたので、うちでもやらせていただけたらという話がでました。
少し時間を置いて、横浜そごう美術館で展覧会が開催されたときに、初めてゆるかわさんとやり取りをすることができました。
ウッドワン美術館で展示をするならどうなるかというお話をして、会場を見ていただいてからやろうということになったのが、約2年前です。

『約束の地へ』 2017年

全ての展覧会にあてはまることではないと思いますが、いま展覧会を開きたいという依頼があった場合、いつぐらいの時期に実現するものですか?

ゆるかわさん:だいたい3年ですね。とはいえ展示内容によってやはり違いますし、広島の場合は2022年の冬だから約2年で、京都の場合は2年もなかったんです。もちろん、場所の決定などもあるので正確な時期はいつ頃と断定はできないんですがやっぱりたくさんの時間をかけて準備していきます。

『In the beginning』 2021年

それではゆるかわさん、最後にこれからの展望についてお聞きしてよろしいでしょうか?

ゆるかわさん:光を追求していきたいです。「光彫り」という名前だけあって、光を使ってどれだけ目の前の風景を描けるのかということを大事にしているので。それは単に目に見える光だけではなくて、目で見たものから想像を膨らませて、そこから抱いた夢や希望を、新しい光として作っていきたいです。


このインタビューで、作家と学芸員の展示への背景をうかがった。
素晴らしい展示が「ウッドワン美術館」で開催されているが、その過程を知ることは作品を観賞する以上の理解を生み、いつもとは違う展示を体験できる。
「光彫り」の展示は2024年12月8日まで開催されている。ぜひ、ウッドワン美術館に足を運び楽しんでほしい。

【ゆるかわふうホームページ:https://www.yurukawafuu.com/
【ウッドワン美術館ホームページ:https://www.woodone-museum.jp/


京都芸術大学 文芸表現学科 社会実装科目「文芸と社会II」は、学生が視て経験した活動や作品をWebマガジン「瓜生通信」に大学広報記事として執筆するエディター・ライターの授業です。
本授業を受講した学生による記事を「文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信」と題し、みなさまにお届けします。


〇プロフィール
執筆 轟木天大
2022年京都芸術大学 文芸表現学科 クリエイティブ・ライティングコース入学

写真 富田鷹
2022年京都芸術大学 文芸表現学科 クリエイティブ・ライティングコース入学。

 

 

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