進々堂、京都芸術大学店。創業者渡仏100周年に遡る歴史と、未来への展望――文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信
- 京都芸術大学 広報課
2024年2月、京都芸術大学に老舗のパン屋「進々堂 京都芸術大学店」がオープンしました。今年は進々堂が創業111年、そして創業者がフランスパンを学びに渡仏してから100年を迎えた年でもあります。
京都の町といえば〇〇の町とたとえられることが多いです。有名なものでは学生の町、観光の町、ラーメンの町。
実は「パンの町」としても知られており、進々堂はそう呼ばれる所以の中核を担ってきたパン屋ともいえます。その理由は1世紀を越えても進化する歴史と美味しさです。
ここからは進々堂の歴史とともに、進々堂の顔ともいえるフランスパンと食パンについて、現社長・続木創社長のインタビューを交えながら紹介します。
進々堂の原点
1913年、創業者でありクリスチャンでもあった続木斉(つづきひとし)氏の「パン造りを通して神と人に奉仕する」という理念のもとに、進々堂は京都のベーカリーショップとして創業されました。
進々堂という名は、新約聖書の「すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目指して一心に走っているのです」という一節から名付けられています。(新約聖書「フィリピの信徒への手紙」第3章第13~14節より引用)
創業者の渡仏とフランスパン
進々堂においてフランスパンは重要な立ち位置にあります。1924年、創業者の斉氏が日本人最初のパン職人の留学生としてフランスに渡り、ノウハウを学んだからです。この留学の経験から進々堂でフランスパンの製造が始まりましたが、なぜ留学先にフランスを選択したのか、その理由を創社長に伺うと、理由として2点あげられました。
――ひとつは、創業者自身がフランス文学や印象派の絵画に憧れがあったこと。
もうひとつは、パンの本場のバゲットを学ぶため。
バゲットといえば、今ではフランスの代表的なパンですが、現在のパリッとした硬いバゲットとして普及したのは1880年頃。つまり約150年の歴史しかないと創社長は語ります。そこから日本でバゲットが、店頭に置かれ始めたのが進々堂の開業と同じくらいであり、斉氏もそういった巡りあわせでフランスに行きたいと考えたようです。
フランスパン、今と昔の違い
こういった経緯から進々堂では長年フランスパンの製造が行われています。しかし、日本でフランスパン、特にバゲットのようなハード系のパンを選択する人が増えたのは、ここ10年から15年ほど前だと創社長は語ります。その理由を社長に伺うと、
――良いパンとは柔らかくしっとりとしたパン、と考えられていた時代が長かった。そのため、斉氏もフランスパンを販売していたが、今とは状況が全く違っただろうね。
ハード系のパンに馴染みなかった当時について、創社長もクロワッサンやブリオッシュなどのパンは売れていたと考えていますが、ハード系のパンが売れていたかは疑わしいようです。
そもそも、日本でフランス料理などの西洋の食文化が大衆にも食べられるようになったのが、1970年代の大阪万博以降だといわれています。それゆえ、万博以前にフランスパンが愛でられたのは極めて稀だったのです。
100周年の「京小麦」、フランスの地産地消
日本のパン文化におけるフランスパンの立ち位置を考えると、現在が隆盛期ともいえます。そんな2024年、斉氏の渡仏100周年を迎えた年に新しい挑戦が開始されました。
それが、4月から販売されるようになった京小麦シリーズ。これは、これまで使用されていた北米産の小麦ではなく、地元京都の小麦を使用することに重きを置いた取り組みで、フランスのパン文化を体現することに挑戦しているそうです。
フランスのパン文化の特徴のひとつとして、地産地消があげられます。フランスでは『パンは農作物』と考え、その土地で育てた小麦を使ってパンを作ります。小麦の品質が悪くても他の地方の小麦を使いません。そして、日本ではそういった文化はなくどの小麦を使っても同じ出来に仕上げます。品質の違いを販売側も消費者側も許さず、『工業製品』のようにパンを作るのです。
「京小麦」、未来への展望
進々堂は「京小麦」の商品を単発で終わらせるのではなく、増やしていく方針を掲げています。その理由を尋ねると、京小麦の農作問題にあるといいます。
まず、京小麦の年間収穫量は約300トン。京小麦以外で使用される進々堂の小麦はほとんど北米産小麦であり、進々堂が一年間で使う小麦粉が約800トン。現時点では京小麦のみで進々堂一社分も賄えない収穫量です。つまり京小麦の商品を増やすにしても限りがある。そこで創社長はこう仰います。
――京都の事業家である進々堂が積極的にコミットすることで、農家が安心して小麦の作付面積を増やしたいと思える状態を目指したい。
小麦は裏作に分類されます。しかし現状、京都の農家さんが積極的に選ぶ作物ではありません。しかし進々堂を筆頭とするパン屋が、京小麦を積極的に使うことで、京小麦の収穫量も増えるという好循環が生まれます。
京都市内にはパン屋が沢山あるからこそ、他の県とは違う個性を出すためにも良い取り組みなのではないかと創社長は語ります。
進々堂食パンの原点『デイリーブレッド』
フランスパンと並び、進々堂の顔と称される食パン。現在こそ『ウインザー』や『醍醐味』、『雑穀生活』など様々な種類の食パンが人気商品として販売されていますが、原点ともいえる商品が1952年に販売を開始された、日本初のスライス包装食パン『デイリーブレッド』です。
この時代、アメリカなどの海外ではすでに、スライスされて食べやすくされた食パンが販売されていましたが、日本ではまだでした。
そこに日本で初めて目を付けたのが、先代社長の続木満那。当時購読していたアメリカの雑誌からスライス包装食パンのことを知り、日本でも販売しようと思い立ちました。
進化する『デイリーブレッド』
『デイリーブレッド』は現在、『ウインザー』、『エンゼルゴールド』、『プリミエール』の3種類に分かれて販売されています。
『ウインザー』はバターを練り込んだやわらかな食感と口どけの良い食パン、『エンゼルゴールド』は生クリームをふんだんに詰め込んだリッチな食パン、『プリミエール』は小麦本来の美味しさを引き出した食パン、と3者3様の個性のある品揃えとなっています。過去には『デイリーママ』という商品も販売されていましたが、熾烈なレギュラー争いに敗れ、現在の3種類に落ち着きました。
そして今度は『エンゼルゴールド』の代わりに『マイディア』という新商品が販売されるそうです。この商品は乳製品と卵を一切使わずに作られた食パンになっています。そのため、アレルギーが気になる方や乳製品を避けている方など幅広いお客様にお召しあがりいただけます。
――『マイディア』は初め、『乳玉抜き食パン』という名前でした。社内では今もそう呼ばれています。
現代の食パンの原点とも言える『デイリーブレッド』はこれからも進化をし続けます。今後も進歩の手を緩めない姿勢からは目が離せません。
健康に気を遣った食パン『全粒生活』『雑穀生活』
『デイリーブレッド』シリーズとは別に、『雑穀生活』シリーズ、そして『全粒生活』シリーズという食パンがあります。これらは「カルシウム」や「食物繊維」などの、生活に欠かせない栄養素を効率良く摂取するために作られた商品です。そこには2つの思いが込められていました。
ひとつは、精製度を低くし、自然の恵みを味わってもらいたいという思い。
もうひとつは、生活に必要な栄養素をサプリに頼らず、天然の素材から摂れるようにという思いです。
『雑穀生活』シリーズは当初、「これを食べれば半日分の鉄分を摂れる」といったような謳い文句で販売を試みたようですが、売れ行きは芳しくありませんでした。
効能を謳うよりも、より美味しく食べてもらいたい。方針を変え、改良を進めた結果、今の人気につながっているそうです。
『醍醐味』から窺い知れる、進々堂のパン作りへのこだわり
『醍醐味』は小麦本来の美味しさを引き出すために食塩・砂糖・油脂・イーストを最小限に抑えた、さっくりとした食感が特徴の食パンです。
商品名からしてこだわりの強そうな食パンですが、由来は東京都杉並区にあった『醍醐味』という店名のパン屋さんにあります。
このお店は、大地修造先生という、新幹線の開発にも携わったエンジニアが編み出した製法を用いたパン作りをしていました。大地先生は胃腸が弱く、従来の製法で作られたパンはなかなか食べるのが難しかった。そこで、胃腸が弱い人でも食べやすいパンを作ろうと思い立ち、パン作りの研究を始めたといいます。
現在では一般的となっているオートリ―ズという製法があります。この製法は、小麦粉と水だけを混ぜた生地を一度寝かせることで、伸びの良いパン生地を作るのが特徴です。大地先生はこのオートリ―ズをさらに改良し、通常よりも多くの水分を含ませた生地を寝かせる製法を編み出しました。その結果伸びが良く、火通りが良く、さらには口どけの良いパンに仕上がります。
この話が書かれた本を創社長の父、続木満那先代社長が読み、社員を『醍醐味』というお店に行かせて学ばせてもらったそうです。
――『醍醐味は生地膜が薄く伸びるんだ。だから食べやすい。
続木満那先代社長が最後に開発した『醍醐味』は当時から現在に至るまでほとんど手が加えられてきませんでした。それほどに完成された美味しさ、ということでしょう。
こだわり抜かれているのは『醍醐味』だけではありません。
進々堂で作られている食パン全てに共通するこだわりが大きく2つあります。
ひとつ目は“火通りの良さ”。端的に言えば、水分がしっかり抜けた軽いパン。火通りの良いパンを作るということは、短時間でも火が通りやすいパン生地を作るということです。
進々堂の製パン理論は、火通りの良いパン生地を作ることにあります。そうすると口どけも消化も良いパンが出来るのですが、まだこれを重視したパン屋は少ないそうです。
ふたつ目が“混じりけのない美味しさ”。
ひとつ目の“火通りの良さ”が前提にないと出来ないこだわりで、小麦やバターなどの素材本来の美味しさが素直に表現されているかどうかを重視しています。
また創社長は、乳化剤や改良剤をなるべく使わないよう意識しているとも仰っていました。それらは決して体に悪いわけではなく、パン作りをしやすくなるというメリットがありますが、なるべく最小限しか使わないようにしているとのことです。
これらのこだわりは今後のパン作りにも引き継がれていくことでしょう。
進々堂のこれから
進々堂は2020年に新工場を建設しました。新工場を建てた一番の目的はホテル・レストラン向けの営業を強化すること。ひいては冷凍フランスパンを事業の柱として伸ばしていきたいからだと創社長は仰いました。
国内でフランスパンが主食として食べられるとしたら、それはフランス料理やイタリア料理が食べられる時。そうなると自然とターゲットはホテルやレストランになるわけで、そういったところに一目置かれるようになりたい。
『一流の料理人さんの名脇役になりたい』
この事業を進める際、社長や社員さんがよく言った言葉だそうです。
進々堂直営のフランス料理店『ルボンヴィーヴル』では焼き立てのパンは一切使用せず、全て冷凍パンが使用されています。「他所にお勧めしている冷凍パンを、自分たちが使わないのはおかしい」という考えからそうしているとのこと。
また今年2月には、京都芸術大学前に新たに進々堂がオープンしました。
今後もこういった店舗拡大は年1店舗のペースで続けていきたいと創社長は語っておられました。
「もっと美味しいパンを作りたいし、もっと新商品を出していきたい」ペースを緩めることなく歩み続ける力が、進々堂にはあるようです。
京都芸術大学 文芸表現学科 社会実装科目「文芸と社会Ⅱ」は、学生が視て経験した活動や作品をWebマガジン「瓜生通信」に大学広報記事として執筆するエディター・ライターの授業です。
本授業を受講した学生による記事を「文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信」と題し、みなさまにお届けします。
(構成・執筆:文芸表現学科 小澤竜弥、轟木天大、富田鷹)
〇プロフィール
執筆 小澤竜弥
2020年京都芸術大学 文芸表現学科 クリエイティブ・ライティングコース入学。
執筆 轟木天大
2022年京都芸術大学 文芸表現学科 クリエイティブ・ライティングコース入学。
執筆 富田鷹
2022年京都芸術大学 文芸表現学科 クリエイティブ・ライティングコース入学。
京都芸術大学 Newsletter
京都芸術大学の教員が執筆するコラムと、クリエイター・研究者が選ぶ、世界を学ぶ最新トピックスを無料でお届けします。ご希望の方は、メールアドレスをご入力するだけで、来週水曜日より配信を開始します。以下よりお申し込みください。
-
京都芸術大学 広報課Office of Public Relations, Kyoto University of the Arts
所在地: 京都芸術大学 瓜生山キャンパス
連絡先: 075-791-9112
E-mail: kouhou@office.kyoto-art.ac.jp