INTERVIEW2024.07.16

教育

春季特別展「眼の記憶/手の記憶」

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  • 京都芸術大学 広報課

芸術館では、将来文化芸術活動を支える職を志望し、芸術館の活動と学芸業務に関心を持つ学生を対象にインターンシップを実施しています。今回は、インターンの学生5名が 、本展覧会の魅力を伝える記事をお届けします。

現在、芸術館では「眼の記憶/手の記憶」と題した展覧会を開催しています。本展は「記憶」という主題のもと、本学教員/画家の鷹木朗の絵画作品と、京都芸術大学芸術館の所蔵品である縄文土器類をコラボレーション展示するものです。
鷹木氏は、日常の中で視界の端をかすめる「眼の記憶」の断片を、絵画という表現形式で掬い上げ、それを指でなぞるようにキャンバスに定着させました。これは「眼の記憶」を「手の記憶」に置き換える作業であり、発掘のアルバイトで触れた土器の記憶とも関連しているそうです。
この展示では、鷹木氏の作品と縄文土器を通じて、「眼の記憶」と「手の記憶」が交差する瞬間を感じていただけます。
今回の展示に際し、鷹木氏にインタビューを行いました。彼の作品制作における考えや、縄文土器との関連について詳しくお話を伺いました。

◯鷹木 朗氏へのインタビュー

―ギャラリートークを通じて、先生が古墳時代の遺物の修復経験をお持ちであることを知りました。この経験が今回の展示会で縄文土器と一緒に展示されることのインスピレーションの一つとなったそうですが具体的な修復経験についてお聞かせいただけますか?

鷹木氏(以下、鷹木):20代の頃、大学院生ぐらいの時に経験しました。長岡京市の教育委員会のアルバイトで、発掘調査で出土した遺物の復元作業の担当でした。接合し、欠けている部分を補い、記録用に整形する作業でした。接合できるところまで終わったものが僕らのところに回ってくるので、足りないところを石膏で埋めて色を塗り、展示できる状態にするアルバイトでした。
特に僕は洋画の出身だったので、色を塗る仕事を担当することが多かったです。何十種類も調色したポスターカラーの土色に、爪楊枝の先ほどの分量を加減して本物と同じ色を再現していました。時には間違えて本物に色を塗ってしまうことも。
時間に追われることなく、自由に復元できるのはとても楽しかったです。
遺物は、博物館で見ているときは大事なものを見ている感じがしますが、それが急に自分の手の中に入り、触れながら作業するのは時間を越えた不思議な体験でした。
この経験はすごく特別で、アルバイトが終わって家に帰るとき、急に現実世界に戻るような感覚がありました。まるで違う世界に入ったような感じがすることもありました。
あのアルバイトは本当に面白かったです。

―「手の記憶」から「眼の記憶」への変化についてお聞かせください。どのようにして手を使って物理的に触れる体験から、視覚を通じて鑑賞者に伝える表現方法へとシフトしていったのでしょうか?

鷹木:僕が絵を描くときは、逆に視覚的な記憶や視覚情報をもとにしていますが、それを「絵の具を付けた絵の具でキャンバスに触れる」という触覚的な体験に変えていきます。キャンバスの張り具合やタッチの強弱によって感覚が変わり、それが気分にも影響します。このように、絵を描く行為は視覚的な体験ですが、同時に非常に触覚的な体験でもあります。視覚と触覚が密接に結びついているんです。自分の視覚的な記憶を手で触り直して確かめる感覚で、目で見えている情報を手で確認する作業です。自分の作品については、そういう感覚を持っています。

一方、土器を触るのはまた違った雰囲気で、手で作られたものを手で感じ、最後は視覚に戻す感じがあります。その違いがとても面白いと感じています。

今回、縄文土器と一緒に展示するのは、こうした視覚と触覚の関係性をテーマにしたいと思ったからです。

― 先生の明瞭に対象物が描かれていないことと、先生がギャラリートークで「記憶っていうのは現在進行形だ」と話されていたことがリンクしているように思ったのですが、その点についてどのように考えられますか。

鷹木:まず記憶は現在進行形という話ですが、やっぱり記憶って常に更新されることがありますよね。小さい時の記憶とかって本当にそうだったのかどうかわからないことのほうが多い。でもその記憶はずっと今も記憶として持続してるっていうか、十年前とは全然違う形で持続していたりとか、そういうことがいっぱいある。それがすごく面白いことだと思うんですね。僕の作品の場合も、きっかけにした体験や写真はあるから、どれを最初の出発点にしたっていうのはちゃんと分かるんだけど、それが自分でも分かんなくなるまで描き続けるみたいなところはあるんですよ。

以前、ある近所の駐車場に行って、広い公園の中の駐車場みたいなところの一部を切り取って描いて、それを自分の展覧会に出したんですね。それをみた知人が「これ私分かります、大台ヶ原ですね」って言ったんです。それは要するに、言葉として記憶される「ここは大台ヶ原である」とか「ここは公園の駐車場である」とかは、大台ヶ原であれ公園の駐車場であれ、肌触りとしてその時の世界を感じ取ったっていうことが残っていたらそれが違っても全然構わないっていう気持ちがある。寧ろそういうものとして描きたいという気持ちです。
だから大台ヶ原って言ってくれるのはかなり嬉しい。その人の記憶を僕の画面の上に重ねてくれたってことだから。そこで僕の記憶とその人の記憶が出会う出来事が起きたっていうことでもあると思う。
そういう意味での言葉になる以前の記憶の場所として絵があるっていう風にしたいと思っています。

―ギャラリートークを聞いて、先⽣は作品制作において「⾔葉にする」という⾏為があまり好きではないように感じました。そこで質問なんですが、先⽣にとって、⾃分の作品の言語化についてどのようにお考えか教えていただきたいです。

鷹木:やっぱり「⾔葉になる⼀つ⼿前の部分」っていうのを絵にしたいって思ってやっているから、前提として絵そのものを⾔葉で表現できないものとして存在させていると思うんですよね。だけど、「⾃分はきっとこう考えてこの作業を始めたんだろうなあ」とか、作業をしながら「こんなことを思い返したな」とか、絵の外側のことを⾔葉にすることはなくはないです。たとえば展覧会とかをするときに、ギャラリーに作者のステイトメントの作成をお願いされることがあるから書くんです。その時、殊更に避けてる訳ではないんだけど、⾔葉そのものは作品ではないから、⾃分の作品を⾔葉で語るとなると少し躊躇が始まる。
僕は割とよく喋るし、⼈の作品はほんとに熱を込めて⾔葉にすることができるんですけど。「いや、これ⾔葉にしちゃったらおしまいだな」っていう感じがしてしまうんですね。⾔葉で了解し合う関係で⾒て欲しいんじゃなくて、⾔葉では⾔い尽くせなかったところを絵として見てほしいっていう気持ちがあるんです。だから、ギャラリートークで喋るとなると「何から喋ったらいいんだろう」ってなってしまうところがあると思いますね。

―作品を展示した時に、作品の中で垂れている雫だけが凄い明瞭に感じて。あえてそうしておこうかなと思われたのでしょうか。

鷹木:意図的ではないんですが、雫みたいなものとかを潰す時と潰さない時があるのは確かですね。「もうここ、これでいいし」みたいに思うところはあったりするな。あまり意識的ではなくて、本当にまるっきり感覚的な判断があると思う。あっても全然気にならないっていうか、あるべきところにある、みたいな感じがしてそのまま置いておく、みたいな。
最後まで残っていると、それは一回も気にならなかったんだなっていうことなんだろうと思いますね。

―ありがとうございました。

【インタビュー後記】
数十年前に古墳時代の遺物を復元するアルバイトをされた経験をもとに、鷹木氏は縄文式土器から「手の記憶」を感じるといいます。鷹木氏が芸術館で縄文式土器を観る時、ガラスやアクリル板の向こうにある縄文式土器を「手の記憶」から「眼の記憶」に置き換えて観ています。
このように記憶に関する二つの作業を交差させることで、訪れる人の記憶を喚起し、「記憶と記憶の出会う場所としての絵画/記憶と記憶の出会う場所としての博物館」を実現したい、と鷹木氏は述べています。そのため作品の見せ方としてインタビュー内にあったように、初めての試みも行われています。
訪れる人々それぞれに記憶も違い、感じ方もさまざまです。芸術館を訪れた方々が記憶を喚起し、感性に触れ、楽しいひとときを過ごされることを願っています。

 

○取材/文:
小笠原梨紗 (芸術環境専攻・文化創生(芸術教育)分野 修士2年生)
ヨウ イレイ (芸術研究科・芸術環境専攻・建築環境デザイン領域 修士2年生)
殿岡光 (美術工芸学科・油画コース 3年生)
○写真選定/その他文
近藤まりあ (情報デザイン学科ビジュアルコミュニケーションデザインコース 3年生)
恒成沙代子 (歴史遺産学科 3年生)

 

 

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