「ホスピタルアートっていうのは、きれいな絵を描くだけにとどまらないものだと思うんです。美術とか音楽とか映像とか様々な領域を全てひっくるめて、病院の利用者やスタッフたちのクオリティ・オブ・ライフを高めていこうという、そういう理念なのではないでしょうか」
クリスマス会での発表を終えて控室に戻った学生たちに向けてそんなお話をしてくださったのは、クライアントである聖ヨゼフ医療福祉センターの院長・糸井利幸先生でした。
「今日の皆さんはその理念を体現してくださったと思います。今日の成果を、これからも色々なところに活かしてください」
今回学生たちが聖ヨゼフ医療福祉センター(京都市)で発表したのは、映像と音楽と光によるインタラクティブなメディアアート。それは、本年度で15年目を迎えるホスピタルアート『HAPii+プロジェクト』においてはじめての試みでした。
HAPii+プロジェクトとは?
「HAPii+プロジェクト」は2009年から続く、ホスピタルアートの社会実装プロジェクトです。京都府立医科大学附属病院(2009年~2018年)や京都大学医学部付属病院(2019年、2020年)、医学研究所北野病院(2021年)から依頼を受けています。
これまで、エントランスや待合室などの比較的開かれた場所から、NICU(新生児集中治療室)/GCU(新生児回復室)やレントゲン室といった医療行為をおこなう部屋まで、様々な空間にアートを制作してきました。
ご依頼いただいた空間に求められるものを患者さんや医療従事者の皆さまへのヒアリングとアンケートに基づいて分析し、「空間をつくる」「コミュニケーションをつくる」「使いやすさ、わかりやすさをつくる」という3つの要素を意識しながら、壁画を制作しています。
なかでも2番目の「コミュニケーションをつくる」については、病院に勤める医療従事者の皆さんに壁画制作の一部を体験していただき、より「アートのある場所」を身近に感じていただくような参加型アートとして実施しています。
聖ヨゼフ医療福祉センターでメディアアートを実施できたのは、これまでの積み重ねがあってのことでした。
聖ヨゼフ医療福祉センター
社会福祉法人「聖ヨゼフ会」の「肢体不自由児・重症心身障害児施設聖ヨゼフ医療福祉センター」は、キリスト教の倫理に基づいて肢体不自由児施設「聖ヨゼフ整肢園」、重症心身障害児施設「麦の穂学園」、肢体不自由児通園施設「ひばり学園」を運営しています。療育、児童福祉、医療福祉をキリスト教的人類愛に基づいて行い、地域社会に貢献することを目的としています。(写真・文:公式HPより引用)院長の糸井利幸先生はかつて京都府立医科大学病院でHAPii+プロジェクトのご担当をしてくださっており、そのご縁から今回のホスピタルアートが実現しました。
福祉の現場でのアート制作は、HAPii+の長い歴史を見ても前例のないプロジェクトです。「アートは福祉に何ができるのか」。聖ヨゼフ医療福祉センターさんとの協働は、そのテーマを探るところからはじまりました。
まずは何よりも、学生たちと利用者の皆さんがお互いのことを知ることが必要です。前期には、入居されている皆さんを対象にして、ダンスパフォーマンスやアート制作体験のワークショップを実施しました。
このときにいただいたフィードバックが、「利用者の皆さんにとって何が心地よい体験につながるのか」ということを理解するきっかけにつながったそうです。
「ワークショップに使う道具は太いほうが握りやすい」「あたたかい質感の素材のほうが喜んでもらえる」……そういった知見のひとつひとつが、後期のメディアアートの制作につながっていきました。
クリスマス会でのメディアアート発表
メディアアートの発表は、生活介護施設「櫟(くぬぎ)」に通所されている利用者の皆さんのクリスマス会の中で行われました。
準備を終えた会場に利用者の皆さんが集まると、まず医療従事者の方々によるハンドベル演奏が始まりました。
コロナによる制限が解除されてから初めてのクリスマス会。皆さんでテーブルを並べておやつを食べるのは実に3年ぶりなのだそうです。
ハンドベルの発表が終わり、いよいよHAPii+の学生たちの出番となりました。会場の電気が暗くなると、スクリーンの前に学生たちが立ち、映像と音楽がはじまります。
あらすじ:
クリスマスの前日、『くぬぎタウン』から色がなくなってしまいました。みんなで『まほうどうぐ』を振って『まほうパワー』をつぼに集めて、『くぬぎタウン』に色を取り戻そう!
学生たちが利用者さんや付き添いの方々に近付いて、ひとりひとりに振ると音が鳴るような鈴の付いた『まほうどうぐ』を手渡します。
音楽に合わせて鈴を振ると映像の中でつぼにどんどん「色」が溜まっていき、いっぱいになるとテーブルの上におかれたライトが同じ「色」に光ります。全ての色を集めきると前に置かれた「ねぶたツリー」が色とりどりの光を取り戻しました!
分かりやすく伝わりやすい物語、シンプルな線と見やすい色でできた映像、過度な刺激にならないように配慮されたライトの色。これらはワークショップで得た知見やセンターの皆さんとの議論から生まれたものです。
握りやすい太さのステッキや握る必要のないシュシュを模した『まほうどうぐ』たちは、スタイロフォームや布と綿といったあたたかくて軽い素材を使い、また鈴が飛んだりしないようにしっかり固定しています。
『まほうどうぐ』はそのまま寄贈し、お返しに利用者・スタッフの皆さんからもキャンディレイをいただきました。
学生たちは利用者の皆さんが楽しんでくださっているという手ごたえを感じ、付き添いの方からも「いま、すごく楽しそうにしています」と言ってもらえた場面もありました。また、医療従事者の皆さんからは「素晴らしかった」「感激しました」とお褒めの言葉をいただきました。
病院施設の利用者・従事者の皆さま方に対するノーマライゼーションの施策のひとつであるホスピタルアートの意義を十分に果たすことができたと思います。
HAPii+の担当をされている由井武人先生は、「今回のメディアアートは、本当に前例のないものでした」と振り返ります。
「学生たちは最初、表現としての新しさや作品・アートとしての質にこだわるべきだと思って進めていたと思います。でも、ヨゼフの皆さんとの交流会で「人と人とのつながりをつくるきっかけが大事」ということに気付き、わかりやすく伝わることを重視するアートという方向性を目指すことができました」
学生たちへのインタビュー
――今回のホスピタルアート、大成功でしたね。やってみていかがでしたか。
首藤さん「ねぶたが光った時にすごく盛り上がったのが嬉しかったです。あと、机の上に置いたオブジェの色が変わった時に、すごく喜んでもらえてよかったですね。視界がどうしても上に固定されてしまってスクリーンをまっすぐ見ることが難しい利用者さんも、ツリーだったら視界に入るし、空間全体の色が変わるから分かりやすいんです」
久井さん「利用者さんが楽しんでくれるか心配だったんですけど、足でリズムを取って楽しんでくださっているのがわかって感動しました。付き添いの方も『いま、楽しそうにしてますよ!』って教えてくださったりして……」
――HAPii+としてもあまり蓄積のない、メディアアート制作だったと思います。大変だったことはなんですか?
久井さん「『一緒にやりましょう』というのは、言うのは簡単だけど実現するのはすごく難しいんですよね。だから、とにかく『真似して一緒に楽しめる』という仕掛けをたくさん考えました」
福井さん「それぞれの楽しみ方ができるように、映像の動きを大きくしたり『分かりやすくする』工夫をしました。ストーリーについても、職員の皆さんにたくさんフィードバックをいただいて、ずっと伝わりやすいものになったと思います」
中谷さん「『まほうどうぐ』についても、やさしい音が鳴るひょうたん型のものを用意したり、腕にはめて使えるものを作ったり、たくさん工夫をしました。また、テーブルの上に置いたライトも、強い光が直接目に入らないよう、紙やオーガンジーを被せて色がやわらかく広がるようにしました」
――今回の経験を、今後にどう活かしていきたいですか?
首藤さん「学科のほうで子どものことを学んでいて、将来も子どもに関わる仕事に就きたいと思っています。その上で大切な考え方を、今回のホスピタルアートを通して身に着けることができたと思います」
福井さん「もともと福祉に興味があったのですが、利用者の皆さんと一緒になって楽しんでいるスタッフのみなさんを見て、考え方が変わったと思います。『やってあげる』ではない福祉のあり方があるんだと思いました」
中谷さん「普段と違う視点を持つきっかけになりました。ユニバーサルデザインのように『誰にでも使える』ものづくりに取り組んでみたいです」
聖ヨゼフ医療福祉センターとHAPii+のコラボレーションは、今年はじまったばかり。今回のホスピタルアートを通して得た知見を、今後も活かしていければと思います。
(文=天谷 航)
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