2022年度より京都芸術大学と茨木市は連携協定を結んでいます。その連携事業の一環として、茨木市教育委員会と本学附置機関の一つであるアート・コミュニケーション研究センター(ACC)※1 が茨木市の小・中学校に出張授業「対話型鑑賞※2プログラム」を2022年から2023年にかけての2年間、実施しました。
このレポートでは、2023年度に実施された中学校への出張授業を中心に、ACC研究員と授業に参加した大学生たちにより、現場の様子や生徒たちの発言、成果を分析しレポートにまとめたものです。
※1:アート・コミュニケーション研究センター(ACC)
対話型鑑賞プログラム(ACOP)を活用し、美術館・博物館の教育普及や学校教育、人材育成など多様な課題解決についての研究・実践に取り組んでいます。
https://www.kyoto-art.ac.jp/info/institution/acop/
※2:対話型鑑賞とは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開発された教育プログラム。グループで一つのアート作品をみながら自分の発見や感想、疑問などを共有しながら話し合う、鑑賞者同士のコミュニケーションを通じた鑑賞プログラムとして、近年では、美術・教育分野のみならずビジネス、医療分野でも注目されています。
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茨木市教育委員会「対話型授業プログラム」の実施を終えて
春日 美由紀
2023年10月16日(月)から10月31日(火)まで茨木市教育委員会からの依頼を受けて2つの中学校で出前授業「対話型授業プログラム」を実施しました。
1校は、茨木市立彩都西中学校です。こちらの学校では2年生4クラスを対象に1回目に「アートカード・ゲーム」を行い、アート・コミュニケーション研究センターのめざす対話型鑑賞(ACOP)をゲーム感覚で体感してもらいました。2回目は美術科の先生のリクエストで茨木市在住作家、井上直久のイバラードシリーズから《塔の入り江》を鑑賞しました。この《塔の入り江》は日本文教出版の美術科の教科書にもかつて採用されていた作品です。作家が茨木市在住であり、その作品を「ぜひとも中学生に鑑賞させたい」という美術科教員の熱い思いを実現する形で鑑賞をすることになりました。こちらの彩都西中学校では2年生4クラスすべての授業を春日が担当しました。
もう1校は、茨木市立北陵中学校です。こちらの学校では3回の実践を行いました。1回目は彩都西中学校と同様に「アートカード・ゲーム」でACOPの「みる」「考える」「話す」「聴く」に基づいた対話型鑑賞を体感しながら、2回目以降の「アート鑑賞」で大切にしてほしいことへつなげるねらいで実施しました。2回目はアンリ・ルソー《画家の自画像》を3回目は雪舟《慧可断臂図》を鑑賞しました。北陵中学校では2年生3クラスで実施しましたが、毎回1クラスは美術科の担当教員が私のファシリテーションを模して授業を行うという変則的な形態を取りました。これは、美術科教員がファシリテーションのスキルを取得したいという熱意からでした。ファシリテーションを専門とする私と普段から生徒と接する機会の多い担当教員との実践の比較はこの後の学生のレポートをご参照ください。
また、各授業の最後にはWSに自己評価と授業についてのレポートを生徒全員に課し、そのレポートを添削、返却することで「アート鑑賞」に基づく「論理的思考力」の育成にもつなげました。生徒の「アート鑑賞」に関する意識の変化も追跡調査しています。詳細は章末をご覧ください。
なお、今回の事業の実践にあたりASP(アートプロデュース)学科の2~3回生3名がサポーターとして授業に参加しました。3名の学生は、彩都西中担当1名、北陵中1名、両校に参加1名と担当校を分担しての参加となりました。それぞれの学生が参観で得た気付きや考察をレポートにまとめていますので以下に紹介したいと思います。
最初のレポートは彩都西中学校でサポーターとして活動した西君です。
ACOPの元となるVTC/VTS※3の創案者のフィリップ・ヤノウィンも2011年本学で開催されたVTSJ(Visial Thinking Strategies in Japan)の講義において何度も繰り返し言っていたのが「教育的効果は最低でも短期間に5回以上連続して実施しなければ得ることが困難である。」という言葉です。学生の西君も気づいているように、さらに連続してこの鑑賞法を継続できれば作品を論理的に解釈する(鑑賞する)ことがより確実なものになったことは言うまでもありません。すべての授業に臨席していた茨木市教育委員会の指導主事もそのことに気付いておられたので来年度以降のこの取組に変化が起きればと考えます。
※3「VTC」および「VTS」とは、1980年代のアメリカ・ニューヨーク近代美術館(MoMA)で、美術作品の鑑賞教育プログラムとして誕生した「VTC:Visual Thinking Curriculum」、および「VTC」から枝分かれした「VTS:Visual Thinking Strategies」のことを指す。
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それでは、続いては、北陵中学校の取組をサポートしてくれた学生のレポートです。
茨木市北陵中学校、対話型鑑賞プログラムの2回目の進行を見て
LEE HYOGEUN
2023年10月16、18、23、25、30、31日茨木市北陵中学校で対話型授業プログラムを行った。本プログラムは各クラス全3回で、2年1組、2年2組、2年3組で行った。そのなかで10月18日に1組、3組クラスで行ったプログラム2回目の内容を考察する。
対話型鑑賞プログラムは芸術作品を手がかりに、具体的に観察し、複数人と一緒に意見を共有していく教育プログラムだ。芸術作品から自身が感じた感想、意見などを発言し、他の人に共有する。他の参加者は他者の意見を参考にし、芸術作品の解釈を共に構築する共同作業を行うことになる。ファシリテーターと呼ばれる進行役は「どこからそう思うのか?」のような具体的な問いを参加者に訊ねて、参加者自らに考えさせる。
プログラムはアート・コミュニケーション研究センター 共同研究者の春日美由紀さんが担当した。春日さんは元中学校の教員として定年退職後、対話型鑑賞ファシリテーターとして活動している。2回目のプログラムでは実際に生徒が対話型鑑賞を体験した。1組は春日さんが3組は茨木市北陵中学校の美術教師(以下、教師)が対話型鑑賞のファシリテーターを務めた。両者の進行を見学し、対話型鑑賞のファシリテーターの特徴をみることができた。
対話型鑑賞のファシリテーターの難点は、参加者の意見を聞き、発言者の思考、さらには聞いている他の参加者の思考を促進させるための効果的な問いを即興で決めなければならないことである。だが、その前段階で参加者が芸術作品に関心を持って見るように集中させるテクニックは必要だ。
1組を担当した春日さんは芸術作品の横に立って生徒の発言を聞き、大きな動作で作品の箇所を指したり、発言者の意見にうなずいたりするなど、話を聞いているというジェスチャーを送り、生徒との信頼関係を築いていった。最初は発言をためらっていた生徒も、躊躇なく手を挙げて鑑賞を楽しむようになった。
3組を担当した教師は対話型鑑賞に参加した経験があるが、対話型鑑賞ファシリテーターとしての経験は少ない。春日さんの監修とアドバイスを聞いてプログラムに取り組んだ。教師は中学校での美術教育を担当しているため、生徒との信頼関係は築けていた。3組の生徒は最初から笑顔で参加し、集中するところが見えた。だが、後半に差しかかる頃には、生徒たちの集中力が低下したようにみえ、次第に生徒からの発言の頻度が落ちていった。
これらの対話型鑑賞プログラムの見学から2つのことを知ることができた。1つは、ファシリテーターの能力のひとつとして、参加者との信頼関係を形成することが大事だということだ。春日さんのファシリテーターは生徒との信頼関係を短時間に作り、そこから生徒は信頼に基づいて集中した。2つ目は、参加者の集中力を効果的に維持するためにはファシリテーターの能力、または経験が大切だということだ。普段から生徒に接している教師は、信頼関係を常に保っているが、それだけでは鑑賞に集中し、発言を持続させることは困難である。鑑賞の終末に向けて、教師がファシリテーション能力を向上させることができれば、この鑑賞の教育的効果は大きく向上すると考えられた。
このことから、学校での対話型鑑賞プログラムは学校の教員が担当することが、生徒に向けた教育的効果をさらに向上させることができると考えられる。また、ファシリテーターの経験が少ないと教育的効果が減少してしまう懸念は否定できない。春日さんは十数年来、対話型鑑賞ファシリテーターとして活動してきている。春日さんと教師の対話型鑑賞の進行経験を比べるのは不可能であるが、教師が自身の生徒に対する教育的な情熱を熱く感じることができたので、もし、この教師が対話型鑑賞プログラムのファシリテーションを学び、経験を増やすことができれば、生徒に愛されるファシリテーターになれるのではないかと強く感じた。
こちらのLEE君の気づきについても前述のVTSJでフィリップ・ヤノウィンが同様のことを述べています。「ファシリテーターは専門的な美術館の学芸員より普段から子どもたちと接しているクラス担任の先生が行った方が、その教育的効果が高い。」と。それは、やはり個々の子どもの性格や背景をよりよく知っていることで、子どもに対するアプローチが異なるからでしょう。私も長年教育現場で中学生と対話型鑑賞を行ってきましたが、子どもたちの発言の多くは「生活体験」に根差したものであるということです。その社会的背景の把握なり理解は、一介の出前授業者より担当教員の方が優れているに決まっています。だからこそ、子どもたちに接する機会の多い教育者にこの鑑賞法のファシリテーション力を身につけて欲しいと思うところです。
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それでは最後は教職員免許状を取得し、将来出来れば教員になりたいと考えている学生のレポートです。この学生は両校にサポートに入り、学校風土の違いを肌で感じながら、「自分が将来教員になったとき」のことを想定して対応したことをレポートにまとめてくれました。
茨木市中学校出張授業
東田美怜
今回、茨木市にある彩都西中学校、北陵中学校の授業に参加させていただきました。私は現在教員免許の取得を目指しています。しかし中学生と触れ合う機会が少なく、接し方がわからないのが問題だと思っていました。そんなときにこの提案を聞き、ぜひ参加したいと思いました。中学生と触れ合える機会であること、そして私は子供が大好きであること、この二点が参加を決めた大きな動機でした。
1日目、ワクワクしながら教室に向かいました。今まで見たことのあるような教室や、匂い、懐かしい気持ちや少しの緊張などたくさんの気持ちを膨らませていました。そして生徒が次々と教室に入ってきて、元気な挨拶をしてくれ、心が温かくなりました。授業が始まり、グループでアートカードというものを使いゲームを始めるのですが、私は教室を周りながら、止まっているところがあればヒントを出したり、盛り上げたりする役目を担っていました。しかし、生徒の輪にどう入っていけば良いのかがわからず、立ち尽くしてしまいました。私には、「どうすればうまく生徒の輪に入れるのか」という問いが生まれました。他の学生スタッフや、先生が上手に溶け込んでいるのをみて、考えました。その時に気づいたことは積極的にグループに入ることが重要だということです。今までは中途半端に顔を突っ込むだけだったので、参加するかどうかが曖昧で生徒もどう対応していいのわからなくなっていたのだと思います。参加するという意思表示をしないといけないと思いました。それを実践してみた結果、前よりもすんなり輪に入っていくことができました。
そしてこのことはたくさん話しかけるという積極性ではなく、相手のことを理解しようとする姿勢で、常に接することが大切だということです。「グループ」というひと固まりで見るのではなく、「生徒一人一人が集まってできたものがグループである」ことを意識するべきだと感じました。それを意識した上で、この生徒がどんな子なのか、今何に困っているのか、どんな視線を私に送っているのかをしっかりとみて、対応することが大切だと思いました。グループ全体を活性化するのは全体に働きかけることだけではなく、一人一人と向き合うことで結果的に積極的なグループワークを促す方法もあるということを実感しました。
今後、私が教員になったら、同じグループだから、同じクラスだからと括ってしまうのではなく、個々が集まってできたものの総体であることを踏まえた上で、生徒と向き合える教員になりたいと思いました。一人一人と向き合うことが大切だと頭ではわかっていたものの、実際接してみるとうまくできていないことに気づける貴重な機会になりました。そして大好きな子供と関わる機会や学ぶ機会を与えていただいたこのプログラムに感謝しています。
グループを総体として捉えるのではなく、生徒一人一人がその構成員であるということ、個々の生徒に対応することでグループ全体が活性化し、活動が充実していくことに気付けたことは大きな収穫だったのではないでしょうか?頭で分かっていることも、実際を目にしたときに戸惑い、対応に苦慮することは大人でも頻繁です。今回の体験が今後の彼女の進路において有意義なものになったことは間違いないでしょう。
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それでは最後に両校の生徒の意識調査の結果を提示して終わろうと思います。
彩都西中学校は2回の「対話型授業プログラム」でしたので、2回目の鑑賞授業後の生徒に意識調査の結果です。ACOP の対話型鑑賞は「みる」「考える」「話す」「聴く」を繰り返し行う中で「どこからそう思ったのか?」を考えながら作品を解釈していくものです。その視点でアンケートを取っています。
評価は「4」が最高点で、以下「3」「2」「1」と低位に向かいます。
「みる」「考える」「聴く」は高評価です。生徒たちが集中して作品を鑑賞したことが分かります。「話す」の評価が低いのは、やはりまだ人前で自分の意見を言うことに慣れていない生徒が多いからです。繰り返しこの鑑賞を続けていくと「話す」の評価も高位に向かいます。「やはり継続は力なり」です。そして、うれしいことは「授業が楽しかった」「またやりたい」と回答した生徒が7割を超えているところです。実はこの鑑賞は中学生の知的好奇心に大きな刺激を与えるものだと私は過去の経験から手応えを感じています。「主体的で対話的な深い学び」につながるこの鑑賞法を1校でも多くの学校が取り入れてくれることを望んでやみません。
次は北陵中学校の結果です。北陵中学校は鑑賞を2回行いましたので、項目ごとに比較できるもので提示します。
2回目3回目ともに高位の評価になっています。彩都西中学校と同様に「話す」ことに対する低位の評価は「発言できなかった」ことについて「1」の評価をする生徒が多いからです。しかし、限られた授業時間(50分)の中で全員が発言することは困難です。そのフォローとしてワークシートに自分の考えたことを記述するようにしています。発言はできなくても、考えたことは書けるので、書いたことを発言したことと同様に捉えるようにしています。しかし、この鑑賞法を継続することが可能であれば、発言を促し、より多くの生徒が発言できるように働きかけます。
また、最後の2つの質問に対して3回目の方が若干低位の評価になっているのは鑑賞作品の解釈がやや高度なものであったということに一因があります。2回の対話型鑑賞しか許されておらず、1作品目の作品選定にも頭を悩ませましたが、それに続いての2作品目でしたので、しかも、日本美術の作品を扱いたいというオファーもありましたので、正直、悩みました。最終的に雪舟の「慧可断臂図」にしたのですが、この鑑賞にまだ十分慣れているとは言えない中学生にはちょっとハードルが高い作品だったように思いました。しかし、難解な作品でしたが、どの生徒も最後まで真剣に鑑賞する姿勢がみられました。また、授業担当の教員はこの作品(国宝)を中学生と鑑賞できたことに満足していました。
両校とも決して十分な対話型鑑賞体験ではなかったと実施終了後に感じました。そこで、生徒の記述したワークシートをもとに「美術通信」なるものを両校に向けて作成し、発信しました。このお便りを読んで ACOPのめざす対話型鑑賞の何たるかを少しでも最後に理解して終えてくれたのであれば幸いです。
西君の言うように、彩都西中・北陵中の2年生の皆さんが、美術の世界に足を踏み込む人生になる機会となることを願って筆を置きたいと思います。
春日 美由紀(かすが・みゆき)
京都芸術大学アート・コミュニケーション研究センター共同研究者、Art & Communication Lab.うるとらまりん主宰者
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