REPORT2023.09.26

文芸

2023年4月新開設通信制大学院「文芸領域」編集制作ゼミ担当の田中尚史先生と野上千夏先生に文芸表現学科の生徒がインタビュー。

edited by
  • 京都芸術大学 広報課
2023年度から国内唯一※ 完全オンラインで芸術修士(MFA)が取得できる、京都芸術大学通信制大学院が新しく開設された。

現在も編集者として多くの本の編集に携わりながら「文芸領域」で “編集制作ゼミ“を担当している、田中尚史先生と野上千夏先生に編集制作ゼミについてインタビューを行った。
※自大学調べ
文芸領域|通信制大学院
https://www.kyoto-art.ac.jp/tg/field/literature/

京都芸術大学 文芸表現学科 社会実装科目「文芸と社会V」は、学生が視て経験した活動や
作品を WEB マガジン「瓜生通信」に大学広報記事として執筆するエディター・ライターの授業です。本授業を受講した学生による記事を「文芸表現学科の学生が届ける瓜生通信」と題し、みなさまにお届けします。

(取材・文:文芸表現学科 三年 徳和目莉子)


— 先生方の考える“編集“とは、何ですか?

(野上先生)編集とは、集めて編むと書きます。著者の方の原稿をいただくことも、取材対象者にインタビューして記事を書くこともありますが、いずれにしてもさまざまな素材を集め、読み手に伝わるように編むことです。その際、世代や住む地域などが違う、まったく知らない相手に、書き手が⾯⽩いと思うことを、どう伝えるか考えるということが基本だと思っています。身近な例でいうと、皆さんTwitterなどはやっていると思いますが、投稿には144文字という制限があります。何をどう書けば、多くの⼈に読んでもらえるか迷い、考えますよね。そういうことも編集かなと思います。

(田中先生)編集という言葉は、本や雑誌だけでなく、映像やウェブの現場にも使われますよね。仕事の内容はだいぶ異なります。けれども編集って要は、いいなと思うものを⾒つけてきて、それを誰かに⾒せることなのだと思います。見せ方の工夫だと考えれば、料理を作ることも服をコーディネートすることもブログに記事を書くことだって編集です。何かを組み合わせてメッセージを伝えることと言ってもいいでしょうか。

 

— 文芸領域に「編集制作ゼミ」がある意義とはなんでしょう?

(田中先生)作家と編集者とは立場が異なりますから、表現を学んで作家になろうという創作系の場所に、編集制作ゼミがあるのは不思議に思われるかもしれませんね。一般には、作家は原稿を書く人、編集者はその原稿をまとめる人、といったイメージがあります。それ自体は間違いではありませんが、それは編集という行為のごく一部でしかありません。もっと大きく、編集を「伝える技術」だと考えれば、ひとつの表現行為と言うこともできますよね。言葉を選ぶこと、構成を組み立てること、ストーリーを運ぶことだって一種の編集です。私自身は、編集という視点をもつと、表現を立体的に見られるようになるのではないかと思っています。ですから、表現を学ぶこの⼤学院に編集制作ゼミがあることは⾮常に⾯⽩いと思います。

(野上先生)編集というと東京の出版社で本や雑誌を作る仕事のことだと思っている⼈は多いと思いますが、そうではありません。今は誰でもどこからでも自分の考えや伝えたいことを、紙やウエブで発信できます。さまざまな媒体で、記事を編集し、制作する技術を身に着けることが、編集制作ゼミだと思っています。編集とは記事という形で相手にメッセージを伝えることですが、このゼミで学んだことは普段の暮らしにも役立つと思います。

— 編集ゼミを受けている生徒の雰囲気や傾向はいかがですか?

(田中先生)社内報を編集することになったけれど、何が正解なのかよくわからないという方もいらっしゃいますし、自分でお書きになったエッセイ原稿をだれかにまかせるのではなく、自分で編集してみたいという方もいらっしゃいます。社会生活を送る中で、ふと、これは編集が必要なのでは、と気づいた人たちですね。表現するということよりも、企画すること、まとめること、物として世の中に送り出すことに、より関心があるのだと思います。いまはゼミ内で企画会議をしているところですが、仕事も趣味も年齢も住んでいるところも異なるみなさんが、一堂に会してアイデアを出し合うというのは刺激的だし、楽しそうに意見交換されていますね。

 

— 授業内容やカリキュラムについて教えてください。

(田中先生)最初はとにもかくにも企画書です。どのような⾯⽩い企画を考えつけるかということが、この編集制作ゼミの肝だと⾔ってもいい。それに向けてどんどん⾃分のアイディアを磨いてもらいます。実際、企画ってなかなか出てこないもので、思いついてはみたものの、「その企画を本当に読む⼈がいますか?」と聞かれると皆「うーん」と考え込んでしまう。でもそれでいいのです。読む⼈なんかいないと最初は思うかもしれない、じゃあどうしたらこれを読んでもらえるか、と考える。読者がそこに居るのではなくて読者は作るものだと考えると、また違った⽬で考えられるわけです。既にいる読者だけではなくて、これから読者になる⼈のことを考える。その企画書をもとに、そのアイディアのどこが面白いのかをみんなで深掘りしていくのが企画会議です。
もうひとつ、カリキュラムとしては⼆年間かけてページものを制作することを⼀つの⽬標にしています。取材原稿のまとめ方、文字や写真の扱い方、ページレイアウトの基礎など、アイディアを形にしていく技術、つまり制作にかかわるところも同時に学んでいくわけです。紙媒体でなくてもかまわないのですが、実はウェブメディアであろうと動画であろうと、作りは本という形態を真似ているところが多いので、紙媒体をひととおりこなすと、他の媒体でも使える基本は身につくはずです。
あとは通年で、月に一冊本を紹介するという課題を出しています。自分がよいと思ったものを誰かに伝えるという基本動作の反復練習ですが、最初はぼんやりした感想文になりがちで、本の魅力がいまひとつ伝わりません。あくまで対象の魅力をどう引き立てるかという練習ですね。

 

— オンラインで授業を行ってみてメリットとデメリットをどのように思われましたか?

(野上先生)どんな世代でも全国どこからでも参加できる通信制⼤学院の存在はとても素晴らしいと思います。
そのデメリットは、皆さんが構えて出席されるので、緊張されるようすが見てとれることでしょうか。でも、画⾯上で会うと、一人ひとりが顔を出して真剣に話し、真剣に聞かなければなりません。スマホをいじっていたり、何か⾷べたりなどサボれません。ゼミの間はすごく密な時間を過ごさなくてはなりません。そこはメリットでもありますが。
実際、ゼミで教員や他の学生さんの意⾒を聞き、⾃分の意⾒を⾔う機会は⽉に⼀回ですけれども、密度はすごく⾼いと思いました。それはオンラインならではじゃないかなと感じます。そのように、デメリットがメリットに変わる表裏⼀体な感じがオンライン授業の特徴でしょうか。


— 編集制作ゼミを卒業されていく方にどのような力を身につけてほしいですか?

(田中先生)抽象的に聞こえるかもしれませんが、“もの”を⾒る⽬が変わってほしいとは思います。企画を考えるということは、身の回りのすべてのものに対して、面白さを見つけることです。何の変哲もないものが視点を変えるとぐっと面白くなる。そういうことに気づけるようになってほしいですね。
もうひとつは、本も雑誌もニュースも動画も、ただ何となく作られているわけではなくて編集されたものだということに意識を向けられるようになってほしい。単に受け手でいると気づかないものですが、一歩踏みこんで、これはいったいどういう意図をもって作られているのかを考える。そういう視点をもってもらえたらと思います。

(野上先生)先ほども申しましたが、編集記事は、⾊々な素材を集めてきて、それを組み⽴て直したり、加えたり捨てたりして、相手に伝えます。記事は、読んだ⼈を、楽しくしたり、⼼を軽くしたり、助けたりします。そのような力が身に着けば、普段の生活にも生かされるのではないでしょうか。
例えば、お友達に、⾃分の話をしゃべり続けるだけじゃなく、⾟そうな時、落ち込んでいる時に力になることを、伝えられる力をつけられます。
編集制作を学んで、卒業後の⼈⽣をより楽しくすることができるのではないかと、願っています。

 

— 最後に、この記事を読む人たちへメッセージは、ありますか?

(田中先生)文芸領域に関心をもってくださるみなさんは、なにか表現したいという思いがあるのでしょう。もちろん創作もひとつの表現手段ですし、この記事のように取材して相手の言葉をまとめることも、書評や映画評を書くこともひとつの表現です。表現とのかかわり方は多様で、そのひとつの選択肢として、編集制作というものを考えてもらえたらうれしいです。

先ほども言いましたが、編集者というのは、書き手というよりも読み手という印象が強いでしょう。書き手の書いた原稿のどこが面白いか、魅力的なのはどこかを見つけるという意味ではその通りです。けれども、この世界のどこが面白いかを探り、まだ世に知られていない魅力的なものを見つけること、それを世界に発信することも同じく編集です。
表現、とくに言葉を使った表現というのは、究極的には人に何かを伝えること、コミュニケーションの一つです。みなさんがどんな表現を志しているのか、表現とのどんなかかわり方を目指しているのかわかりませんが、この大学院で、表現するということをぐっと身近に感じられるようになっていただけたらと願っています。もちろん、編集制作ゼミもそのお手伝いをします。

(野上先生)ありとあらゆることが編集につながることなので、出版社に就職するつもりはなくても、編集に興味を持っていただけたら、と思います。
これが企画にできるかも、これは本にできるかも、これを記事にできるかも、と思うことで、⾃分のアンテナが⾼くなり、⾊々なことに興味が持てるようになります。伝える力も⾝につきます。
もちろん、卒業されたら、作家になったり、編集者になったり、発信者になったりする⽅が、いらっしゃると思います。
大学や大学院は、さまざまな未来への基礎体力をつける場所だと思っていますので、学生生活を有意義に過ごしてくださいませ。

 

インタビュイー

©伏貫淳子

田中尚史

1967年生まれ。出版社勤務、書籍編集者。京都大学大学院文学研究科フランス語学フランス文学専攻修士課程修了。

野上千夏

編集者。1988年立教大学文学部日本文学科卒。大手出版社にて婦人実用書を中心に多くのジャンルの書籍やムックを手掛けている。現在までに担当した本は300冊以上。

 

インタビュアー

徳和目莉子

2021年京都芸術大学文芸表現学科に入学
文字を扱う業界を中心に進路を迷い中。

 

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