SPECIAL TOPIC2023.03.01

アート

公道を走る「魔法の絨毯」。芸術大学で制作した夢の自動車、ヤノベケンジの《SHIP'S CAT(Speeder)》

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  • 京都芸術大学 広報課

京都市内を浮遊する「世界最速の彫刻」

ヤノベケンジ(美術工芸学科教授)がTwitterとInstagramにアップした動画が、また多くの視聴者を獲得していた。今までに見たことのない大胆なフォルム、しかも隣に猫の彫刻を乗せているユニークな自動車が走行する様子がアップされたからだ。数日前には、公道を走行するための審査を受けるために、国土交通省近畿運輸局京都運輸支局まで運ばれる様子がアップされており、無事、新規登録検査を通過していた。そして、ホテルアンテルーム京都で開催されているイラストレーションを主体としたクリエイティブ集団SSS by applibotの展覧会「SSS Re\arise」に出品するために、京都芸術大学からホテルアンテルーム京都まで、「回送」していたのだ。京都市内を走行するこの車を見た人々は、かなり驚いた顔をしていたという。
 


ヤノベが「世界最速の彫刻」と銘打つこの車は、ヤノベがフォルムをデザインし、共通造形工房、ウルトラファクトリーでボディを制作した手作りの「彫刻」であることは間違いない。躯体は高性能の電気自動車であり、約4秒で時速100キロに達するというから、「世界最速の彫刻」というのもあながち嘘ではないだろう。その名も《SHIP'S CAT(Speeder)》(2023)という。「Speeder」というのは、映画『スター・ウォーズ』などに出てくる浮遊するモビリティであり、ヤノベはそれにインスピレーションを受け、「空飛ぶ絨毯」のように浮遊するイメージを持つ自動車をデザイン、制作したのだ。そのためボディの上半分は舞うように波打ち、下半分は鏡体になっている。周囲の風景を写し出すため、場所によっては浮いているように見えることもあるというわけだ。

ヤノベケンジによるイメージスケッチ。
撮影:Keniji Yanobe Archive Project
撮影:Keniji Yanobe Archive Project
撮影:Keniji Yanobe Archive Project
撮影:Keniji Yanobe Archive Project

 

「水中エンジン」再生プロジェクトから電気自動車へ

2017年から始まったこのプロジェクトは、京都大学発の電気自動車ベンチャーとして注目を浴びたGLM株式会社のエンジニア、松本章との出会いから始まる。松本は、メーカーのディーラーで働き、その後、伝説のチューニングカーブランド、トミーカイラを製造・販売していたトミタ夢工場にエンジニアとして参画する。トミタ夢工場が倒産後、オリジナルカー製造の事業を継承した、GLM(元グリーンロードモータース株式会社)に移籍し、「トミーカイラZZ」をベースにした電気自動車の製作に取り組んでいた。設立当初、京都大学に拠点があり、その後、白石晃一(情報デザイン学科准教授)に出会う。

トミーカイラ
「トミーカイラZZ」をベースにした電気自動車


当時、ウルトラファクトリーに加えて、京都大学にも籍を置いていた白石は、國府理が制作した《水中エンジン》(2012)を再生させるプロジェクトに参画しており、そのためにエンジンを持ち込んでいた。國府は、ヤノベの後輩にあたるアーティストで、ウルトラファクトリーにも在籍していたことがあり、自動車をモチーフにしたり、機械や動力を使った作品を多数制作していた。《水中エンジン》は、巨大な水槽の中で、軽トラック用のエンジンを動かす作品で、冷却装置であるラジエータを外して、「水中冷却式」のエンジンにすることで、放出される熱を可視化するものだ。

しかし、ガソリンを空気と混合して発火し、爆発的なエネルギーを得るエンジンは、水中での稼働は難しく、たびたび停止し、それを再び動かすための人的な労力も含めて東日本大震災、福島第一原発事故後の批評的な作品として高く評価された。しかし國府は、2014年、国際芸術センター青森で開催された個展「相対温室」の作品調整中に、不慮の事故により亡くなる。そして2016年、代表作にもなった國府の作品を、キュレーターの遠藤水城や白石によって、「再生」するプロジェクトが進められていたのだ。

《水中エンジン》再生プロジェクトの様子


松本は、本来、「水と油」であるはずのエンジンを、水中で動かすということに驚き、協力を申し出た。そして、ウルトラファクトリーに週末に通い詰めて、《水中エンジン》を再生することに尽力を注いだのだ。その過程で、ヤノベと親交を深め、2017年、GLMとの共同プロジェクトとして、オリジナルのデザインによる電気自動車の制作が始まることになった。その時、ヤノベが描いたのが、「空飛ぶ絨毯」のように、ひらりとした軽やかな線の上に、浮いたように乗るドライバーと助手席に乗る猫のイメージスケッチだ。同時期に開始されたプロジェクトが、現在、大阪中之島美術館などで恒久設置されて評判となっている旅の守り神《SHIP’S CAT》のシリーズだったのだ。
 

カーデザインを学ぶ超実践的なプロジェクト

このプロジェクトに学生の主要メンバーとして参加したのが佛崎亮太(京都芸術大学プロダクトデザイン学科卒)である。佛崎は、もともとカーデザイナーになる、という目標があり、まさにうってつけのプロジェクトだった。今でこそ世界的な自動業界全体のEVシフトが進んでいるが、当時はまだ電気自動車に取り組んでいる国内メーカーは少なく、ましてや大学で実際に公道を走る車をつくっているところはほとんどなかった。

佛崎はイメージスケッチに加え、ヤノベが制作した粘土模型をスキャニングし、3Dデータでモデリングしていった。しかし実際完成した車体は、もっと3次元的な抑揚のあるものだ。ドローイングが布をひらりとさせた「空飛ぶ絨毯」のイメージなら、実物は3次元的なうねりのあるもので、無機的なものから生物的なものに変化している。

当時のイメージスケッチ。
イメージスケッチを基にした3Dデータでのモデリング。
ヤノベの制作した10分の1の粘土模型をデジタルスキャン。そのデータをベースに佛﨑がCGモデリングを加えて行った。


佛崎はヤノベと対話しながら3Dデータにしていく過程で、デザインの中にヤノベの彫刻の要素を入れたいと考えていた。そして、同時期に開始した《SHIP'S CAT》シリーズの一番最初の作品である、猫が伸びをしているポーズから着想を得て、後部にためをつくり、前方のボンネットに相当する部分は流れるような形状にデザインしていった。その意味でも、《SHIP'S CAT》シリーズと、電気自動車は、双子のような関係にあったのだ。そして、最終的に《SHIP'S CAT(Speeder)》として融合する。


また、佛崎は、実際に公道を走れる車をデザインするにあたり、さまざまな法規を通す方法を覚えていくことになる。公道を走らせるために、躯体に関する耐久テストなどは、GGLMによってある程度整えられていた。そもそも躯体をプラットフォームとし提供する電気自動車の事業でもあったからだ。ただし、その他にも無数の法規があり、それらを松本と確認しながら、一つ一つデザインを詰めていったのだ。ライトやウィンカー、ハンドル、シートなど個別の部品に関しては、もともと自動車用につくられた製品で、デザインに合うものを松本と佛埼が選んで取り付けている。しかし、特徴的な前方の2つのライトは、大型バイクのものだという。そのような工夫も、松本がチューニングカーを手掛けていたから可能になったものだろう。

プロジェクトの作業風景。


佛崎は、実際に公道を走る前に卒業したが、完成までのほとんどの工程に立ち会った。結果的に、日本車の高級ブランドからも声がかかるような実力と経験を得たが、大胆でスポーティーなデザインで知られる自動車メーカーに入社した。そこで、量産型のカーデザインの現場に3年ほど携わり、現在はコンセプトカーのような近未来の車のデザインの部署に移っているという。新入社員の中では、もちろん佛崎のような実践的な経験を経たデザイナーはいないし、特に法規的な制約について誰よりも知っていることもアドバンテージがあった。

お世話になった松本さんとの記念写真。


最終的には、アーティストとの共同作業や、クライアントごとのオリジナルの車なども手掛けてみたいという。そういう意味では、学生時代に最終目標に近いことを実現した形になり、それを再び追いかけているといってもよい。また、自分が与えられた得難い経験を、日本のプロダクトデザインにも還元していったり、国際的な発信もしていきたいという。一線のアーティストやデザイナーとともに実践的な経験をする、というウルトラプロジェクトの教育的効果が、技術だけではなく、高い目標を掲げるという精神的な面にまでよい効果を及ぼしているといえるだろう。

佛崎が卒業後もプロジェクトは後輩へと受け継がれていった。
現在のプロジェクト参加学生。
 

カーデザインに命を吹き込むペインティング

最後の仕上げは、車体の塗装のみという段階で、米山舞やPALOW.、セブンゼル、NAJI柳田、一才、BUNBUN、タイキ、高木正文らによるイラストレーターユニット、SSS by applibotと知己を得る。アニメ『キズナイーバー』のキャラクターデザインや作画監督で知られる米山は、京都芸術大学通信教育部 デザイン科イラストレーションコースのメインビジュアルを手掛けたり、PALOW.とともに講師を務めているがヤノベとの交流は今までなかった。米山は、もともとアニメ『エヴァンゲリオン』などの制作で知られるガイナックスでアニメーターとしての腕を磨き、現在は独立して作画監督やキャラクターデザイン、イラストレーションなど、多くのクライアントワークのほか、自分たちの作品も積極的に制作しているアーティストである。それぞれ絶大な人気とSNSのフォロワーを擁している。

なかでもPALOW.は、虫と少女を融合させた「虫メカ少女」で人気を博すほか、ファッションデザインとのコラボレーションや展覧会のプロデュースなど、「All equal」をテーマに、モノとモノ、表現と表現の間を埋めるものを制作している。対立するのではなく、表現同士の共通点や良い点を繋げて、1つの世界観にすることを目指しているというだけあって、異なるジャンルの作家との共同作業や実際の空間での展開に長けている。今回、ヤノベがデザイン、制作した電気自動車のボディのペインティングを依頼され、ヤノベのデザインの良さをさらに引き出して洗練された形に仕上げた。


PALOW.は、約6年もの時間をかけた最終段階のボディのペインティングのデザインを任され、非常に光栄に思うとともにプレッシャーがあったという。しかし、昔からメカや車が好きなこともあり、自由な形を持つこの電気自動車の模様をデザインした。かつての車のように、機能が剝き出しになっているわけではないので、形には機能的な意味を持たないことが多い。しかし、長年、車に慣れ親しんできた人々が親密さを感じることも重要であると考え、ペインティングラインを映画『フォードvsフェラーリ』に登場する1960年代のクラシックカーなどから探ったという。

撮影:Keniji Yanobe Archive Project


同時に、ヤノベと佛崎がつくり上げたフォルムに、生物的なものを感じたという。具体的には、昆虫綱や甲殻類のような硬い皮を持つものではなく、カエルのような柔らかい皮や模様を持つものを連想した。確かに、自動車の前方は「顔」として認識されるが、《SHIP'S CAT(Speeder)》は、ライトが離れていて、抑揚のある柔らかなフォルムを持つため、カエルに似ている。そこで有機的なラインを入れ、本来ガソリンを入れる給油口のあたりにも、穴のようなデザインを施した。もちろん電気自動車には給油口はないが、人々が車として認識をするデザインの一部になっているからだ。それらは3次元データでデザインを施した後、シートを貼り付けていったという。ポイントとなっているのは、車体の下部にある鏡体を、上部のデザインにも採用していることだ。それによって、空も映し出している。それは実際公道を走る際、デザインのアクセントになっている。彫刻としての美しさと車としての美しさの両方を引き出そうとしたというPALOW.の狙いは見事に実現しているといえるのではないか。

ヤノベケンジとPALOW.。

 

若者の未来の夢を鼓舞する車

國府がヤノベと松本の縁をつなぎ、そこに、佛崎が加わり、多くの京都芸術大学の学生やウルトラファクトリーのテクニカルスタッフが制作に参加した。最終的に、PALOW.がペインティングの仕上げを行い、無事に公道を走れるようになった。この間、新型コロナウイルス感染症の流行もあり、制作が中断したこともあった。多くの人々の思いを乗せて、独創的で軽やかなオープンカーが京都市内を滑走する風景は、夢が実現するだけではなく、世界を魔法にかけたようでもある。

 

 

 

SF作家アーサー・C・クラークは、「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」と述べたが、イメージすることは何でもつくれるというウルトラファクトリーの理念をまさに体現するプロジェクトだといえるだろう。隣には小型の《SHIP’S CAT(Crew)》が乗っている。「旅の守り神」「若者の旅を見守る」というコンセプトが実際に運転できる、移動できるモビリティとして実現されている。将来的には、AI(人工知能)によって、自動運転をサポートしたり、本当に宙に浮く未来を予感させるものでもある。

松本は、この車が走るのを見て、若者にチャレンジすればこんなこともできることを知って欲しいと述べた。まさにこの車の存在自体が、停滞する社会を鼓舞し、若者の夢を実現する動力になっていくのではないか。

(取材・文 三木学)

 

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