日本庭園・歴史遺産研究センターの歴史遺産研究部門は、京都の文化遺産をはじめ世界遺産も視野に入れたさまざまな調査・研究・保存の実践活動を行ってきました。その活動内容は、地域活性化を目的とした文化遺産の調査研究、災害時における歴史的資料の救援ボランティアといった、地域と密接に連携した有形・無形文化遺産の保護活動の支援、学内の専門施設を利用した伝世品の調査、埋蔵文化財の保存処理など多岐にわたっています。
今回は、一般の人々に伝統文化を身近に感じてもらうことを目的に、秋の特別講座「茶の湯の装いと染色技術」を開催しました。プログラムでは、まず、歴史遺産学科 准教授の木村栄美先生による講演「茶の湯の装い」があり、続いて、京友禅染師である北本益弘氏の実演「京友禅型染 - 摺り疋田(すりびった)」が行われました。その後、受講者は実際に京友禅の型染を体験。茶道のお点前で使う袱紗(ふくさ)と呼ばれる四角い布に宝尽くしの模様を染めました。最後に、茶室「颯々庵(さつさつあん)」で木村先生から抹茶と和菓子の振舞いがあり、打ち解けた雰囲気で講座の振り返りなどを会話する様子がみられました。
秋の特別講座「茶の湯の装いと染色技術」
講師 | 木村栄美(京都芸術大学 歴史遺産学科 准教授) |
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講師 | 北本益弘(有限会社 北本染芸社長) |
プログラム1 | 10時~11時 講演「茶の湯の装い」木村栄美 |
プログラム2 | 11時~12時 実演「京友禅型染 -摺り疋田-」北本益弘 |
プログラム3 | 12時~15時 京友禅型染体験(袱紗)、颯々庵での呈茶及び講師との談話(途中休憩1時間) |
開催日 | 2022年10月30日(日)10時~15時 |
10月30日に開催された講座「茶の湯の装いと染色技術」の講演及び実演の録画映像から制作したオンライン講座の申込が、11月30日まで可能です(下記Webサイト記載のアドレスよりお申し込みください)。
https://rspubliccourse20220922.peatix.com/view
茶の湯を楽しむための華やかな装いの世界
今回の講座を企画した歴遺産学科 准教授の増渕麻里耶先生は、格式の高い茶の湯や伝統文化というものを色んな方に気軽に楽しんでいただけるような企画として「茶の湯の装いと染色技術」を考えたそうです。
最初のプログラムは木村栄美先生による講演「茶の湯の装い」です。名物裂(めいぶつきれ)と呼ばれる織物の布について、その時代変遷や種類などスライドを使った説明がありました。名物裂とは具体的には、名物茶器を包む袋や仕覆(しふく)、また掛幅の表装裂として使われているものです。
講義の最後には、木村栄美先生が誂えたガラスの茶入や、その茶入にあわせて作られた仕覆をお見せいただきました。ガラスの茶入はなんと、エミール・ガレの工房で制作されたもの。フランスでは小さい花瓶として用いられました。日本ではそれを茶入に見立て、象牙の蓋・牙蓋(げぶた)と茶入を入れる袋である仕覆として、小瓶に合わせて所有者の好みで誂え、茶の湯で用いているんだそうです。
匠が魅せる伝統の技 - 摺り疋田
座学で茶の湯の装いについて学んだあとは、京都の近現代染織文化の一翼を担ってきた京友禅型染めについて、京友禅型染師の北本益弘氏による摺り疋田の実演を見学しました。摺り疋田とは鹿の子絞りの模様を型紙に彫り、これを布地にあてて染料をつけた丸刷毛で摺り込みながら模様(疋田模様)を表し、各型紙で色の濃淡をつけていく技法です。
実演いただくのは、本講座のために特別にデザイン・制作された宝尽くしの模様。胡粉や金箔用の糊を駒ベラで置き、染めるところ以外を縁蓋(えんぶた)するためにビニールをカットしていきます。この作業は力加減が難しく、慣れない体験者は生地そのものが切れてしまうことも、よくあることなんだとか。
そしていよいよ布地に丸刷毛で染料を摺り込みながら模様をつけていく作業です。型紙の上から絶妙な力加減で丸刷毛をあてることにより染料が生地に入っていきます。それを何度か繰り返すと美しい摺り疋田の模様が現れました。最後に金箔を貼ると繊細かつ豪華な絵柄の完成です。受講者から思わず感嘆の溜息が漏れました。
京友禅型染め体験と颯々庵での喫茶
いよいよ受講者も型染めの体験です。時間の制約があるので染める工程から始める配慮がされていましたが、中には最初から全ての工程に挑戦する人も。先ほどの実演では簡単に見えた摺りの工程では、力の入れ具合や摺る速さなど、思った以上に難しかったようですが、京友禅型染師 北本さんの手ほどきを受けて、みなさん上手に染める作業がはかどりました。絵柄のデザインは同じですが、生地の地色と染める色はそれぞれ好きな配色を選べます。「打ち出の小づちはどの色にしようか」など、受講者同士お話ししながら楽しそうに作業が進みました。
京都のまちを一望できる茶室・颯々庵では、木村先生から点て出し※のお茶と和菓子が受講者のみなさんに振舞われました。茶碗、棗(なつめ)は、今回の京友禅型染め体験の帛紗と同じ図柄である宝尽くしのもの。先ほどの専門的な講義とは打って変わって、和やかな雰囲気のお茶席は、木村先生の心遣いからなるものでした。最初はやや緊張しながら茶室、道具、お菓子、お茶の説明をきいていた受講生のみなさんも、次第に緊張感もほぐれ、周囲の景色をながめながら他愛のない談話に笑顔が見られました。
※お茶を茶室の客の前で点てずに、水屋で点てて運び出すこと
本物のクオリティーを多くの人に体感を通して楽しんでもらいたい
文化遺産は芸術作品同様、その「実在」が人の心に感動を与える稀有な存在です。インターネットによる仮想空間の発達やグローバル化が急速に進む昨今、そこに生きる人々がともすると忘れがちなこと、つまり「生身の人間」が生み出し継承してきた文化の素晴らしさを発信したい。それが将来的な文化財の維持継承の種をまく活動になるはずと考え、企画された秋の特別講座「茶の湯の装いと染色技術」は参加者にとってどのようなものだったのでしょうか。ここに受講者の感想の一部をご紹介いたします。
今回のイベントを企画した増渕先生に、今回の講座を振り返っての想いと今後の展望をお伺いしました。
私は東京で生まれ、伝統文化とは対極にある環境で育ってきました。大学に入ってからも海外の考古遺物を研究し、留学もして、日本文化から遠ざかる一方・・・と思いきや、海外生活をするとかえって母国の歴史文化を恋しく思うようになるもので、その結果「無知」を痛感し、帰国して勉強を積まなければ!という決意に至ったという思い出があります。
今、ご縁あって京都芸術大学という素晴らしい場所で、歴史遺産の保存修復や調査研究に携わる機会をいただいております。その中で目にするのは、文化遺産の保護・継承の厳しい現実です。しかし、京都を訪れる旅行者や、以前の私のような人々はその現状を知る由もありません。
「京都に行けば優雅な和の文化がある」ことが、今後も当然であり続けるためにどうすれば良いのか。それを考えた時、「まずはできるかぎり多くの人に心を向けてもらう」というシンプルな答えが浮かびました。ネガティブな要素ではなく華やかな京の文化を。できるだけ敷居の高さを感じずに、けれど本物のクオリティーを、多くの人に体感を通して楽しんでいただく。伝統文化の保存継承を見据えつつも、さまざまなコラボレーション企画をご用意し、現代京都の伝統文化への肩肘張らぬ通用口を作りたいと考えています。12月25日(日)には、「クリスマスのお茶菓子と兎柄型友禅を楽しむ」というテーマで講座を企画中です。制作体験では帛紗に加え御朱印帳もお選びいただける予定ですので、どうぞ奮ってご参加ください。本物の講師陣のご指導に、他所者としての自分の感覚がスパイスとしてうまく作用していくことを願っています。
開催日:2022年12月25日(日)
A【実演見学+型友禅制作体験+クリスマスのお茶会】コース
https://rspubliccourse20221225a.peatix.com/view
B【実演見学+型友禅絵刷風ポストカード制作+クリスマスのお茶会】コース
https://rspubliccourse20221225b.peatix.com/view
C【実演見学+クリスマスのお茶会】コース
https://rspubliccourse20221225c.peatix.com/view
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