現役芸大生たちがつくる商業文芸誌「301」第6号が刊行ーー 戦後80年、芸大生たちが伝える戦争の記憶とそこにあった何気ない日常を伝える
- 京都芸術大学 広報課
今年5月に刊行した商業文芸誌「301」第5号「はじめての文芸誌」につづき、第6号が新たに刊行されました!
(第5号のレポートはこちら→芸大生がつくる商業文芸誌「301」第5号が完成! — 「文芸誌って意外とやわらかい」を届けたい)
第6号となる今年の特集は戦後80年。テーマは「てのひらの方舟」です。
本学では、学科での学びを活かし、社会問題の解決に取り組む社会実装科目群があります。この文芸誌「301」もその授業の一環。文芸表現学科の出版レーベル「301文庫」が発行元となり、編集長と副編集長を務める教員の指導のもと、現役の文芸表現学科の学生たちが企画から取材、編集、制作そして販売までを担います。完成した文芸誌「301」は、実際に本学のADストア、京都市内の書店やオンラインストアで販売しています。
「301」第6号は 2025年4月から、本学文芸表現学科の学生20名で制作を行い、ついに12月に販売が開始されました。今回は八友陽平さん(クリエイティブ・ライティングコース| 2年生)、洞戸ねねさん(クリエイティブ・ライティングコー | 2年生)、水口実優さん(クリエイティブ・ライティングコース | 2年生)、吉田玲衣さん(クリエイティブ・ライティングコース | 2年生)に制作の様子や、それぞれの活動についてお話していただきました。

第6号の見どころ
第6号「てのひらの方舟」は戦後80年特集として、山崎佳代子さん、又吉直樹さん、豊永浩平さん、ポルノグラフティ等、様々なジャンルのプロの作家からの寄稿やインタビュー記事が掲載されています。また、特集「ライトノベルってなんだろう?」では、小説家の三川みりさん、小説家でゲームクリエイターでもある北沢慶さんの寄稿等が掲載されています。その他にも、本学卒業生で、今年、デビュー小説『鳥の夢の場合』が第68回群像新人文学賞を受賞、同作が第173回芥川龍之介賞候補に選出された駒田隼也さんと、同じく卒業生で、小学館より小説『ほくほくおいも党』、12月にはKADOKAWAより小説『ぼくには笑いがわからない』が発売された上村裕香さんの対談企画など、さまざまな特集が組まれています。この一冊の文芸誌の中に幅広いジャンルの企画が展開されていることも、第6号の見どころのひとつです。

そんな見どころ満載の第6号の背景にある「301」の狙いについて、編集委員の吉田さんは「等身大の文芸誌にするために、あえて読者のターゲット層をしぼることをしなかった」と話します。くわえて、「もちろん商業文芸誌としての読者への見え方をするのか、どうやったら手に取ってもらえるか意識はするんですけど、やっぱり『301』の活動の出発点としては、私たちの『好き』や『こういうことをやりたい』という部分を大切にしながら企画を考えた」と八友さん。4つのグループに別れ、それぞれの「興味」や「好き」を共有しながら活動されていたそう。
文芸表現学科の学生たちの世の中への「視点」や「好き」のつまった第6号を手に取っていただき、そこから読者の方なりの発見をしてもらうことが制作全体の目標として共有されていたようです。
テーマ「てのひらの方舟」、山崎佳代子さんの寄稿「トネリコの森」

第6号の制作にあたり、洞戸さんは、エッセイ「手のひらの方舟」、ベオグラード在住の詩人である山崎佳代子さんの「トネリコの森」の寄稿、そのほかにも301日記、本学文芸表現学科卒業生の小説家、駒田隼也さんと上村裕香さんの対談企画にも幅広く参加しています。その中でも、洞戸さん自身が執筆したエッセイで、第6号のテーマにもなっている「手のひらの方舟」の活動と、山崎佳代子さんとの企画について詳しく話を聞きました。
「301」の副編集長であり、同授業の担当教員のひとりでもある、阪本佳郎先生からエッセイの執筆を提案された洞戸さん。「自分の中の記憶や歴史を、ただその言葉だけで片付けてしまうのが嫌だなと思っていたので、エッセイという形で、本誌で文字にして、言葉にして吐き出せたのはとても良い機会だったと思います」と語ります。

山崎佳代子さんの寄稿の企画を通して、洞戸さんは、自身の執筆とプロのクリエイターと協働する活動の違いと、双方の活動の楽しさを実感したと話します。普段、学科で脚本を学ぶ洞戸さんは、自身に馴染みの薄い「詩」を扱うにあたり、実際に神戸と京都で行われた山崎佳代子さんのイベントに赴き、詩の朗読を生で体感することで、その見え方が変わったと話してくれました。
「イベントに行って、山崎さんの詩の朗読を聞くまで、山崎さんのことも、詩や戦争というもの自体もすごく遠い存在だと感じていました。実際にイベントでは、寄稿していただいた『トネリコの森』の初稿のような詩を山崎さんご自身が朗読されたんですが、生で聞くと、今まで馴染みのなかった『詩』がすっと受け入れられたというか。山崎さんとの距離、そしてこの企画との距離がぐっと近づいて。やはり現地に行くのが大切だなという、経験のありがたさを感じました」
と振り返る洞戸さん。それからは山崎さんの企画にくわえ、文芸表現学科の学生を対象に、寄稿された山崎佳代子さんの「トネリコの森」への応答詩の公募・掲載まで活動を広げました。
幅広い世代それぞれの戦争への向き合い方を、エッセイや詩という形で見ることのできるこの企画。普段、詩やエッセイに触れない方でも、どこか身近に感じられる誰かの記憶や思いに触れられる、貴重な特集になっています。
企画「戦争を知らない私たちのタイムカプセル」
吉田さんも、「301」の活動で、さまざまな部門に関わりました。なかでも、戦争当時の日常が記された”実物の日記”を掲載している企画「戦争を知らない私たちのタイムカプセル」に一番思い入れがあるといいます。

「私たちの世代は戦争を体験したことがない世代で、戦争を体験した方々のお話を伺う機会も少ないし、これからどんどんそういう機会も減っていくだろうという時代でもあって。そんな中で、私たちが残せるものや、聞き及べるものを見せていきたいというところからこの企画は出発しました」と話す吉田さん。「タイムカプセル」という言葉も、企画を進めるなかで、戦争を経験された方々の当時の日常への吉田さんの視点から生まれたキーワードだそうです。
「タイムカプセルと言えば、学生が楽しみながら思い出を詰め込んで、後から掘り返すというイメージがあると思います。この企画を進めるなかで、『戦争』という言葉だけではすごく重苦しいものとして受け取られてしまうだろうと考えていました。でも、当時生きていた人たちにも彼らの『日常』があったこと、楽しいことももちろんあったことを伝えたかった。そこで『タイムカプセル』という形を選びました」と吉田さんは話します。

戦時中に、実際に書かれた日記を集め、活字に起こすわけではなく、その書き手の文字をそのままタイムカプセルとして見せるこちらの企画も、第6号の見どころです。
この企画の一環として、文芸表現学科の授業で講師と学生として知り合った琥珀書房の山本捷馬さんへのインタビューを担当した八友さん。
「学科の授業では日記の面白さ、文学との関わりというところを講義していただいたんですが、山本さんの、戦時中や20世紀の書物をひとつの資料として残し、現代の人が考える一助にするという取り組みは、今回の企画と通ずる部分があると思いオファーしました」とインタビューのきっかけを振り返ってくれました。
インタビューを通して、現在のイスラエルをはじめとした、各地で起こる紛争や戦争へどういった思いを抱きながら出版という営みに向き合っているのか、より深堀できたといいます。
戦後80年という節目に、当時、そして現在において、日記がどのような資料としての、出版物としての価値があるのか。出版物について学ぶ文芸誌「301」の制作に関わる彼ら独自の時代の切り口がうかがえる企画です。
企画 又吉直樹さんの寄稿「自省と笑い」
今年、言論統制の厳しかった戦時中から戦後にかけて喜劇役者として活躍した榎本健一さんをモデルにした音楽劇「エノケン」で脚本を手掛けた、芥川賞作家でもある人気お笑いコンビ・ピースの又吉直樹さんの寄稿も掲載されました。企画を担当した水口さんは、言論統制について取り扱おうという狙いで進めたと、そのきっかけを振り返ります。
「企画について話し合う中で、現代の社会において『表現に制限がかかっている』状況は、昭和の言論統制が敷かれていた時代と近いのではないかという話になりました。こうした問題意識は、音楽劇『エノケン』とも通じるものがあるんじゃないかと考え、芸能界でも活躍されている又吉さんの目線から意見をいただきたいと思い、寄稿を依頼しました」と水口さんは語ります。

先行きが不安な時期もあった「言論統制」を扱うこちらの企画。水口さんの熱意をもった依頼から又吉直樹さんの寄稿まで推し進めた、水口さん渾身の企画です。
対談 駒田隼也×上村裕香

洞戸さん、八友さんがかかわったこちらの対談は、本学の文芸表現学科の卒業生で、新進気鋭の小説家、駒田隼也さんと上村裕香さんの対談が掲載されています。

当日の司会を務めた八友さんは、緊張しながらも対談を進め、今ではプロの小説家の駒田さんと上村さんに助けられながら対談を進めたそうです。文芸表現学科の憧れの卒業生のふたりの対談。この企画の写真撮影には吉田さんが本学のプロジェクトの授業で知り合った他学科の学生の協力もあり、素敵な写真と共に掲載されていて、見逃せません。

社会実装群「文芸誌301」の活動を通して

文芸表現学科の社会実装群のなかでも出版の一から十までを学ぶ文芸誌「301」。4月から12月の9か月間、20名ほどで文芸誌「301」を制作する過程では、それぞれのコミュニケーションが求められ、一冊の本を作る難しさを体感したと、編集部員は口を揃えます。なかでも、もともと出版に興味があり「301」に取り組んだ八友さんは、貴重な体験ができたと語ります。
「一から十まで製本のこと、一冊の文芸誌ができるところを学べました。そこに携わることで、実践的な学びが得られると思って、文芸誌『301』の制作に取り組みました」

紆余曲折ありながらも、第6号の完成を迎えた皆さんに、これからの文芸誌「301」の読者の皆さんへの一言をいただきました。
八友さん「文芸誌って手に取ってもらったとき、頭から最後まで全部に興味を持ち続けて読む機会ってあまりないと思うんですけど、興味のある所から読んでほしいというか、そこを取っかかりにして、この本からなにか受け取ってくれたら、作り手冥利に尽きます」
洞戸さん「これを手に取って、自分の中になにかしらの言葉を受け取って、世界を少しだけでも広く見てもらえたら、本当に意味のあるものになったなって思います」
水口さん「立ち止まって考えることを、後押しできる一冊になれば嬉しいです」
吉田さん「今の不安定な社会状況のなかでも、やっぱり『何気なさ』みたいなところは大事にしてほしいって思っているし、私自身も大事にしたいと思っていて。だからこの文芸誌を読んで、自分の何気ない日常の中で光る物とか人を見て、人の話を聞いて残るものを大事に抱えていてほしいなと思っています。難しいことですけど」
紹介できていない企画のなかには、作家の豊永浩平さんへのインタビューや、本学文芸表現学科卒業生のイラストレーター・白咲まぐるさんのエッセイの寄稿など豪華な企画がまだまだ組まれています。
第6号の制作に関わった文芸表現学科の学生の皆さんの視点で紐解く戦争の記憶や、そこにあった日常への想い、そして「好き」だからこその熱意を込めた企画が盛り込まれた文芸誌「301」の第6号「手のひらの方舟」。1ページ1ページに工夫を凝らした、見ごたえのある一冊です。
本学のADストア、京都市内の書店やオンラインなどで販売されます。ご興味のある方は、ぜひお手に取ってみてください!
(文=文芸表現学科4年 愛知はな)

301文庫「文芸誌301」第6号 (読み:サンマルイチ)
版元 :京都芸術大学 文芸表現学科 301文庫
発行人 :山田隆道
編集長 :竹内厚
副編集長:小島知世、阪本佳郎
編集委員:井口友希、岩渕美郁、大石奈々絵、川口優子、木村也乃、木村梨沙、新福広起、鈴木梨織、瀬川鈴夏、土屋翔、中井朱毬、八友陽平、二九愛実、洞戸ねね、松本さくら、松本愛彩、水口実優、本吉友菜、森菜々子、吉田玲依、イ・ウンホ
デザイン:桶川真由子(Neki inc.)
ロゴデザイン:北原和規
印刷 :佐川印刷株式会社
表紙写真:豊永浩平
Special Thanks:河田学
価格 :1,000円(税込)
発行日 :2025年12月1日
判型 :A5判
ページ数:192ページ
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