芸術大学が実施する卒展・修了制作展の在り方を問い直す取り組みとして始まった京都造形芸術大学の選抜展「KUAD ANNUAL2020」。3年目となる今年も、本学大学院教授で森美術館館長の片岡真実がキュレーションを手掛け、15組の作品が東京都美術館で展示された。(会期:2020年2月23日~26日)今年は「フィールドワーク:世界の教科書としての現代アート」をテーマに掲げ、各作家は半年から一年という長い年月をかけて作品を仕上げた。
同展の会期前日には、美術関係者や企業関係者をお招きした内覧会とオープニングレセプションパーティーが行われた。内覧会で片岡教授がそれぞれの作品を紹介し、来場者が鑑賞した後、会場を移し尾池和夫学長による挨拶でレセプションパーティーがスタート。もともと地球科学の専門家でもある尾池学長は「大学とは学生にとってフィールドワークの場所。自分自身も学生時代からフィールドワークを重ね『現在の現象を現場で見る』という三原則論にたどり着きました。学生たちが見事に今回のテーマを表現してくれていてとてもうれしい」と語った。
また、キュレーションを務めた片岡真実教授もあらためて本展を振り返り、こう想いを述べている。「90年代以降、世界各地から様々な文化が見えるようになって、現代アートはただ見るだけでは分からないものになっていきました。作品を理解するために、作られた場所の歴史や政治や気候などを学びながら解釈をしていくことが新しい楽しみ方にもなっています。そう考えると作品制作において、作品の見た目や技術力以上にその文脈がとても大事になってきていると思います。今回のフィールドワークを通して、実際に自分で見て調べて学んでいくことによって世界がどうできているのかを実感できるのではないかと考えました。それが卒業後、社会に出て自分の歩む道を考える時に、彼らにとって一つの重要な礎になり、世界と自分の距離を考える方法になるのではと思いました。私自身もヤップ島に行ったことはなく、野焼きのことも知りませんでした。学生のリサーチを通じて教えてもらい、ものすごくおもしろかった。アーティストの仕事を通して世界のパーツを少しずつ理解しているなと自分でも思っています」と、今回の手応えとともに未来を担う作家たちにエールを送った。
長い制作期間を終え、展覧会を迎えた作家たちにも話を聞いた。もとより、自身の作品制作のテーマとして「生命力」に関心を寄せていた本田莉子。今回、フィールドワークを通して故郷を訪れた際、かつての活気を失ってしまった漁港にたなびく大漁旗の姿に、新たな生命力を見出したことが作品制作のきっかけになったという。「以前の作品づくりは自分の考えはこうだというような自己完結で終わっていることが多かった。他の角度から見ることや考えの違うものを受け入れることで作品はもちろんですが、自分の中の人間性が養われて変わっていくのも感じました。フィールドワークを通して、多角的にものごとを見つめるということも学びましたね」と話す。
また本展開催に向けた事前ミーティングで構想を重ね、巨大トーテム《聖別儀礼》をつくり上げた風間大槻は、自然の大きな体系の中で自分の存在をどう捉え考えていくのかという問いへとたどり着く。「これまではテーマより先に形から制作に入ることが多かった。今回の展覧会は目的や着地点が用意されている状態で展覧会自体を分解して考えなくちゃいけない。ただやみくもに制作していくのではなくて、どうしてこういう風につくるのかを考えるようになりました。実践的な展示を通して、制作だけではなく、どう展覧会を構築していくかというところにも目を向けるようになった」と言う。それぞれ、作家としての今後の姿勢にも大きな変化を見出したようだ。
今年のレセプションパーティーは「作家と来場者の出会い」を目的に、各作家と来場者が自由に意見交換できる歓談時間が長く設けられた。作家は作品の生まれた経緯やそこに宿す想い、そして今後の展望などを伝え、来場者からは作品への率直な感想や意見がフィードバックされた。過去の作品を紹介できるよう自身のポートフォリオを持参するなど、積極的に来場者とコミュニケーションをとる姿もみられた。レセプションパーティーを通して、企業やギャラリー関係者とのコネクションをつくるだけでなく、中には作品購入の相談や別会場での展示の話に発展するなど、作家それぞれが手応えを感じたようだ。
実際に、早くも「KUAD ANNUAL」の取り組みは実績を生んでいる。「宇宙船地球号」をテーマとして開催した昨年の本展での出会いが、昨年12月にオープンした「スターバックス コーヒー 別府公園店」での作品の恒久展示につながった。桑原ひな乃さん(2019年3月卒業)の彫刻作品≪07 11’18 - 02 08’19≫である。この作品の展示を契機に、彼女は作家としての道を歩みだした。
個々人の多様な可能性を引き出すことは、教育の成しえる大きな意義だ。彼らの持つ未来を無限に広げる機会を与えていく。そこで養われるのは作家性のみならず、彼ら自身の人間性や思想ではないだろうか。他者や社会が加わることで見えてくる自己という発見は、これからの社会を生きていく上で、彼らにとって大きな財産になるだろう。京都造形芸術大学の選抜展は、次世代アーティストたちの第一歩となる展覧会として、回を重ねるごとにその想いや姿勢をより確かなものへと高めている。
(文:ヤマザキムツミ、撮影:顧剣亨)
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