REPORT2024.01.11

5000年先へ続く光の観測 ―江之浦測候所・再訪―[収穫祭in神奈川]

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  • 京都芸術大学 広報課

 通信教育課程では全国津々浦々に在学生や卒業生がいることを生かして、2000年度より在学生・卒業生・教員の交流と学びを目的とした「秋の収穫祭」という催しを開いています。その名のとおり、2018年度までは実りの秋に各地より厳選した4会場において実施されてきましたが、2019年度からは秋だけでなく1年を通して8会場で開催しています。

 収穫祭では、全国様々な地域の特色ある芸術文化をワークショップや特別講義を通して紹介することや、公立私設を問わず美術館や博物館の社会への取り組みや発信、また開催中の展覧会を鑑賞することなどを行っています。

 今回は2023年11月25日に神奈川県小田原市で行われた収穫祭について、担当した日本画コース・後藤吉晃教員からの現地報告をご紹介します。

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 5000年先の竣工日に向けた準備が、小田原にあるミカン農園跡地で進められています。その現在を見学すべく、今回の収穫祭では「江之浦測候所」を訪れました。
 お気づきの方もおられると思いますが、この江之浦測候所では昨年度に引き続き2回目の開催です。多くの方々にリクエストいただき、この度の再訪となりました。昨年度よりも遅い時期の開催でしたので、たわわに実った柑橘越しに海景を眺めることができる、前回とはまた違った江之浦測候所の姿を味わうことができました。 

観光シーズンで賑わいをみせる小田原城。
ここから西に電車で2駅、送迎バスに乗り民家を抜けると到着です。
敷地内の樹木は色づきを見せていました。
この施設が「柑橘山」の森を切り開いて整備されたことが最も感じられる季節。

 この度も特別講師として榊田倫之先生をお招きし、広大な敷地を巡りながら先生に施設内の各スポットについて解説いただきました。ここ江之浦測候所は夏至と冬至にはそれぞれ光が突き抜ける隧道を中心に、陽の光によって設計されています。敷地内には光と海を体感する様々な仕掛けが散りばめられているのです。  
 この巨大アート作品を自らの遺作として制作を続けているのが現代美術作家・杉本博司氏。江之浦測候所は、杉本氏と建築家である榊田先生によって設立された建築設計事務所「新素材研究所」が設計、デザインを手掛けています。その名称に反して、古代や中世、近世に用いられた素材や技法を研究し、それらの現代における再解釈と再興に取り組まれています。時代の潮流を避けながら、旧素材を扱った建築をつくることこそが、いま最も新しい試みであると確信し、設計に取り組まれているそうです。
 様々なエピソードを交えた榊田先生の解説を聞きながら、参加者全員で贅沢なツアーを楽しみました。

稲田多喜夫先生から今回の収穫祭について説明後、いよいよツアーの開始です。
参加者全員がイヤホンを装着して榊田先生の解説に耳を傾けます。
まずは、正門である「明日門」。鎌倉にある明月院の正門として室町時代に建てられたものが幾度もの移築・修繕を繰り返しながら、震災や戦争を乗り越え、現在はここで愛でられています。

 杉本氏の活動分野は写真、彫刻、インスタレーション、演劇、建築、造園、執筆、料理と多岐に渡りますが、経験主義と形而上学の知見をもって西洋と東洋との狭間に観念の橋渡しをしようとする意図のもと、時間の性質、人間の知覚、意識の起源といったテーマを探求されています。
 最も歴史の長い学問といわれる天文学。古代より人は陽の光、太陽の運行を測定してきました。それは文明の始まり、農耕の起源にもなっています。江之浦測候所の中でもシンボリックな施設である「夏至光遥拝100メートルギャラリー」と「冬至光遥拝隧道」。このふたつの隧道は太陽光の軸線に沿って交錯し敷地内を貫いています。原始的かつ壮大なスケールで日々測光が行われているのです。
 榊田先生の解説を伺いながら、夏至と冬至の光が駆け抜ける様を想像し、自らが光の一部となった心地で隧道を通り抜けたのは私だけでしょうか。

「夏至光遥拝100メートルギャラリー」は海抜100メートル地点に建てられた100メートルある施設。
夏至の朝、海から昇る太陽光がこの空間を駆け抜けます。
ギャラリー先端部に併設された展望スペース。
目の前に海景が広がります。

ここからの光景には思わずレンズを向けてしまいます。
「冬至光遥拝隧道」は一年の終点であり起点である冬至の朝、陽光が70メートルの隧道を貫きます。
陽光は「円形石舞台」を通って、対面して置かれた巨石を照らします。
隧道入り口と円形石舞台を取り囲む巨石は江戸城の石垣のために切り出されたこの土地のもの。岩に刻まれた矢跡で年代がわかるそうです。
暗闇の中、絞られた光に向かって進む最中は、まるでカメラのレンズ鏡筒の中に居るよう。

 多岐にわたる杉本氏の活動分野の中でも、写真家としての作品は拝見する機会の多いものではないでしょうか。「海景」シリーズをはじめ、敷地内でも杉本氏による写真作品を鑑賞することができます。待合棟の地下には2020年に京都市京セラ美術館開館記念展として開催された「杉本博司 瑠璃の浄土」にて初公開されたのも記憶に新しい、「OPTICKS」シリーズの写真作品が展示されていました。
 江之浦測候所の各スポットでの意匠の中には、写真やカメラを想起させるものが多くあります。例えば、京都清水寺の舞台と同じ檜の懸け造りの上に光学ガラスが敷き詰められた「光学硝子舞台」。硝子はカメラのレンズそのものです。また、道具小屋を整備した展示スペース「化石窟」には杉本氏の化石のコレクションが収められていますが、化石がお好きなのは写真と同じで時間を留めた存在だからとのこと。一瞬ないし長時間にも及ぶ一定の時間とその間の光を留める。改めて写真作品を拝見すると、写真を撮るというよりもこの江之浦測候所のように測光しているという言葉がピンとくる気がします。

「光学硝子舞台」とフェレント古代ローマ円形劇場遺跡を実測し再現した「古代ローマ円形劇場写し観客席」。
相模湾の海景がこの「光学硝子舞台」の鏡板となっているのですね。
冬至の朝、光学ガラスの小口には陽光が差し込み輝くのが見られるそう。
写真作品も鑑賞できます。「海景」シリーズを鑑賞中の上田副学長。
こちらはプリズムを通して分光させた色を記録した「OPTICKS」シリーズ。
竹林エリアを進むと現れる、道具小屋だった趣が活かされた「化石窟」。
化石窟の入り口。
約5億年前の三葉虫の化石など杉本氏が長年蒐集してきた化石のコレクション。
小屋に残されていたミカン栽培のための各種道具とともに展示されています。

 榊田先生とのツアーの後は、改めて施設内を鑑賞して廻ったり、「ストーンエイジ・カフェ」で絶景を眺め一息ついたりしながら、参加者それぞれ思い思いの時間を過ごしました。各スポット、石一つ一つとっても歴史とエピソードがあり、詳細な解説と照らし合わせて見ていくととても時間が足りません。各スポットに関して今回も多くはご紹介できませんでしたが、より詳細に書かれた昨年度開催の模様(https://uryu-tsushin.kyoto-art.ac.jp/detail/1056)も併せてご覧ください。
 榊田先生のお話では、2026年には新たに美術棟が出来る予定だそうです。また、将来的には長時間滞在できる施設を計画中であるのだとか。海から昇る朝日を見ることができたなら、最高の気分が味わえるでしょうね。杉本氏の設定されている5000年先の竣工とは、この地に時間の手が入り遺跡となった姿を指している訳ですが、その前段階の拡充の軌跡をまだまだ拝見できそうで、今後も楽しみです。

広大な敷地の一角では、現在も新たな施設の準備が進められています。
集合までの間は鑑賞したり懇談したり。
ゆったりとした時間を過ごすことができました。
絶景を望みながら一息つける「ストーンエイジ・カフェ」。
ここ「柑橘山」で収穫される、農薬不使用の柑橘類を使ったメニューが楽しめます。
最後は質疑応答の時間。
榊田先生、ご参加の皆様、ありがとうございました!

 モニター画面の光では伝えきれない自然光の演出と、その場でしか味わえない時間の流れが江之浦測候所にはあります。今回参加された皆さんの中にも二度、三度と足を運んだ方が多くおられましたが、私もまた訪れたいと思います。もしかすると次年度にここでの三度の開催があるかも?まだ訪れたことがないという方は、是非体感しに足を運んでみてはいかがでしょうか。

参加学生の感想

「江之浦測候所体験記」

相模湾を見下ろす崖の上にあるJR根府川駅からバスで約10分、丘陵をのぼった先に江之浦測候所が広がっている。15,000坪の自然豊かな敷地の中に棟や舞台、茶室や庭園、オブジェ、門などが点在している。

冬の澄んだ空気の中、一歩踏み入れると、まず壮麗な自然に心奪われる。きらきらと輝く相模湾、色づく木々、そして輝く星のように実るたくさんの蜜柑。すべてが美しく、気持ちが落ち着く。そこに「人工物」が違和感なく溶け込んでいる。そんな第一印象だ。
これから何を体験し、感じるか、胸を膨らませるなか、江之浦測候所の設計から携われた新素材研究所の建築家、榊田倫之先生にご同行いただき、とても丁寧に、ご説明いただいた。そして知り得たことは、江之浦測候所が、深い考えやこだわりのもと、創られているということだ。例えば石材にしても採取先や時代などすべてに意味がある。またそうした素材の集合体が「手作り」の棟や舞台になっている。西湘の自然、古の人々の思い、地域の皆さまとのかかわり、江之浦測候所全体が、様々な調和の中で息づいている芸術作品なのだ。
江之浦測候所は、春夏秋冬、来るたびに新しい発見があり、心洗われる場所だと確信した。約3時間、高低差の激しい道のりだったが、私と同様、参加された皆さまも心地よい疲労感と日常では味わえない満足感でいっぱいだったに違いない。

(羽場正樹 芸術学科アートライティングコース 2023年度生)

(日本画コース 教員 後藤吉晃)

 

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