INTERVIEW2021.12.07

教育

藝術学舎は「新しい自分」への扉 ― 中原史雄×上田篤による対談

edited by
  • 京都芸術大学 広報課
  • 高橋 保世

「すべての人の学びたい」に応える新型アートカレッジ「藝術学舎」。他にはない公開講座を目指して創設され、京都、東京、大阪を拠点に年間250講座以上が開講されています。さまざまなキャリア、さまざまな年代の人々が集う学び舎の魅力について、洋画コースで40年間教鞭をとり、現在は絵画系の講座を担当する中原史雄先生と、通信教育担当副学長として社会人教育を牽引する上田篤先生が語り合いました。
藝術学舎公式HP(https://air-u.kyoto-art.ac.jp/gakusha/

 

「芸術」を開放する取り組みが「藝術学舎」を生んだ

― はじめに、藝術学舎が誕生した経緯と目的について教えてください。

(上田)
 元々、社会人の学びの場として、通信教育課程の大学と大学院が設置されたのですが、課程やコースに正科生として所属するとなると学費や学習時間の問題などいろいろな制約があります。それでもなお、学びを求める方々がたくさんいるという状況がありました。それまでは京都のキャンパスで単発の講座は行っていたのですが、それをもっと広げて、大学レベルの教育を一般の方々にもっと開放していこうという思いを強くしました。それに加えて、通信教育課程に在学中の学生にとっては、所属の課程に加えてプラスアルファの学びとなるようにということで、2010年に藝術学舎を開設したのです。つまり単なる「公開講座」というよりも、大学の授業を外に開放するという考え方でスタートしたものです。

 

― 中原先生は、開設にどのように関わったのでしょうか?

(中原)
 “京都文藝復興”を目指す大学として、私どもの大学と姉妹校の東北芸術工科大学が東京に拠点をつくり、京都と東北と東京、そのトライアングルで芸術運動を広げていきたいという熱い思いがあったのです。
 芸術の世界って、どうしても東京一極集中みたいなところがある。そういう中で、京都のローカルな芸術大学ではなくて、東京にも拠点をもって、そこでも教える。負けてたまるかという意識をずっと持ちながら、芸術活動をやっている教員が大勢いたんですね。そういうこともあって、盛り上がりができたというところが大きかったかなと。
 

― 藝術学舎の魅力は、どのようなところにあるのでしょうか?

(上田)
 藝術学舎を含めた通信教育課程の特徴は「多地域・多世代」という言葉に集約されます。いろんな地域の人が学んで、いろんな世代の人と交わる。大学もキャンパス内に閉じずに、キャンパス外に出て、いろいろな地域でも授業を行ってきています。

(中原)
 温泉につかりながらとか、一杯飲みながらでも教えることができるという(笑)。教師も受講生も楽しんで学ぶということ。

(上田)
 いまその時のDNAというのが、藝術学舎で生きていたりするんですよ。中原先生に以前ご担当いただいた安曇野(長野県)に行って3日間絵を描く授業というのもそのような流れにあります。今では「“訪問”藝術学舎」という枠組みで、例えば平泉(岩手県)に行って尼﨑博正先生が庭園の授業をするとか。通信教育課程が元々持っていた「多地域・多世代」という特色が脈々と生きているものが多いと思います。


 私も以前、「淀川を食す」という講座を企画したことがあります。大阪の淀川を歩いて、いろんな食材、植物や昆虫をとってきて、近くの公民館で調理して食べるという。その過程で、薬草の知識や昆虫食の知識などを学んで、最後は実際に食べるという講座で、私は「調理係」としてメインの先生に同行したのですけれど(笑)。面白かったのが、みんなそれぞれ得意技をもっているということ。すごく釣りが得意な人が淀川で魚を釣ってきたり、どういうわけか野草にやたら詳しい人が「これは食べられる、食べられない」などと教えてくれる。私たちは先生でありながら、受講生も先生になる状況。社会人を相手に講座をするというのは、そういうところに面白さがありますね。

(中原)
 受講生の肩書はいろいろ。大学の授業と違って、講座を受講する側が選ぶのだから、教える側は緊張感が増すのです。

(上田)
 様々な立場や職業の方々が出会い意見を交わすことで、予定していた講座の内容がもっと豊かになる。社会人が集まるって、そういうところがいいですよね。
 

― 短い期間の講座であっても、深い交流ができるのですね。

(中原)
 私たちが長いこと教師をしていて、つくづくありがたいと思うのは、ポジティブな人たちに会えるということですよ。こっちが休もうと思っていても、「先生、先生!」って。

(上田)
 そうそう、休憩が取れないですよね。授業中は足が棒になりますし。

(中原)
 熱心であること、この上ない。さっき話した安曇野の講座などは、朝6時に起きて絵を描きに行くのだから。そこから戻ってきて朝ごはんの前に「先生、先生!これ描いてきたから見て!」と言ってね。夜には飲み会までやってね。今でもやりたいのだけれど、体力がないから。
 

― そうやって熱心に芸術を学ぶ意味は、どういうところにあると思いますか?

(中原)
 絵を描くって、誰に頼まれるわけでもなく自分の時間と場所とお金を使ってすること。だからワクワクしなければ意味がない。心が豊かにならなければ道理に合わない。キャンバスの中は自分だけの宇宙空間なのだから。


 私が教えた人の中にはもう亡くなった人もいるんですね。私より2歳くらい年下の男性でしたが、ある日その奥さんから手紙が来たのね。「うちの主人は県展とか公募展とか、卒業後に意欲的に出品していました。ところが病を得て帰らぬ人になりました。ですが最後の最後まで“絵筆を持つ執着心”を失いませんでした」という内容が謝辞とともに書かれていた。
 それってね、なかなかできないことじゃないですか。そういう意識でやる人が多い。人生が変わったという人たちが。


魅力的な受講生たちとの出会い

― 講座では、どんなことを感じ取ってほしいと思っていますか?

(中原)
 絵っていうのは、上手い・下手というふうに考えるでしょ。でもね、その下手というのを何を基準にしているかというと、物を描いたのなら、それを「再現できているかどうか」ということじゃないですか。それらしく描けているかどうかという。絵というのは、表現する技術も必要だけれど、ほかに色彩感覚もある。または発想力が面白いとか。再現性だけで絵の才能がある・ないということではないんです。
 もともと絵とは「心象」を具現化するものなので、再現することに一生懸命になるだけでは面白さはわからない。そこからズラすとか外すとか、消すとか、そういうことによって魅力は出てくるものだと思っているんです。「整理より混沌」ということかな。それは才能ではなくて、思い切りの良さとか柔軟性みたいなことなんです。それを教えている、今。そこに気づいてくれた人は描くことが何倍も楽しくなる。

藝術学舎講座「中原史雄絵画塾」にて。

 

― 藝術学舎の受講生の中で、とくに印象深かった受講生はいますか?

(中原)
 いっぱいいて何時間でもしゃべれる(笑)。
 藝術学舎でいえば、何回も何回も大きな展覧会に落ちた方、たしか4回連続って言ってたかな。Nさんという女性の方がいました。その方は、はじめはモノクロームで描いていたんですね、ちょっとずつ色が違うようなグラデーションのあるモノクロで。それを“徹底的な”モノクロで描くように教えたんです。絵の具の作り方も、白黒のグレーではなくて、私は緑と赤にホワイトを混ぜてグレーを作るのだけど、それで徹底的に描かせて。そうしたら2回目で賞が取れた。
 それから80代の男性でMさん。奥さんがご病気で自宅で看病をしていた方。奥さんを看ながら、自分も体があまりよくない。それでも130号という大作を2枚描いて、今年も国立新美術館の展覧会に出品されました。それだけでも頭が上がらないことなのに「来年もやりたい」って言ってる。そういうやる気に満ちた人がいっぱいいるんですよ。
 年齢を重ねると、自分の父母の面倒を看る人が多くなる。70、80になってくると、連れ合いの面倒を看るようになる。そういう生活になると、絵を描くどころではないと思うんだけど、やっぱり絵の面白さにはまってしまったら、続けていくんですよ。Mさんもそう。絵を描いて、落選するかもしれないと思いつつ、奥さんの看病もして。あの意欲ってどこから出てくるのかと思うくらい。われわれもそこに引きずられて、そういう熱意のある人がいっぱいいるから、こっちも元気でやらざるを得ない。
 

― いろいろな困難がある中で頑張っている人たちに、藝術学舎は何を与えてくれるのでしょう?

(上田)
 受講生が獲得するものは、たいそうな何かではなく、日々の活力なんですよね。中原先生はよく、「絵筆を持って墓場まで」と言うのですが、それってめちゃくちゃハッピーな人生じゃないですか。絵筆を握ることが生活の一部となって、そのまま墓場まで行く。絵筆と出会わなかったら、充実した、日々の活力を得られなかったかもしれない。
 また、通信教育課程の卒業生たちがずっと学び続けられる場を私たちはつくろうとしていて、その一つの形が藝術学舎でもあるんです。卒業して終わりではなく、学びを重ねる。よく言われる「学び直し」ではなく、「学び重ね」であることが大切です。社会人のキャリアに芸術を掛け合わせて、今までの社会にない何か面白いものを生み出していく。卒業生にとっては「学び重ね」を続けられるのが藝術学舎だと思います。


(中原)
 通信教育は、どうしても途中で辞める人が少なくない。いろんな事情でね。そういう人たちが描くことを諦めきれずに藝術学舎に来たりするんです。それがうれしいね、ほんとに。

(上田)
 それ、うれしいですよね。社会人教育と言っても実際は若い人も多いですから、仕事や経済的な理由でいったん退学せざるを得ない人もいるのですが、その後も学び続けてくれるというのは私たちの側からすると何よりうれしい、応援したいことなんです。


自分の可能性に気づく場

― 中原先生は、悩みを抱えながら芸術に取り組んでいる人に、どんなアドバイスを送っていますか?

(中原)
 むかし通信で教えた学生で、東京で学校の教師をしている人がいました。まだ若い人だけど、通勤に片道2時間かかるって言ったかな。だから全然、絵を描く時間がないっていうことを相談されたことがあって。だったら、付箋ってあるでしょ。それをポケットに入れておいて、毎日電車の中で、周りの人を描いたらと。じっと見て描いたら怒られるから顔だけ観察しておいて、電車を降りたら、ペンで顔だけ付箋に描きなさいと。行きと帰りで2枚描ける。150日で300枚描ける。付箋ってのりが付いているから、それをギャラリーにペタペタペタと貼ってね。それだけで個展が開けるじゃないかと話したことがあります。


 絵画ってね、キャンバスを構えないと描けないという世界ではないので、段ボールでも紙切れでもどんな形でもね、表現したらいいと思うね。自分で好きなことをやれるわけだから、こんな世界って外にないんですよ。その面白さというものをね、できるだけ伝えたい。
 でも、好きなように描いて満足することって人間できないんです。やっぱり第三者の目というのがなかったら、人の評価がなかったら、先へ進めない。だからちょっとだけ背伸びをして、大きい公募展にでも出してみる。思い切ってチャレンジすることが大事だと思う。それには才能なんて関係ないと思っているので、それができる環境を用意したい。
 

― その第一歩としての藝術学舎ということですね。

(中原)
 そうです。年齢も経験の有無も関係ない、そこが魅力なんです。藝術学舎って。

(上田)
 自分の可能性に気づいてもらう場ということですね。
 自分のキャリアが実はこんなふうに活かせるんだっていう。芸術の効用はそこだと思うんですよ。どんな過去のキャリアとも混ざり合うことができるのが芸術だと思うのです。芸術とは遠い存在だと思われがちな経済や医療などの分野の人が、芸術を学んで何を生み出すのか。我々にとっても未知数な楽しみです。受講を検討されているみなさんには、自分の可能性というものを発見する場として、藝術学舎があるのだと考えていただきたいです。
 

― 今はまだコロナ禍で困難な時代ですが、だからこそ学びたいという人も増えているように思います。その中で、藝術学舎をどんな人に受講してもらいたいと考えていますか?

(上田)
 何かに興味を持つという時点で、すごく大きな一歩を踏み出していると思うんですよ。芸術に興味のなかった人が藝術学舎の存在に気づくということは、何か生み出そう、クリエイティブなことしたいということ。それに気づいた人たちの、その何かを一気に伸ばしていける場になっていきたいと思います。
 これからコロナ禍が明けて、社会の状況も変わっていくでしょう。その時点でわれわれが面白いと思える新しいものをどんどん作り出していける場にしていきたいとも思っています。藝術学舎だからできるチャレンジングな講座を増やしていきたいです。

(中原)
 藝術学舎のパンフレットにね、講座や先生の説明が書いてあるじゃないですか。受講生はそれを見て、何かを期待して来ますよね。われわれとしては、それを超えるものを与えたいな。欲張りだけど。「あ、こんなこと教えてもらえた」という想定外のことを与えられたら、それが教師冥利に尽きるということかな。

(上田)
 受講生が化けるのが、私たち教える側は一番楽しいから。「こうなるか!」という、何か開眼するような。受講する前と一味違った自分になって帰っていただくというのが、私たちのやりがいなんです。

2021年度冬季 藝術学舎 公開講座77選

12月1日(水)13:00より冬季講座をサイトにて情報公開!
https://air-u.kyoto-art.ac.jp/gakusha/
申込方法 Web、FAX、郵送、窓口
※Web申込が簡単便利
受付開始 12月8日(水)13:00~
TEL 075-791-9124
※10:00~16:00(月~土)
MAIL gakusha@office.kyoto-art.ac.jp

 

(文:中村淳平、撮影:高橋保世、講座風景撮影:広報課)

 

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    連絡先: 075-791-9112
    E-mail: kouhou@office.kyoto-art.ac.jp

  • 高橋 保世Yasuyo Takahashi

    1996年山口県生まれ。2018年京都造形芸術大学美術工芸学科 現代美術・写真コース卒業後、京都芸術大学臨時職員として勤務。その傍らフリーカメラマンとして活動中。

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