REPORT2018.12.26

アート文芸プロデュース

好きなところに行ってみよう。― イチハラヒロコ氏 特別講義

edited by
  • 添田 陸

 12月12日(水)、京都造形芸術大学アートプロデュース学科の、現役アーティスト・キュレイター・研究者をお招きし講義していただく「芸術表現特講Ⅰ」の授業にて、イチハラヒロコさんによる特別講義『王子さまが来てくれたのに、留守にしていてすみません。』が行われた。この講義は同学科以外の学生にも広く開放されており、さまざまな学科の学生が多数参加していた。

 イチハラさんは本学がまだ短期大学だったころの卒業生で、「ことば」のアートを数多く発表する現代美術家である。個展を開催するだけでなく、大阪府松原市にある布忍神社とコラボレーションした『イチハラヒロコ恋みくじ』を設置したり、海外にあるデパ―トとのコラボレーションで『万引きするで』と書かれた紙袋を店内の買い物客に配るなど、ユニークな活動をおこなっている。

講義はスライドショーで作品写真を紹介しながら進む
実際に海外のデパートで紙袋が配られたときの様子

 現在、本学の人間館エレベーターではイチハラさん作品が展示されている。どの「ことば」も秀逸でとても面白い。展示する作品は、本学の学生が学生目線で選んだものだ。まだご覧になってないという方がいたら、ぜひとも訪れてほしい。(イチハラヒロコ展:京都造形芸術大学 瓜生山キャンパス 人間館「エレベーター・ギャラリー」にて開催中。)

京都造形芸術大学 人間館「エレベーター・ギャラリー」での展覧会の様子
エレベーター2基は、それぞれ別の作品が展示されている

 本講義は『イチハラヒロコ恋みくじ』を引くことから始まった。イチハラさんの「早い者勝ちやで!」という言葉を合図に、学生たちは長蛇の列をなした。恋みくじには『別れそう』や『男に抱かれる気配なし』などズバズバと言い切るように書かれている。学生たちは、引きあてた恋みくじを見ながら、自分自身と照らし合わせ「当たっている」や「どういう意味なんだろうか?」と悩みながらも大いに盛り上がった。ちなみに筆者は『ひとりで決められない ひとりに決められない』という恋みくじを引いた。果たしてどういう意味を含んでいるのだろうか。

「恋みくじ」から導入した講義では、イチハラさんのアーティスト人生が語られた。最初イラストレーターを目指していた彼女が、なぜ「ことば」による表現をするようになったのか。その話から始まった。

 大学時代は、自身の高校時代とのギャップに苦しんだという。高校生のころは、絵がうまいとよく言われていたが、芸術大学に入学し周りを見渡すと、絵に自信のある人ばかり。他の学生への嫉妬心にも似た感情が湧いてきたそうだ。それを克服し上手な絵を描こうとするあまり、名の知れたアーティストたちの作品の真似をし始めたという。

 他人を真似た作品を制作し、合評会へと持っていく。当然、合評会に出席する教授からは「これは○○の作品と同じじゃないか?」という意見が上がってくる。さらに「イチハラ君は、この作品で何を言いたいんだね?」と言われ、当時はその言葉に疑問を覚えたという。悩みぬいた大学時代を経て、卒業後、学生とは違う「副手」という立場で本学に帰ってくることになる。その時、現在の作品群のような「ことば」のアートをつくり始めた。「この作品で何を言いたいんだね?」と言われるなら「言ってやろうじゃないか」という思いで。これが、イチハラヒロコさんのアーティストとしてのはじまりだった。


 その後は活動拠点を東京に移し、イチハラさんを代表するさまざまな作品が生まれていった。『結婚したい』のことばが六行つらなる作品などを発表したスパイラル(東京都港区)での展覧会や、福岡のギャラリーでの展示会など数多くの展覧会を開催した。それらの開催のきっかけは、自分自身でギャラリーに出向き営業をかけたことだったという。自分の好きなところや、興味のあるところへ行くために自分から飛び込んでいったら、数珠つなぎに出会いが生まれ、さまざまなところから声がかかるようになったそうだ。

 まずは自分から行動することがとても大切だと何度も繰り返した。「大人たちは、いつも新しい才能を待っている。良い大人は若い子たちを適当には扱わないよ。」と学生たちに語ってくれた。水戸芸術館で個展を開催したころの話や、六甲ミーツ・アートというイベントで、山の斜面の芝生を刈って『刈る』という作品は発表したときの話など、実際の作品の写真を見ながら話は進んでいった。

メモを取りながら熱心に耳を傾ける学生
『刈る』の文字が浮かぶ六甲山の斜面

 講義の最後には質問タイムが設けられ、学生から投げかけられる一つ一つの質問・疑問に丁寧に答えてくれた。「イチハラさんの好きな人ってどんな人?」という質問に対して「好きな人は好きな人」とズバズバと答えていく姿から、イチハラさんの作品は彼女自身なんだということを感じた。
 本講義を通し、イチハラヒロコさんは言葉という”なまもの”を、新鮮なまま作品にしているアーティストなのだと感じた。流行りをしっかりと捉え、時代性をよく見ている。くすっと笑える面白さを含み、人の心をとらえる「ことば」を生み出す根源が、イチハラさんの視線の先にある。そのようなことが感じられる授業であった。

講義終了後、イチハラさんの作品集を手にする学生たち

イチハラヒロコ個展-「王子さまが来てくれたのに、留守にしていてすみません。」

花のれんタリーズ店内で100点以上の作品が展示。作品の壁への投影など展示方法もユニーク。『イチハラヒロコ恋みくじ』も設置。

会 場 花のれんタリーズコーヒー なんばグランド花月店(大阪府大阪市中央区難波千日前11-6)
期間 2018年12月21日(金)~2019年2月17日(日)
時間 8:00~22:00 (無休)

 

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  • 添田 陸Riku Soeda

    1998年茨城県生まれ。京都造形芸術大学 文芸表現学科2017年度入学。文章や構成について学んでいる。文章によるビジュアルの変化を追求している。と同時に美味しい珈琲も追及している。

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