SPECIAL TOPIC2016.05.16

アート映像

美術館が映画の撮影現場に変わる #1 ―<ヤノベケンジ展「CINEMATIZE」>(高松市美術館)

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  • 瓜生通信編集部

「美術はヤノベさんにつくってもらいたいんだよね」

きっかけは、映画監督の林海象のひと言からだった。

東日本大震災に衝撃を受け、林の頭の中には、地震でボルトが緩み落ちてくる発電所内の映像と、絶望的状況の中でそれを閉めに行かなければならない男たちのイメージで溢れていた。

いつかこのイメージを映画にしたい―。

それが2014年末に撮影し、スウェーデンのベステルオース映画祭で“最優秀撮影賞“を受賞した短編映画「GOOD YEAR」と、それに続き撮影した「LIFE」と合わせた三部作として具現化することになる。タイトルは、そのものずばり「BOLT」だ。

林は、2012年に撮影した映画「彌勒 MIROKU」を、劇場や美術館、プラネタリウムなどで生オーケストラとともに上映するなど、既存の映画の枠組みを超えた取り組みに映画の今後の活路を見出そうとしていた。冒頭のひと言は、そんな折の2013年、林が映画「BOLT」の構想を語ったときのものだ。

一方、現代美術家のヤノベケンジも、映画に対して並々ならない強い思いがあった。

そもそも、ヤノベが現代美術の世界へ入る入口となった京都市立芸術大学 美術学部 彫刻科の扉を叩いたのは、映画美術の世界に対する強いあこがれがきっかけだった。事実、その映画への思いからか、ヤノベの作品の語り部となるキャラクター「トらやん」を登場させた《森の映画館》をはじめとする作品やドキュメンタリーなどに積極的に映像を取り入れている。また、大阪万博閉幕後の茨木市に育ち、取り壊される博覧会会場で目にした「未来の廃墟」を原風景に、25年以上にわたって制作してきた大型機械彫刻などの作品群は、空間に設置されることで常に現実を映画のように変容させてきた。また、それらの足跡を振り返ってみると、まるで時代というシナリオライターに導かれるかのように、「虚構」と「現実」が共鳴し合いながらストーリーが紡がれており、映画そのもののようでもある。

かくして、林からその構想を聞いたとき、ヤノベの頭の中で明確なヴィジョンが動きだす。その舞台は高松市美術館だ。初期の作品から現在までを俯瞰するヤノベの大規模個展。そこにつけられた名前は、「CINEMATIZE(シネマタイズ)」だ。そして、このヤノベの個展会場そのものが、映画「BOLT」の撮影現場となる。

2016年5月。ゴールデンウィークの最中、その<ヤノベケンジ展「CINEMATIZE」>の会場で上映するショートフィルムの撮影が行われ、「BOLT」の主演を務める林の20年来の盟友 永瀬正敏をはじめとする林の映画チームと、ヤノベがディレクターを務めるULTRA FACTORYを中心とした制作チームが一堂に会した。場所は、ヤノベの大型機械彫刻の作品がずらりと並ぶ、MASK(おおさか創造千島財団メガアートストレージ北加賀屋)だ。

そして、そこで全員が経験をした。現代美術作品の中で「映画」が撮影されるという現場を。それぞれのジャンルの才能がスパークする瞬間を。

撮影が終了したあとのインタビュー映像の中で永瀬と林は語る。

(永瀬)「ヤノベさんと海象さんとの中でひとつ共通項があったということじゃないでしょうかね。それで、作品をつくっていただいて、僕たちが現代アートに映画を持ち込むというか、そのコラボレーション。これはあんまり聞いたことないなと思うのですが。やればよいのにとずっと思っていましたけどね。映画ってよく絵が飾ってあったり写真が飾ってあったりとかするけど、そういうのもそういうアーティストの人たちの作品が何気なく置いてある映画とかいうのもかっこいいのになぁって思っていたのですけど、今回の「BOLT」っていうのは、そのど真ん中にいるものが現代アートという凄さがありますよね。だから、本撮影はまだですけど、今回イメージビデオというかアートフィルムの撮影で、ヤノベさんの世界に僕たちが入らせてもらったという感じがすごく面白かったですね。そういうコラボレーションが。海象さんもすごい普段よりも増して楽しそうでしたね。」

(林)「色んな形のコラボレーションとか共同作品ってあると思うんですけど、今回は本当の「美術」と「映画」の完全なる共同制作というか・・・・・・死闘ですよね。これが始まっていると思いますね。これはものすごく面白い。映画は映画である形を守ろうとするんですよね。美術は美術である形を守ろうとするじゃないですか。で、その領域を超えた中で、お互いの面白い発想および力を出し合って。これは映画なのか美術なのか。美術なのか映画なのか。また、今回永瀬正敏さんという素晴らしい俳優さんに来ていただいて、そこに演技のリアリティというのがすごい立ちましたから、なんかものすごく揺れ動く・・・今回地震があった後の話なんですけど、地震のような状態に今なっていると思います。だけど物を造るってこういうことだと思うんですけど。」

今回撮影された画像・映像は、6月中旬頃に<ヤノベケンジ展「CINEMATIZE」>のチラシ・ポスター・プロモーションビデオとして、また展覧会会期中に会場内で上映される映像としてお目見えする予定だが、いずれにしても、これらはあくまでもプロローグにすぎない。

本番は、真夏の高松だ。時代がヤノベに描かせてきた「虚構」と「現実」の軌跡の中で、繰り広げられる現在の「虚構」と「現実」。一般公開されるというその撮影現場を目撃する来場者も、時代が描くシナリオの一部となるにちがいない。

 

ヤノベケンジ Kenji Yanobe

1965年大阪生まれ。91年京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。現在、京都造形芸術大学教授兼ウルトラファクトリーディレクター。1990年初頭より、「現代社会におけるサヴァイヴァル」をテーマに実機能のある大型機械彫刻を制作。創作の原点は、幼少期に解体された大阪万博跡地を遊び場とし、「未来の廃墟」を体験したこと。ユーモラスな形態に社会的メッセージを込めた作品群は国内外で評価が高い。97年より、放射線感知服《アトムスーツ》を身にまといチェルノブイリを訪れる《アトムスーツ・プロジェクト》を敢行。その後、21世紀の幕開けと共に、制作テーマを「リヴァイヴァル」へと移行し、近年では、腹話術人形《トらやん》の巨大ロボットや、2009年には「第五福竜丸」をモチーフとする船《ラッキードラゴン》を制作し、火や水を用いた壮大なパフォーマンスを展開するなど精力的に発表を続けている。2011年震災後、希望のモニュメント《サン・チャイルド》を国内外で巡回。2013年「瀬戸内国際芸術祭2013」、「あいちトリエンナーレ2013」、2015年「PANTHEON 神々の饗宴」(京都府立植物園)で作品発表。

林 海象 Kaizo Hayashi

1957年生まれ。映画監督。1985年に製作・脚本・監督をてがけたモノクロ・無声映画「夢みるように眠りたい」で映画監督デビューし、国内外でグランプリを受賞。1994~96年「我が人生最悪の時」「遥かな時代の階段を」「罠 THE TRAP」の「私立探偵 濱マイク」シリーズを生み、探偵ブームを巻き起こす。「彌勒 MIROKU」(2013)等永瀬正敏との協働制作は多い。「BOLT」次章に当たる「GOOD YEAR」は、「Västerås Film festival(ベステルオース映画祭)」(スウェーデン)で2015年“最優秀撮影賞”を受賞している。代表作「二十世紀少年読本」(1989)、「ZIPANG」(1990)、「海ほおず The Breath」(1996)、「CAT'S EYE」(1997)、「探偵事務所5」(2005)、「THE CODE/暗号」(2009)他。

永瀬正敏 Masatoshi Nagase

1966年7月15日生まれ。俳優。相米慎二監督「ションベン・ライダー」(1983)でデビューし、ジム・ジャームッシュ監督「ミステリー・トレイン」(1989)で注目を浴びる。新人・ベテラン監督を問わず、国内・海外にて映画を中心に活動。「息子」(1991、日本アカデミー賞最優秀助演男優賞受賞他)、「隠し剣・鬼の爪」(2004、日本アカデミー賞優秀主演男優賞他9、「毎日かあさん」(2011、日本映画批評家大賞・主演男優賞受賞他)、「KANO 1931海の向こうの甲子園」(2014、台湾金馬映画祭・主演男優賞他)、「あん」(2015、アジアン・フィルム・アワード主演男優賞他)、「64 ロクヨン前編・後編」(2016)、「後妻業の女」(2016)、今年のカンヌ国際映画祭・オフィシャルコンペティションにもノミネートされたアメリカ映画「パターソン」(2016、ジム・ジャームッシュ監督)等代表作多数。また写真師の祖父を持ち、写真家としても活動、20年以上のキャリアを誇る。2003年草間彌生、荒木経惟、森山大道、舟越桂、奈良美智他も参加したアート展<HOPE~未来は僕らの手の中に>(ラフォーレミュージアム原宿)に作品を提供したほか、フジコ・ヘミングのCDジャケットや雑誌にも多数作品を発表。青森県立美術館(2012)、みやざきアートセンター(2014)、ライカギャラリー TOKYO(2015)等、現在までに多数の個展を開く。台湾で開催した<This Moment>では75,000人以上を動員し、会場の華山1931文創園區/中5鍋爐室の観客動員記録を塗り替えた。また2015年、台湾~台北市・新竹市・台中市・高雄市を巡回して開催された<Mind's Mirror~心象>は120,000人以上の観客動員を記録した。

ヤノベケンジ展「CINEMATIZE」

会 期 7月16日(土)~9月4日(日)
時間 09:30 〜 19:00(月~土 9:30-19:00、日9:30 -17:00 入館は閉館30分前まで)
会 場 高松市美術館(香川県高松市紺屋町10-4)
入場料 一般 1,000円(800円)、大学生500円(400円)、高校生以下無料 ()内は前売、20名以上の団体、瀬戸内国際芸術祭2016会期中パスポート所持者
お問い合わせ 高松市美術館(Tel: 087-823-1711)

http://www.kyoto-art.ac.jp/events/1286

 

 

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  • 瓜生通信編集部URYUTSUSHIN Editorial Team

    京都造形芸術大学 広報誌『瓜生通信』編集部。学生編集部員24名、京都造形芸術大学教職員からなる。

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