COLUMN2021.09.01

アート

ロサンゼルスの猫

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  • 京都芸術大学 広報課

藤田嗣治の絵/ SEMIRAMIS(セミラミス)

 

1988年の秋、私はロサンゼルスのダウンタウンにいた。チャイナタウン、リトル東京、アート地区などがひしめき合う街の片隅に、私が働き始めたデザイン会社があった。東京で勤めていた広告会社を一時休職し、当時、広がり始めていたコンピュータグラフィックによるデザイン制作を学ぶために一人渡米したのだ。

たどたどしい英語をどうにかするため、朝6時から語学学校に通い9時から仕事、日が暮れる頃にバスに乗りアパートに帰るという生活には余裕もなく、休日はギャラリーや骨董屋を巡るのが唯一の楽しみだった。  

そんなある日、小さな骨董屋で出会ったのが、一枚の猫の版画である。体をくるりとのの字に丸め寝ているその猫の絵は、墨一色で柔らかく毛並みが描かれ、日本画のようでもあり、西洋画のようでもある。版画の隅に目をやると「嗣治 Fujita」のサインが入っているではないか。値段は200ドル。店主にその真贋を聞くと、ニヤリと笑いながら「Who cares ? だれが気にするんだい?」ときた。

当時の私にとって200ドルはかなりの大金で、 即座に買う決心はつかなかったが、感謝祭を前にした秋のロサンゼルスの街は賑やかで、また日本を恋しく思う気持ちも手伝ってか一度店を出たものの引き返し購入してしまった。

後にわかるのだが、この版画は大の猫好きの藤田嗣治が1930年ごろにニューヨークで出版した挿画本「猫十態」の一枚らしい。当時は何も知らずに、この一枚の版画をアパートのデスクに立てかけながら、心を癒されデザインを勉強していたことを思い出す。

芸術とは何かと問われたら、それは、 「自分の心に触れる何か」との出会いなのだと思う。様々なものに出会い、様々な角度から見つめ学ぶことで一人ひとりの人生を豊かにしてくれる。

いまだに、この版画がホンモノなのかニセモノなのかはわからないのだが、私の愛猫とともに、部屋の壁に今でもひっそりと眠っている。

芸術教養学科 大谷義智

出典:『雲母』芸術時間 2021 年 9・10 月号

 

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