REPORT2022.12.01

教育

縄文から今に続く私たちの生活 ― 器と布を通して考える[収穫祭 in 新潟]

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  • 京都芸術大学 広報課

 通信教育課程では全国津々浦々に在学生や卒業生がいることを生かして、2000年度より在学生・卒業生・教員の交流と学びを目的とした「秋の収穫祭」という催しを開いています。その名のとおり、2018年度までは実りの秋に各地より厳選した4会場において実施されてきましたが、2019年度からは秋だけでなく1年を通して8会場で開催しています。

 収穫祭では、全国様々な地域の特色ある芸術文化をワークショップや特別講義を通して紹介することや、公立私設を問わず美術館や博物館の社会への取り組みや発信、また開催中の展覧会を鑑賞することなどを行っています。

 今回、10月1日に新潟県十日町市で行われた収穫祭について、担当した染織コース・久田多恵教員からの現地報告をご紹介します。

  • 2018年度「秋の収穫祭」リーフレット(表面)
  • 2018年度「秋の収穫祭」リーフレット(裏面)

 

 実りの秋を迎え、新潟県十日町市にて文字通りの収穫祭を行うことができました。会場は2020年6月に新築オープンしたばかりの十日町市博物館です。旧館はすぐそばにあり1979年4月に開館しました。博物館のテーマは「国宝・火焔型土器のふるさと ― 雪と織物と信濃川 ―」。新博物館の美しい外観は、火焔型土器の特徴的な模様や雪の結晶模様の織物などがモチーフとなっています。すぐそばに復元住居や郷土植物園があり、駐車場には大型バスが何台か停まっていました。小学校や中学校の校外学習では定番スポットなのでしょう。
 

旧十日町市博物館
復元住居

 

書籍『増補版 縄文の衣 –日本最古の布を復元–』尾関清子著

 こちらで収穫祭を開催するきっかけとなったのは火焔型土器の存在ももちろんなのですが、個人的には編布(アンギン)に興味を持ったからです。編布は縄文時代から作られている日本最古の布と言われているものです。植物の繊維で作られているので現存するものは数少なく、ほとんどは土器などに圧痕として残っています。

 土器を作る時に布を敷いておけば何かと作業がしやすいことは想像がつきます。土器に残された圧痕を丹念に調査して復元し、数々の謎を解いた尾関清子氏は1987年に初めて十日町市博物館で編布の作り方の手ほどきを受けたのだそうです。現在も博物館で編布についての詳細な展示を見ることができます。
 

編布の展示

 

赤の展示室 ー 縄文時代と火焔型土器

 さて快晴の10月1日(土)、いよいよ収穫祭の始まりです。定員の2倍を超える申し込みがあり、厳正なる抽選で30名の参加者が選ばれました。大学からは通信建築コースの殿井先生、事務局の趙さん、通信染織コース久田が参加。1時半開始のところ1時にはほぼ全員が講義室に集まりました。皆さんの期待感が伝わってきます。1時半からは副館長の菅沼亘氏に、展示会場にて解説をしていただきました。博物館の全体構成がどのように考えられて作られているか、また外観や3つのテーマ別常設展示について説明を聞きました。

 エントランスホールには立体地形図に山や川を投影した展示「十日町空中散歩」があり、地形的な特徴や歴史、文化財、観光スポットを知ることができます。続いて導入展示室では大型スクリーンに3つの展示テーマについての紹介があります。だんだん暗くなり期待が高まります。この日は最初に「縄文時代と火焔型土器のクニ」の展示室に入りました。
 

十日町空中散歩
導入展示室


 展示室ごとにテーマカラーがあり、ここは赤を基調とした部屋です。ひときわ目を引く展示場所である国宝展示室には国宝の火焔型土器が展示されています。いくつかある国宝の土器は一月ごとに展示替えを行っているそうです。この日は国宝に指定された火焔型土器のうち指定番号6の土器が展示されていました。上部の曲線的な突起は左向きになっているものと右向きになっているものがあり、作った人の利き手に関わっていると考えられているそうです。火焔型の土器は長い縄文時代の中期のみに見られ、王冠型の土器とセットで見つかる場合が多いとのことです。
 

赤を基調とした展示室
国宝展示室
火焔型土器(指定番号6)

 

織の歴史を観る

 続いて「織物の歴史」の展示室です。青を基調色としています。編布についての展示と、後帯機(こうたいばた)で織物に取り組んでいる様子を再現した展示、様々な織物の材料と用具、図案、そして近代の織機の資料が並んでいます。

 

青を基調色とした展示室
後帯機で布を織る
染料に使われた植物

 

カラムシ

 この地域で主に織物の材料となったのは「カラムシ」と呼ばれるイラクサ科の多年生植物です。再現模型もありましたが十日町市駅から博物館に歩いて来る途中にも生えていました。見たことがある方も多いでしょう。北は福島県あたりまで、南は沖縄県まで空き地や道端で繁っているのを見ることができます。

 身近にあるこのような植物から繊維を取り布を作ってきたのです。織物の伝統は日本の各地にあり、カラムシの他、カジ、クズ、フジ、シナ、オヒョウなど手に入るものを使ってきました。十日町では伝統の織物技術を活かし、昭和の時代にPTAルックと呼ばれた黒絵羽織やマジョリカお召などを爆発的にヒットさせ、産業的な基盤を築きました。
 

黒絵羽織の説明を聞く

 

十日町の暮らしに触れる

 3つ目の展示室は「雪と信濃川」です。白を基調色としています。信濃川と深く関わる生活についての展示や、雪と共に暮らすための様々な道具類が展示されています。「十日町の積雪期用具」は国の重要有形民俗文化財に指定されています。大雪が降った朝、大人たちが雪を踏みしめて道をつくり、子供たちが学校に通ったというお話が印象的でした。雪踏みの道具には前に縄がとりつけてあり、踏み込んだ足を縄を引っ張って持ち上げるのだそうです。
 

積雪期用具


 3つの主要な常設展示を通して衣食住について自然と意識が向きます。布は衣と住に関わるもの。そして食といえば土器。火焔型土器からはおこげが見つかることがあり、煮炊きに使うものであることがわかっています。動物性の食材と植物性の食材をごった煮にしていたようです。土器は使っても洗うということはなく、注ぎ足して使ったのだそうです。説明を聞いて「衛生的に大丈夫なのか」との質問も出ました。現代の感覚とはやはり違います。煮炊きをした汁が染み込んで水分が漏れなくなるんだとか。これは私たちが使う土鍋でも同じですね。
 

土器についての説明を聞く


 煮炊きを行うことで食生活はとても豊かになりました。食べられるものが増え、美味しく食べることもできるようになりました。しかし食事は日常のことなので、煮炊きをする器になぜこのような突起や渦巻く模様があるのか不思議ですね。副館長のご説明では、日常使いの器はもっとシンプルな形で、火焔型のものはやはり祭祀に使われたと考えられるとのことです。鶏頭に例えられる突起部分は持つと取れてしまう恐れがあるので持ち手ではないのです。下部をそっと持ち上げ煮炊きした食べ物を供えたのでしょう。何に向けてどんな祈りを捧げたのか想像が広がります。
 

レプリカの突起部分を触って確認


 全体の姿を燃え盛る炎に喩えたり、突起部分を鶏頭(その時代に鶏はいなかった!)と呼んだりしているのは現代の私たち。制作意図は推しはかるしかありません。展示にはやきものによる高精細レプリカがあります。三次元的に計測し正確に再現されています。持ち上げて7.5キログラムあるその重さを体感することもできます。口縁部が鋸の歯のようになっているところにそっと指を当てている参加者がいました。実際のところ手がぴったりと合うのです。自由観覧の時間に私も触りたかったのですが卒業生や在学生の皆さんとのおしゃべりに夢中になってしまいました。触ることで作った人の感性を受け止めたかったので心残りです。
 

高精細レプリカ

 

悠久の時に想いを馳せて

 最後にもう一度講義室に集まり質問タイムです。副館長が質問に答えてくださいました。十日町出身(在住)の参加者もいて「おー!」と歓声があがりました。縄文時代からの大河のような歴史を垣間見た後だったので、その流れの先に今があることが妙に感慨深かったのかもしれません。たくさんの質問が出て、一つ一つ丁寧に回答してくださいました。驚いたのは、土器を作るのが女性の仕事と考えられるということです。「重労働ではないのですか」との質問がありましたが、男性は狩猟を、女性が土器を作るという役割分担があったと考えられるそうです。でもなぜ土器を作るのが女性だと意外と感じるのか、考えてみると不思議です。私は火焔型土器の表現をなぜか男性的と思い込んでしまったのかもしれません。男性的表現とか女性的表現といった画一的なものの見方をしているつもりはありませんでした。ものづくりをしている人間としては洞察力が足りなかったようです。世界に類のない火焔型土器の造形。粘土という可塑性のある素材を手にした縄文の人々は次第に装飾の力に魅せられていったのかもしれません。
 

質問タイム

 

体感型の展示

 博物館には触ったり動かしたりアバターになって映像の中に入り込んだりできる仕掛けなど、体験型の展示が各所にあります。体から感じ取れる工夫がされていて生きた学習ができます。

 

 私は十日町市を訪れるのは二度目です。ずいぶん前に『大地の芸術祭』を友人と見て回りました。この芸術祭は越後妻有(つまり)の里山一体に作品が点在していて、作品鑑賞パスポートを持って回るのです。いつ行ったのか思い出せないのですが「脱皮する家」を見ていたく感激した覚えがあるので2006年だったようです。「脱皮する家」は鞍掛純一氏と日本大学芸術学部彫刻コース有志が築150年を超える木造の家の床や柱、壁など至るところを鑿で彫った作品です。彫った跡が渦を巻くように広がってうねり、見る人に迫ってきます。
 

脱皮する家


 「越後妻有 大地の芸術祭 2022」は4月29日(金・祝)から11月13日(日)まで開催されていました。残念ながら私は回ることはできませんでしたが、事務局の趙さんが写真を撮影してくださいました。参加者の中には収穫祭の前後に芸術祭を鑑賞された方もいるでしょう。太古の造形と現代の造形との間にどんな感想を持たれたでしょうか。1万6 千年前にこの地で始まった縄文時代の造形と出会い、今に続くその暮らしに思いを馳せた収穫祭でした。
 

大地の芸術祭
清津峡トンネル

 

(文:染織コース 教員 久田多恵)

 

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